黒の転生騎士

sierra

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第九章

呪われた絵 2

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「こんにちは。君とのお茶会を楽しみにしていたんだ」
「貴方は誰・・・?」 
 お伽話に出てきそうな可愛らしい居間にいた。山の中腹ぐらいであろうか。窓の外には草原が広がっていて、麓は濃い緑の森で覆われている。
「ここは?とても気持ちのいいところだけど・・・」
青年はとても感じがいい。人の良さそうな顔で嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうだろう・・・? ずっとここにいてもいいんだよ。リリアーナ――」

 そこでカイトの目が覚めた。
(何だ・・・今のは・・・?)
ベッドの上で身体を起こして、頭を振る。今はまだ真夜中だ。
(ここのところ、忙しくて疲れているから変な夢を見たのか)
窓から差し込む月の光が青白く、ベッドに光を落としていた。

 翌日の朝早く、昨夜の夢が気になってリリアーナの部屋に足を向けた。
「おはようカイト。確か、貴方の立ち番は午後からの筈よね?」
 アビゲイルが不思議そうな顔をしている。
「ああ、ちょっと用事があって」

 深くは話さずにノックをする。フランチェスカが扉を開けると、ちょうどリリアーナの仕度が終わったところだった。
「カイト、どうしたの?こんな朝早くに」
 リリアーナが不思議そうな顔をして、近付いてきた。じっと見つめて観察したが、いつもと変わりはないようだ。
「ごめん。変な夢を見たから少し心配になって。何ともないようで良かった」
 カイトの面持ちが和らいだ。

「変な夢?」
「悪い夢ではないんだ。リリアーナが誰かとお茶会をしている夢で」
「・・・・・・」
 リリアーナの表情を何かがよぎる。
「どうかした? お茶会に心覚えがあるのかい?」
「ううん、ないわ。何でもないの、気のせいみたい」
 リリアーナが微笑んだ。

「何もない事が分かったから、これで失礼するよ」
 踵を返そうとしたカイトにリリアーナが声を掛けた。
「もう行ってしまうの?」
「リリアーナもこれから朝食だろう? リュートの先生もすぐに来るだろうし」
 リリアーナはカイトに近付くと、恥かしそうに両手を伸ばし、首の後ろに回して引っ張った。
「じゃあ・・・キスして・・・から・・・」
 段々声がちいさくなる。今度はカイトが微笑むとリリアーナを抱き寄せて首を傾げ、顔を近付けてきた。
「喜んで」
 唇が触れる寸前に囁かれると、その口ですぐに覆われた。くちづけの後も暫く抱き締められていて、それが何故かリリアーナを和ませた。
 


 絵を保管庫で預かってから数週間後、騎士宿舎の朝食の席で先輩騎士二人に声を掛けられる。

「カイト、あの絵はやばいぞ」
「ベルナールが持ってきたあの絵ですか?」
「ああ。俺達、昨夜城内の見回り番だったんだ。絵画室を回っている時に、保管庫のドアの下から光が洩れていてドアを開けたら・・・」
 先輩騎士は二人で顔を見合わせた。

「明かりが――あの絵の家の明かりが点いてたんだ」
「絵の家の? そんな馬鹿な」
「本当だよ! そうしたらいきなり消えて真っ暗になって――それからその後の記憶がないんだ。その場で倒れてしまったようで、気付いたら朝だったんだ」
「記憶がない・・・」
「でもおかしいだろう? 二人揃って気を失うなんて。それに今考えると保管庫のドアの鍵も開いていたし、一回目の巡回の時はちゃんと締まっていたのに」

 確かに・・・リーフシュタインの騎士達は体力、知力、精神力に於いても群を抜いている。そう簡単に気を、それも二人揃って失うだろうか?

「サイラス副団長と相談してみます」
「頼む。もうこの事についての報告は上がってるから、すぐに分かると思う」
 カイトは食事が終わるとその足でサイラスの執務室に向かった。

「報告はもう受けている。確かに妙な話だ・・・あの絵の噂は前から聞いてはいたが」
「人がいなくなる事件ですか?」
「ああ。だからその絵が城に預けられる事になって、監視下に置けるし保管庫であれば厳重に鍵も掛かる・・・ある意味良かったと思っていたのだが」
「人がいなくなってからでは遅いし、何か策を講じないといけませんね」

「ああ、お前カエレス様を呼べないか? 守護を受けているだろう? 絵を見てもらいたい」
「残念ながら、呼ぶことは出来なさそうです。俺も絵を見てもらう事は考えました。ドラッへヴァルトまで俺が持って行きましょうか?」
「いや、カイトが持って行く途中で行方不明になったら困る。優秀なお前には城に居てもらいたいし。誰か代わりの者を使いに出して、お前の祖父、先代のゴルツ侯爵に口を利いてもらい、カエレス様にこちらに来てくれるよう頼んでもらおう」

「分かりました。俺が祖父に一筆書きます」
「頼む―― 。後は、巷の話しだと夜間に行方不明者が出るようだから、その時間帯の警備を強化するようにしよう」



「やあ、また今日も来てくれたんだね」
「もう・・・来たくないのに」
「残念ながらそういう訳にはいかないんだ」
 青年はクスリと笑った。最初は感じがいいと思ったその笑いが、今では癇に障るようになってきた。

「さあ、座って」
 椅子を引いてリリアーナを座らせた後に、お茶とお茶菓子がテーブルに並べられる。
「喉が渇いただろう? さあ飲んで。君の好きなハーブティーだ」
 手をつけようとしないリリアーナに青年が呟いた。
「君はやはり勘がいいんだな。もう何回も訪れているのに、一切口にしようとしない」

「もう帰りたいの。お願い・・・私を帰して」
「だめだよ、来たばかりじゃないか」
 青年は少しいらついた顔をしたが、何かを思いついたように目を光らせた。
「じゃあ、こうしよう。君がお茶を飲んだら帰してあげるよ」
「お茶を?」
「ああ、その後は二度と君を呼び出さない」
「本当に・・・?」
「約束する。だから、一口飲んで」

 リリアーナは飲んではいけない気がしたが、頭に霞がかかったように深く考えられなくなっていた。訪れる毎にそれは酷くなっていく。
「分かったわ。帰してくれるなら」
 カップをもって、口に運ぼうとしたその時に、小鳥が口ばしでその手を突ついた。
「あ!」
 カップが足元に落ち、粉々に割れる。青年は憤怒の形相で手を伸ばし、小鳥を捕まえた。

「お前は! 俺に逆らうのか!!」
「やめて!!」
 その手で捻り潰そうとしているのを、リリアーナが慌てて止める。それを加勢するかのように、猫が飛びついて青年の手を引っ掻いた。

「――っ!」

 青年は猫を睨みつけた後に、その顔に邪悪な笑みを浮かべる。
「お前達は・・・ここに存在している意味がない――」
それを見たリリアーナが大声を張り上げた。
「もし、この子達に何かあったら、私は貴方を絶対に許さない!」
 青年は暫くリリアーナを見ていたが、諦めたように溜息をついた。
「仕様がない、今回だけは許そう。せっかく見つけた魂までが光り輝く君に、嫌われたくないからね」

 青年はリリアーナの手を取ると、その手の甲にゆっくりとした動作でくちづけた。 


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