上 下
6 / 44

6.同じ痛みを知る

しおりを挟む
……ここは?

見覚えのない天井に一気に意識が覚醒する。
勢い良く起きすぎて軽く目眩がした。

「あら、目が覚めたかしら?」

聞き覚えのない声に驚きながらもそちらを見る。

40代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の女性が座っていた。

「あの……私は……」
「驚かせてごめんなさいね。私はユージーンの母のセイディよ」
「え?」
「覚えているかしら。馬車に乗った途端、気を失ってしまったみたいなの」

そうだ。あのゴミに絡まれて……

「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「困った時はお互い様よ。どこか辛いところは無い?」
「大丈夫です。あの、今は何時頃でしょうか」
「もうすぐお昼よ。何か食べられる?動けるなら食堂に移動しましょうか。ユージーンが何度も訪ねてきて鬱陶しいのよ」

セイディ様が辛辣だわ。

「はい。もう動けます」
「お洋服を弛めたのは私のメイドよ。楽な方がいいと思って。勝手をしてごめんなさいね」

やだ、全く気が付いていなかった。

「何から何まで、本当にありがとうございます」
「ふふ、やっぱり女の子は可愛いわね。ユージーンはどうしてあんなにも人相悪く育ったのかしら」
「そんな、伯爵はお優しいですよ」
「やだ、伯爵だなんて。ユージーンと呼んであげて?可哀想じゃない」

え?伯爵呼びのどこが可哀想なのかしら。

「ですが、」
「友人なら名前で呼ぶものでしょう?」
「……友人?」

いつの間に。ただの知人ではないだろうか。いえ、違うわ。

「伯爵は私にとって恩人です。二度も助けて頂いて本当に感謝しているのです。友人だなんて烏滸がましいですわ」
「意外と頑固ね?」
「本当の事ですから」

ここは譲れない。恩を忘れるなど人として許されないもの。


♢♢♢


「侍女殿!」
「こら、何なの貴方達は!」
「何がです?母上」
「お互いに侍女殿と伯爵だなんて他人行儀な」
「「他人ですが」」

思わず声が揃ってしまった。
セイディ様がプリプリ怒っているけれど仕方がない。

「体調はどうだ?勝手に屋敷まで連れて来てすまない。王太子殿下の諜報員が彷徨いていたからな。王宮から出た方がいいと思ったのだ」

やはり殿下のさしがねですよね。

「お気遣いありがとうございます。助かりました」

あのままオーガストの前で気を失っていたらと考えただけで恐ろし過ぎる。下手をしたら彼に連れ去られていたかも……
何故あの人は私に執着するのだろう。あの夜の被害者が私だとは気付いていなさそうなのに。
そう。気付いているのは殿下だけだと思うのだけど。
そこまで考えて伯爵に目を向けた。

「……何故あの場にいらっしゃったのかをお伺いしても宜しいでしょうか」

問題はこの人。とても親切で助かってはいる。でも、私の事情を勘付いているように感じるのだ。

「あの、信じてもらえないかもしれないが、本当に偶然なんだ。屋敷にはワインを取りに来るつもりで、ついでに昼もここで食べようかと」
「それは本当よ。昨日、連絡を貰っていたの。ワインを譲る約束をしたから用意しておいて欲しいって。ついでに昼食もね。ちゃっかりロールキャベツが食べたいと注文までしてきたわ」
「我が家のシェフ自慢の一品だ。よかったら君も食べてくれ」
「……ありがとうございます」

どうやら嘘ではないみたい。では本当に私は運が良かったのね。

「大きなお世話かもしれないが、彼に付き纏われているのか?もし困っているなら相談に乗るが」

相談……でも、どちらかというと困っているのは殿下の対応だ。あの方さえ絡まなければ、毅然とした態度でお断りするのだけど……

「問題は殿下の方か」
「!」
「諜報部を動かすくらいだ。あの方がお膳立てしているのだろう」

そうだった。そこまで知られているのよね。

「……はい。殿下がご友人である宰相補佐官様の為に動こうとされていて、少し困っています」
「貴方は彼が苦手なのか」

苦手というか大嫌いというかおぞましいというか。

「大層女性に人気のある方とのことなので、多くの女性の嫉妬に立ち向かう程の気持ちはございません」

ゼロでは無くマイナスに振り切れておりますの。
近くに来られると、動悸息切れ目眩の症状が。心疾患を疑いたいくらいの症状が出ます。
いっそのこと言ってしまいたい。でも、絶対に言いたくない。
私は普通の令嬢でいたいの。被害者の自分を消し去りたい…。

「……私の妹を知っているだろうか」

伯爵の妹君。話したことはないけれど、同じ学園に通っていたから姿だけは見かけたことがある。
1つ年上の落ち着いた、華奢で儚げな美貌の令嬢だった。でも、なぜ突然妹君のことを?

「はい。ご病気で休学されたと。でも……」

そのまま完治することなく儚くなってしまわれたと聞いたわ。

「ああ、たった18歳で亡くなってしまった。
……だが、本当は病ではなかったんだ」
「え?」
「あの子は自殺した」
「!」

なぜ?どうしてそんな、隠し続けていたことを私なんかに教えるの?

「あの子に懸想していた男に襲われたんだ」

それだけ言って私を見つめる。

ああ、だから。

貴方はもう分かっているのね。私が妹君と同じだと。すでに……傷物だということを。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの婚約者の好きな人

風見ゆうみ
恋愛
わたし、アザレア・ミノン伯爵令嬢には、2つ年上のビトイ・ノーマン伯爵令息という婚約者がいる。 彼は、昔からわたしのお姉様が好きだった。 お姉様が既婚者になった今でも…。 そんなある日、仕事の出張先で義兄が事故にあい、その地で入院する為、邸にしばらく帰れなくなってしまった。 その間、実家に帰ってきたお姉様を目当てに、ビトイはやって来た。 拒んでいるふりをしながらも、まんざらでもない、お姉様。 そして、わたしは見たくもないものを見てしまう―― ※史実とは関係なく、設定もゆるく、ご都合主義です。ご了承ください。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた

まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。 その上、 「お前がフリーダをいじめているのは分かっている! お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ! お前のような非道な女との婚約は破棄する!」 私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。 両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。 それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。 私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、 「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」 「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」 と言って復縁を迫ってきた。 この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら? ※ざまぁ有り ※ハッピーエンド ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。 小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

魅了から覚めた王太子は婚約者に婚約破棄を突きつける

基本二度寝
恋愛
聖女の力を体現させた男爵令嬢は、国への報告のため、教会の神官と共に王太子殿下と面会した。 「王太子殿下。お初にお目にかかります」 聖女の肩書を得た男爵令嬢には、対面した王太子が魅了魔法にかかっていることを瞬時に見抜いた。 「魅了だって?王族が…?ありえないよ」 男爵令嬢の言葉に取り合わない王太子の目を覚まさせようと、聖魔法で魅了魔法の解術を試みた。 聖女の魔法は正しく行使され、王太子の顔はみるみる怒りの様相に変わっていく。 王太子は婚約者の公爵令嬢を愛していた。 その愛情が、波々注いだカップをひっくり返したように急に空っぽになった。 いや、愛情が消えたというよりも、憎悪が生まれた。 「あの女…っ王族に魅了魔法を!」 「魅了は解けましたか?」 「ああ。感謝する」 王太子はすぐに行動にうつした。

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
ミーナとレイノーは婚約関係にあった。しかし、ミーナよりも他の女性に目移りしてしまったレイノーは、ためらうこともなくミーナの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたレイノーであったものの、後に全く同じ言葉をミーナから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央
恋愛
 アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。  自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。  だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。  しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。  結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。  炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥  2021年9月2日。  完結しました。  応援、ありがとうございます。  他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...