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6.同じ痛みを知る
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……ここは?
見覚えのない天井に一気に意識が覚醒する。
勢い良く起きすぎて軽く目眩がした。
「あら、目が覚めたかしら?」
聞き覚えのない声に驚きながらもそちらを見る。
40代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の女性が座っていた。
「あの……私は……」
「驚かせてごめんなさいね。私はユージーンの母のセイディよ」
「え?」
「覚えているかしら。馬車に乗った途端、気を失ってしまったみたいなの」
そうだ。あのゴミに絡まれて……
「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「困った時はお互い様よ。どこか辛いところは無い?」
「大丈夫です。あの、今は何時頃でしょうか」
「もうすぐお昼よ。何か食べられる?動けるなら食堂に移動しましょうか。ユージーンが何度も訪ねてきて鬱陶しいのよ」
セイディ様が辛辣だわ。
「はい。もう動けます」
「お洋服を弛めたのは私のメイドよ。楽な方がいいと思って。勝手をしてごめんなさいね」
やだ、全く気が付いていなかった。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「ふふ、やっぱり女の子は可愛いわね。ユージーンはどうしてあんなにも人相悪く育ったのかしら」
「そんな、伯爵はお優しいですよ」
「やだ、伯爵だなんて。ユージーンと呼んであげて?可哀想じゃない」
え?伯爵呼びのどこが可哀想なのかしら。
「ですが、」
「友人なら名前で呼ぶものでしょう?」
「……友人?」
いつの間に。ただの知人ではないだろうか。いえ、違うわ。
「伯爵は私にとって恩人です。二度も助けて頂いて本当に感謝しているのです。友人だなんて烏滸がましいですわ」
「意外と頑固ね?」
「本当の事ですから」
ここは譲れない。恩を忘れるなど人として許されないもの。
♢♢♢
「侍女殿!」
「こら、何なの貴方達は!」
「何がです?母上」
「お互いに侍女殿と伯爵だなんて他人行儀な」
「「他人ですが」」
思わず声が揃ってしまった。
セイディ様がプリプリ怒っているけれど仕方がない。
「体調はどうだ?勝手に屋敷まで連れて来てすまない。王太子殿下の諜報員が彷徨いていたからな。王宮から出た方がいいと思ったのだ」
やはり殿下のさしがねですよね。
「お気遣いありがとうございます。助かりました」
あのままオーガストの前で気を失っていたらと考えただけで恐ろし過ぎる。下手をしたら彼に連れ去られていたかも……
何故あの人は私に執着するのだろう。あの夜の被害者が私だとは気付いていなさそうなのに。
そう。気付いているのは殿下だけだと思うのだけど。
そこまで考えて伯爵に目を向けた。
「……何故あの場にいらっしゃったのかをお伺いしても宜しいでしょうか」
問題はこの人。とても親切で助かってはいる。でも、私の事情を勘付いているように感じるのだ。
「あの、信じてもらえないかもしれないが、本当に偶然なんだ。屋敷にはワインを取りに来るつもりで、ついでに昼もここで食べようかと」
「それは本当よ。昨日、連絡を貰っていたの。ワインを譲る約束をしたから用意しておいて欲しいって。ついでに昼食もね。ちゃっかりロールキャベツが食べたいと注文までしてきたわ」
「我が家のシェフ自慢の一品だ。よかったら君も食べてくれ」
「……ありがとうございます」
どうやら嘘ではないみたい。では本当に私は運が良かったのね。
「大きなお世話かもしれないが、彼に付き纏われているのか?もし困っているなら相談に乗るが」
相談……でも、どちらかというと困っているのは殿下の対応だ。あの方さえ絡まなければ、毅然とした態度でお断りするのだけど……
「問題は殿下の方か」
「!」
「諜報部を動かすくらいだ。あの方がお膳立てしているのだろう」
そうだった。そこまで知られているのよね。
「……はい。殿下がご友人である宰相補佐官様の為に動こうとされていて、少し困っています」
「貴方は彼が苦手なのか」
苦手というか大嫌いというか悍ましいというか。
「大層女性に人気のある方とのことなので、多くの女性の嫉妬に立ち向かう程の気持ちはございません」
ゼロでは無くマイナスに振り切れておりますの。
近くに来られると、動悸息切れ目眩の症状が。心疾患を疑いたいくらいの症状が出ます。
いっそのこと言ってしまいたい。でも、絶対に言いたくない。
私は普通の令嬢でいたいの。被害者の自分を消し去りたい…。
「……私の妹を知っているだろうか」
伯爵の妹君。話したことはないけれど、同じ学園に通っていたから姿だけは見かけたことがある。
1つ年上の落ち着いた、華奢で儚げな美貌の令嬢だった。でも、なぜ突然妹君のことを?
「はい。ご病気で休学されたと。でも……」
そのまま完治することなく儚くなってしまわれたと聞いたわ。
「ああ、たった18歳で亡くなってしまった。
……だが、本当は病ではなかったんだ」
「え?」
「あの子は自殺した」
「!」
なぜ?どうしてそんな、隠し続けていたことを私なんかに教えるの?
「あの子に懸想していた男に襲われたんだ」
それだけ言って私を見つめる。
ああ、だから。
貴方はもう分かっているのね。私が妹君と同じだと。すでに……傷物だということを。
見覚えのない天井に一気に意識が覚醒する。
勢い良く起きすぎて軽く目眩がした。
「あら、目が覚めたかしら?」
聞き覚えのない声に驚きながらもそちらを見る。
40代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の女性が座っていた。
「あの……私は……」
「驚かせてごめんなさいね。私はユージーンの母のセイディよ」
「え?」
「覚えているかしら。馬車に乗った途端、気を失ってしまったみたいなの」
そうだ。あのゴミに絡まれて……
「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「困った時はお互い様よ。どこか辛いところは無い?」
「大丈夫です。あの、今は何時頃でしょうか」
「もうすぐお昼よ。何か食べられる?動けるなら食堂に移動しましょうか。ユージーンが何度も訪ねてきて鬱陶しいのよ」
セイディ様が辛辣だわ。
「はい。もう動けます」
「お洋服を弛めたのは私のメイドよ。楽な方がいいと思って。勝手をしてごめんなさいね」
やだ、全く気が付いていなかった。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「ふふ、やっぱり女の子は可愛いわね。ユージーンはどうしてあんなにも人相悪く育ったのかしら」
「そんな、伯爵はお優しいですよ」
「やだ、伯爵だなんて。ユージーンと呼んであげて?可哀想じゃない」
え?伯爵呼びのどこが可哀想なのかしら。
「ですが、」
「友人なら名前で呼ぶものでしょう?」
「……友人?」
いつの間に。ただの知人ではないだろうか。いえ、違うわ。
「伯爵は私にとって恩人です。二度も助けて頂いて本当に感謝しているのです。友人だなんて烏滸がましいですわ」
「意外と頑固ね?」
「本当の事ですから」
ここは譲れない。恩を忘れるなど人として許されないもの。
♢♢♢
「侍女殿!」
「こら、何なの貴方達は!」
「何がです?母上」
「お互いに侍女殿と伯爵だなんて他人行儀な」
「「他人ですが」」
思わず声が揃ってしまった。
セイディ様がプリプリ怒っているけれど仕方がない。
「体調はどうだ?勝手に屋敷まで連れて来てすまない。王太子殿下の諜報員が彷徨いていたからな。王宮から出た方がいいと思ったのだ」
やはり殿下のさしがねですよね。
「お気遣いありがとうございます。助かりました」
あのままオーガストの前で気を失っていたらと考えただけで恐ろし過ぎる。下手をしたら彼に連れ去られていたかも……
何故あの人は私に執着するのだろう。あの夜の被害者が私だとは気付いていなさそうなのに。
そう。気付いているのは殿下だけだと思うのだけど。
そこまで考えて伯爵に目を向けた。
「……何故あの場にいらっしゃったのかをお伺いしても宜しいでしょうか」
問題はこの人。とても親切で助かってはいる。でも、私の事情を勘付いているように感じるのだ。
「あの、信じてもらえないかもしれないが、本当に偶然なんだ。屋敷にはワインを取りに来るつもりで、ついでに昼もここで食べようかと」
「それは本当よ。昨日、連絡を貰っていたの。ワインを譲る約束をしたから用意しておいて欲しいって。ついでに昼食もね。ちゃっかりロールキャベツが食べたいと注文までしてきたわ」
「我が家のシェフ自慢の一品だ。よかったら君も食べてくれ」
「……ありがとうございます」
どうやら嘘ではないみたい。では本当に私は運が良かったのね。
「大きなお世話かもしれないが、彼に付き纏われているのか?もし困っているなら相談に乗るが」
相談……でも、どちらかというと困っているのは殿下の対応だ。あの方さえ絡まなければ、毅然とした態度でお断りするのだけど……
「問題は殿下の方か」
「!」
「諜報部を動かすくらいだ。あの方がお膳立てしているのだろう」
そうだった。そこまで知られているのよね。
「……はい。殿下がご友人である宰相補佐官様の為に動こうとされていて、少し困っています」
「貴方は彼が苦手なのか」
苦手というか大嫌いというか悍ましいというか。
「大層女性に人気のある方とのことなので、多くの女性の嫉妬に立ち向かう程の気持ちはございません」
ゼロでは無くマイナスに振り切れておりますの。
近くに来られると、動悸息切れ目眩の症状が。心疾患を疑いたいくらいの症状が出ます。
いっそのこと言ってしまいたい。でも、絶対に言いたくない。
私は普通の令嬢でいたいの。被害者の自分を消し去りたい…。
「……私の妹を知っているだろうか」
伯爵の妹君。話したことはないけれど、同じ学園に通っていたから姿だけは見かけたことがある。
1つ年上の落ち着いた、華奢で儚げな美貌の令嬢だった。でも、なぜ突然妹君のことを?
「はい。ご病気で休学されたと。でも……」
そのまま完治することなく儚くなってしまわれたと聞いたわ。
「ああ、たった18歳で亡くなってしまった。
……だが、本当は病ではなかったんだ」
「え?」
「あの子は自殺した」
「!」
なぜ?どうしてそんな、隠し続けていたことを私なんかに教えるの?
「あの子に懸想していた男に襲われたんだ」
それだけ言って私を見つめる。
ああ、だから。
貴方はもう分かっているのね。私が妹君と同じだと。すでに……傷物だということを。
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