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1.婚約者は年下の天使でした

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初めて婚約者に会う日。
部屋に入って最初に目にした方はとても落ち着いた大人の男性だった。

素敵な方ね……艷やかかな漆黒の髪を後ろに撫で付け、ハラリと落ちた前髪が妙に色気がある。琥珀の瞳は理知的で、少しだけ怖い。
私は167cmの身長にヒールの高い靴を履いているから170cm以上になっている筈なのに、それでも見上げるしかない上背が更に威圧感を増している。

でも──格好良い人。

「侯爵、お待たせして申し訳ありません」
「いや、まだ時間前だ。それを言ったら息子もまだ来ていないよ」

この方がイングラム侯爵なの?随分と若く見えるわ。

「初めまして。君がシェリー嬢だね?」
「はい。ハミルトン伯爵家の長女、シェリーと申します」

ドキドキする気持ちを抑えながら挨拶をする。

「こんなに美しい令嬢と縁が結べるなんて光栄だ。これから宜しく頼むよ」

笑うと雰囲気が変わる。こんなに素敵な方のご子息と婚約出来るなんて。
どんな方かしら。3歳年下だと聞いていたから心配だったけれど、侯爵に似ていたら案外大人っぽい方かも?

すると、ノックの音がしてから男の子が入って来た。

「来たか。息子のベンジャミンです」
「初めまして。ベンジャミン・イングラムです」

そこには、少し仏頂面の天使がいた。

何これ!?全然お父上に似ていないわっ!
少し癖のある柔らかそうなブロンドの髪に、あ、瞳は同じ琥珀ね。でも、クリクリとした大きな瞳で印象が全然違うわ。
そして、とても小さくて可愛らしいっ!150cmあるかしら。声もまだ高めだわ。え?この天使が私の婚約者になるの?

「……初めまして。シェリーと申します」

動揺して声が震えてしまう。侯爵様を先に見たのが間違いだった。

「……でかい」

途轍もなく不機嫌な顔で言われてしまった。

「こら、ベン!」

でかい……何が?身長が?まさかお胸ではないわよね?

最近の流行りはスレンダーな女性だ。私だって決して太ってはいないの。ウエストも足だって細いもの。ただ、お胸が育ってしまって!いくらダイエットしても、小さくはなってくれなかった。

「シェリー嬢、申し訳ない」
「いえ、大丈夫ですわ」

初めて会うのだもの。すぐに仲良くなれなくても仕方がない。これは政略的な婚約だもの。

「ベンジャミン様、仲良くしていただけると嬉しいわ」

今度はちゃんと心からの言葉が口に出来た。
すると、「うん、よろしく」と、そっぽを向いたままだけど返事をしてくれた。
ただ、初顔合わせが恥ずかしかっただけなのかも。

こうして、私は天使様と婚約したのだ。


♢♢♢


何故私達が婚約することになったのか。

私達両家は隣り合う領地で、その間をカヴァナーという大きな川が流れている。
おかげ様で領地は潤い、その恩恵を受けてはいるが、度々水害に見舞われる事もある。
その為、合同での治水工事を着工することになった。
規模が大きく、年数もかかるが、それによる利益も大きい。それらの費用や収益を分け合う為の契約。そういった流れからの婚約だった。

「お父様、私よりも綺麗な天使様でどうしましょうか」

帰りの馬車の中で、つい、ため息と共に呟いてしまう。

「男の子は女の子よりも体の成長が遅いからね。あと1~2年でグッと変わると思うよ」

あんなに可愛らしいのに?それはとても勿体無い様に思えるけれど。

「……早く私よりも大きくなっていただきたいわ」
「ハハッ。まあ、男のプライドが傷付いたのだろう。まだベンジャミン殿は13歳だ。許してあげなさい」
「別に怒ってはいないわ。少し……悲しかっただけよ」
「大丈夫。シェリーは美人だし気立てもいい自慢の娘だ。すぐにベンジャミン殿も君の魅力に気付くさ。イングラム侯爵だって褒めてくださっただろう?」

お父様ったら。あれは社交辞令でしょうに。

「とてもお若くて驚きました」
「中々に美丈夫な方だろう。若い頃もだが、奥方を亡くされてからも、多くの美女が秋波を送っているが、結局独り身のままだ。使用人を使っているだろうが、家政を担う奥方がいなくて大変だっただろうになあ」
「そうなのですね。私も少しでも早くに仕事を覚えて、お手伝い出来るようになれるといいのですが」

でも、まだ学園に通っている身だから……

「本当に卒業まで残っていいのかしら」
「どちらにしてもベンジャミン殿が卒業してからの婚姻になる。そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

そう。私達の結婚はまだまだ先になる。今の所5年後の予定だ。
彼が学園を卒業する頃には私は21歳。すっかり行き遅れになってしまうのが手痛いところだ。

「やはりそこは変えられないのですね」
「うん。ベンジャミン殿が学生結婚は嫌なようだ」

私も行き遅れは嫌なのだけど。立場的にこちらの方が下だから、あまり無理も言えないのよね。

「……私、飛び級しようかしら」
「え?」
「だって、そうしたら早くに侯爵家のお仕事を手伝える様になりますわ。一年で卒業してみせます」

一年後、嫁入り準備として侯爵家で仕事を教えてもらい、少しずつでもお手伝いをさせてもらう。それならば、既に嫁入りした様なものだ。私の体面も保たれるわ。

「ふむ。悪くは無いが。ただ、あちらは奥方がいない。そこに婚約者とはいえ未婚の女性が入っていくのは……」
「ですが、卒業してからの流れは同じです。それが一年早まるだけですよ?」
「分かったよ。とりあえず学園に相談してみよう。話を進めてから飛び級は無理でした、だなんて、恥ずかし過ぎるからね」

確かにそうね。でも、これでも成績はいいのよ?

それから。学園からは承諾をもらえたので、編入の為の試験を受けた。無事合格して、一年の飛び級を果たした。
それを伝えると、侯爵様は大変驚いた様だ。
それでも、侯爵家の手伝いがしたいという私の考えを尊重して下さり、卒業後には花嫁修業として侯爵家で暮らすことをお許し下さった。

それからは、月に一度、婚約者同士で会うことになった。
少しずつではあるけれど、ベンジャミン様とも打ち解けてきた気がする。

「ベンジャミン様、ひと月で背が伸びた気がします」
「喜ばしいことだが、体の節々が痛いんだ。夜中に目が覚めるほどだよ」

残念ながら、私の天使様は早々に素敵な男性に変貌してしまう様だ。

「……私の天使様がいなくなってしまったわ」
「俺は元々人間だ」

仏頂面は変わらないのに、随分と変わってしまった。
一年で15cmも背が伸びるなんて詐欺だわ。




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