72 / 287
第六章
執 着 10 無事で良かった
しおりを挟む
カイトが駆けつけた時には、何人かの騎士に向かって犬が吠え、激しい威嚇をしていた。敷地内を定刻で見回っている騎士達に見つかったのだ。
バスティアンは犬をけしかけながら、少しづつリリアーナを連れて後退している。二人ほど噛まれた騎士がしゃがみこんでいた。思ったより早くに見つかってしまった為に、見せしめに二人ほど噛ませて犬の威力を示し、なるべく威嚇で逃げる距離を稼ぎたかった。
大勢相手にすると犬もやはり疲れるし、逃げ損ねる可能性が大だからだ。
後から追いついてきた騎士は捕獲網を持ってはいたが、訓練された獰猛な大型犬に食い破られそうで心許ない。
「カイト! お前で一匹倒せるか!?」先輩騎士の一人が声を掛けた。
「はい! 大丈夫です。それからこれを」カイトが先輩騎士に何かを渡し、その騎士と捕獲網を持っている騎士に何かを話した。
威嚇されつつリリアーナ奪還を狙っていた騎士達より前にカイトが進み出る。先程話をした騎士達も進み出た。
「君が例の黒い騎士か、まだ城にいたんだね。でも可哀想にこの子達には勝てないよ」
黒い騎士相手に若干不安ではあるが、先程の騎士達もすぐに倒せたし大丈夫だろう。それに強い黒い騎士を完膚 (かんぷ) なきまで倒してしまえば・・・いや、いっその事噛み殺してしまえば、他の騎士達もきっと尻込みをする筈だ。逃げるのに有利になる。
「リリアーナ様、以前の婚約者が噛み殺される光景はきついですよ。目を瞑る事をお勧めします」
エヴァンを襲った犬達の俊敏な動きは驚くべきものであった。さすがのカイトも今度こそは駄目かもしれない。他の騎士達の身も心配だ。
リリアーナは声を張り上げた。
「リーフシュタインの騎士達に命令します。これ以上手出しをしないように、私はバスティアンに同行します」
「この状況下の中、その命令は承服しかねます!」
カイトがきっぱりと否定した。一瞬二人の視線が絡み合い、リリアーナはやめるようにと小さく首を振る。カイトは断固たる意志を秘め、ゆっくりと否定の為に首を振った。
「行け」
バスティアンの命令にリリアーナが息を呑んだ。カイトを見て唸っていた犬が襲い掛かる。
カイトは上手く誘導し、包帯を厚く巻いた左腕を噛ませると、犬の鼻先で小瓶に入った粉をぶちまけた。途端にキャンキャン鳴いて苦しみ始める。
もう一匹も一人が捕獲網を被せた後に、先輩騎士がタイミング良く鼻を中心に粉をかける。やはり苦しんでおとなしくなった。他の騎士達が犬を押さえて、口や手足を縛り上げる。
呆然としたバスティアンが我に返り、リリアーナを人質にしようと手を伸ばした時には、カイトの飛び後ろ回し蹴りを食らっていた。脳震盪を起こして倒れた男を、他の騎士が要領良く縛り上げる。
カイトはリリアーナの傍 (かたわ) らまで行くと、跪いて声を掛けた。
「リリアーナ様大丈夫ですか? お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、大丈夫よ、助けてくれてありがとう。儀礼にのっとらなくていいから、立ってちょうだい」
カイトが立ち上がると、リリアーナはカイトの厚く巻かれた包帯を見た。
「カイトは平気? 噛まれていたけれど」
「包帯をとても厚く巻かれていましたから」
「先程の粉は一体何?」
「あれは胡椒です。じいやに教えてもらったのですが、犬の嗅覚は人間の100万倍以上で、胡椒などの刺激物を吸うと、人間でいう目潰しを喰らったような状態になるそうです」
「そうだったの・・・」
(違う・・・言いたいのはこんな事じゃないのに)
本当はカイトに抱きしめてほしい。でもリリアーナには、そんな事を言う資格はない。仕方がなくもう一度最後にお礼を言って、心配顔で二人を見ているフランチェスカの許に行こうと顔を上げた。
すると屈んだカイトにくちづけられた。起こったことが信じられず呆然としていると、今度は優しく抱きしめられた。
「無事で良かった――」
ほっとしたように囁かれた。
#この作品における表現、文章、言葉、またそれらが持つ雰囲気の転用はご遠慮下さい。
バスティアンは犬をけしかけながら、少しづつリリアーナを連れて後退している。二人ほど噛まれた騎士がしゃがみこんでいた。思ったより早くに見つかってしまった為に、見せしめに二人ほど噛ませて犬の威力を示し、なるべく威嚇で逃げる距離を稼ぎたかった。
大勢相手にすると犬もやはり疲れるし、逃げ損ねる可能性が大だからだ。
後から追いついてきた騎士は捕獲網を持ってはいたが、訓練された獰猛な大型犬に食い破られそうで心許ない。
「カイト! お前で一匹倒せるか!?」先輩騎士の一人が声を掛けた。
「はい! 大丈夫です。それからこれを」カイトが先輩騎士に何かを渡し、その騎士と捕獲網を持っている騎士に何かを話した。
威嚇されつつリリアーナ奪還を狙っていた騎士達より前にカイトが進み出る。先程話をした騎士達も進み出た。
「君が例の黒い騎士か、まだ城にいたんだね。でも可哀想にこの子達には勝てないよ」
黒い騎士相手に若干不安ではあるが、先程の騎士達もすぐに倒せたし大丈夫だろう。それに強い黒い騎士を完膚 (かんぷ) なきまで倒してしまえば・・・いや、いっその事噛み殺してしまえば、他の騎士達もきっと尻込みをする筈だ。逃げるのに有利になる。
「リリアーナ様、以前の婚約者が噛み殺される光景はきついですよ。目を瞑る事をお勧めします」
エヴァンを襲った犬達の俊敏な動きは驚くべきものであった。さすがのカイトも今度こそは駄目かもしれない。他の騎士達の身も心配だ。
リリアーナは声を張り上げた。
「リーフシュタインの騎士達に命令します。これ以上手出しをしないように、私はバスティアンに同行します」
「この状況下の中、その命令は承服しかねます!」
カイトがきっぱりと否定した。一瞬二人の視線が絡み合い、リリアーナはやめるようにと小さく首を振る。カイトは断固たる意志を秘め、ゆっくりと否定の為に首を振った。
「行け」
バスティアンの命令にリリアーナが息を呑んだ。カイトを見て唸っていた犬が襲い掛かる。
カイトは上手く誘導し、包帯を厚く巻いた左腕を噛ませると、犬の鼻先で小瓶に入った粉をぶちまけた。途端にキャンキャン鳴いて苦しみ始める。
もう一匹も一人が捕獲網を被せた後に、先輩騎士がタイミング良く鼻を中心に粉をかける。やはり苦しんでおとなしくなった。他の騎士達が犬を押さえて、口や手足を縛り上げる。
呆然としたバスティアンが我に返り、リリアーナを人質にしようと手を伸ばした時には、カイトの飛び後ろ回し蹴りを食らっていた。脳震盪を起こして倒れた男を、他の騎士が要領良く縛り上げる。
カイトはリリアーナの傍 (かたわ) らまで行くと、跪いて声を掛けた。
「リリアーナ様大丈夫ですか? お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、大丈夫よ、助けてくれてありがとう。儀礼にのっとらなくていいから、立ってちょうだい」
カイトが立ち上がると、リリアーナはカイトの厚く巻かれた包帯を見た。
「カイトは平気? 噛まれていたけれど」
「包帯をとても厚く巻かれていましたから」
「先程の粉は一体何?」
「あれは胡椒です。じいやに教えてもらったのですが、犬の嗅覚は人間の100万倍以上で、胡椒などの刺激物を吸うと、人間でいう目潰しを喰らったような状態になるそうです」
「そうだったの・・・」
(違う・・・言いたいのはこんな事じゃないのに)
本当はカイトに抱きしめてほしい。でもリリアーナには、そんな事を言う資格はない。仕方がなくもう一度最後にお礼を言って、心配顔で二人を見ているフランチェスカの許に行こうと顔を上げた。
すると屈んだカイトにくちづけられた。起こったことが信じられず呆然としていると、今度は優しく抱きしめられた。
「無事で良かった――」
ほっとしたように囁かれた。
#この作品における表現、文章、言葉、またそれらが持つ雰囲気の転用はご遠慮下さい。
0
お気に入りに追加
1,637
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる