黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 127(後日談)アレクセイは…(後)フランが暴れているから、お前はリリアーナ様の部屋に行け

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「クリスティアナ――」

 腕の中の愛しい女性ひとに視線を落としたまま、アレクセイが妹を呼んだ。

「心得てるわ、お兄様。芙蓉の間に食事を運ばせます。少しのお酒と、甘いデザートと、もちろんお花も」
「頼む」

 アレクセイはシンシアを腕に抱いたまま、その場を後にした。城への小道を、淀みなく歩きながら問いかける。

「シンシア」
「はい」
「その閨の先生は、ひょっとして……君に対して良くない感情を持ってはいないか?」

 シンシアは、一瞬の戸惑いを見せた後に頷いた。

「閨の授業は、親戚の公爵夫人が担当しています。娘が一人いるのですが、夫人は上流意識が強く、自分の認めた相手にしか嫁がせないと言っているんです。そのせいか、なかなか娘さんの結婚が決まらなくて……、王子殿下であるアレクセイ様と結婚する私が、きっと妬ましいのでしょう」
「他にも嫌な目に合っているのでは?」
「私に落ち度があるように見せかけて、ちくちくと嫌がらせを受けます……」

 アレクセイが腹立たし気に顔を顰めた。

「そうか――。悪いようにはしないから、この件は私に任せてくれ」
「アレクセイ様のお手を、煩わせる程の事ではありません。自分でどうにかいたします」
「そんな女狐のような女性は、君が相手にする価値もない。私ならすぐ終わらせられる。承知してくれないか?」

(アレクセイ様が私を案じ、守ろうとしてくれている――)
 シンシアは深い喜びに浸り、アレクセイを見上げた。気付いたアレクセイが優しい笑みを返す。

「ところで君は、また様をつけたね」
「あっ……すいません、まだ慣れていなくて。アレクセイ様を敬称抜きで呼ぶのは難しいですね」
「また言った。罰だよ……」

 ぴたりと足を止めて、甘く……唇を重ねる。触れたアレクセイの唇から、秘めた熱情を感じ取り、シンシアはぞくりと背筋が震えた。一度離れたが、互いに吸い寄せられるように再び合わさり、アレクセイがシンシアの唇を噛む。

「ぁっ……」

 噛んだ痕を舌先で辿られ……シンシアは思わず、逞しい身体に縋り付いた。

「アレクセイ様……」

 瞳を潤ませて、まだ様付けで呼んでいる事に気付かないシンシアに、アレクセイが微笑む。

「また罰が欲しいのかい?」

 シンシアがぽっと頬を桃色に染めて、アレクセイの胸に顔を埋めた。
桃色になった頬にキスをして、アレクセイはまた歩き始める。自然と足の運びも速くなった。

(娘の結婚が決まらないからといって、その鬱憤をシンシアにぶつけた罪は重い。公爵夫人にはきつい罰を与えよう。富と権力と名声に固執するタイプ……今いる地位から引きずり下ろし、貴族社会から抹消して……)

 ふと見下ろすと、シンシアが幸せそうに顔を綻ばせた。

(私の可愛いシンシアを悲しませた害虫は、徹底的に駆除しなければ……)


 クロヴィス達がぞろぞろと、アレクセイの後姿を眺めながら出てきた。
 
「あんなアレクセイ様を目にしたのは初めてです」
「失望させてしまったかしら? 兄様はナルヴィクに留学した時から、シンシア様にぞっこんなの」
「いいえ、お陰様で親しみを感じました。完璧で、近寄り難かったアレクセイ様も、私達と同じ人間だったのだと」
「良かったらこの後、一緒に昼食をいかが? わたくし、シンシアに振られてしまったの」

 クロヴィスが残念そうに、クリスティアナの背後を見やる。

「ご一緒したいのはやまやまですが、遠慮させて頂きます。私も命が惜しいので」
「?」
「あちらから、イフリート団長がいらっしゃいますよ。しかも、険しい顔つきをして…」 
「えっ、?」

 クリスティアナが振り返ると、確かに険しい顔をして、イフリートがやってくる。しかしその表情は嫉妬というより、仕事の時の顔に見えた。傍まで来て胸に手を当て、騎士の礼を取る。

「クリスティアナ様。アレクセイ様はどちらでしょうか?」
「入れ違いね。シンシアと一緒に芙蓉の間へ行ってしまったわ。余程の用件でない限り、邪魔をしないほうがいいと思うのだけど」

 イフリートが表情を和ませた。

「誤解が解けて、事態が好転したのですね。それならば、クリスティアナ様が許可を出しても、アレクセイ様は許して下さるでしょう」

 クリスティアナが不思議そうにイフリートを見上げる。

「実は、執務室に取り残されたサファイア様が、力いっぱい助けを呼ぶ声が廊下に響いておりまして…」
「大変……! サファイアの事をすっかり忘れていたわ! 兄様ったら、逃げられないように鍵を掛けたのね……!」
「いえ、その……鍵は掛かっていないのですが……、執務室付きの警備兵は、”何があっても部屋に入るな、誰も入れるな”と命令されているので、下手に入室できずに困り果てております」

 言葉を濁らせたイフリートに、クリスティアナは何かある事を感じ取った。←縛られている

「分かりました。私の名において、執務室への入室を許可します」
「御意。ありがとうございます」
 
 イフリートはクリスティアナに一礼をすると、周囲を見渡し、警護の任務についていたスティーブを見つけ出した。

「スティーブ、お前はすぐにリリアーナ様の部屋に向かえ、ジャネットとビアンカから応援要請がきている」
「なぜですか? カイトもいるし、必要ないですよね?」
「フランチェスカが暴れている――」
「………え、」

 
 少々時間を遡る

「誰か、斧を持ってきて! それかイフリート団長!!」
「お願い、落ち着いてぇえええ!」
「扉を壊す気!?」

 その時カチャリ、と扉が開いた。

「フランチェスカ!」
 勢いよくリリアーナが駆け出してきて、フランチェスカの胸に飛び込んだ。まるで天使が舞い降りたように、清廉で柔らかな空気が辺りを包み、場の雰囲気が瞬時に和む。

「リリアーナ様!?」
 
 フランは驚きながらもリリアーナを抱きとめた。リリアーナの後から出てきたカイトが、扉を背にして静かに立つ。二人で話をさせようと、距離を取ってくれているようだ。

「心配をかけてごめんなさい。私は大丈夫よ、フランチェスカ」

 フランチェスカの胸から顔を上げ、リリアーナは輝くような笑顔を見せる。自然とフランチェスカも笑顔になり、ほっと胸を撫で下ろした。見たところガウンもきっちりと羽織っているし、安心をして良さそうだ。←カイトが着せた

「お腹がお空きになりましたでしょう? 果物に、チーズに、卵料理、焼き立てのパンもございますよ」
「嬉しいわ、フランチェスカ。12歳のカイトからも、体を張って守ってくれてありがとう……!」

 表情には感謝の気持ちが溢れ、フランをギュッと抱き締めるリリアーナに、フランチェスカはため息をつく。
(ああ、何てお可愛らしい――、私の大切なリリアーナ様)

「お着替えになりませんか? さあ、寝室に参りましょう」
「あ、あの、……フランチェスカ……。簡単なドレスを着ようと思うの。だから、一人で着替えられるから……」

 言いにくそうにもじもじと、フランチェスカを見上げてきた。一瞬、顔が引きつったが、フランチェスカはぐっと耐える。

(少々胸が痛むけど仕方がないわ。リリアーナ様はずっと18歳のカイトを待っていたのだもの。それに、こんな笑顔を見るのは久しぶり。ここは私が引くべきね)

「かしこまりましたリリアーナ様。何かありましたら、どうぞ呼び鈴をお鳴らし下さい」
「ありがとう、フランチェスカ」

 リリアーナはポフッともう一度、フランチェスカに抱きついた。

「それにしても、よくカイトが外に出してくれましたね」

 何気ない一言のつもりだったが、リリアーナの顔がボンッと、いきなり真っ赤になった。

「ん?」
 フランの第六感の警鐘が鳴る。

「リリアーナ様……外に出る代わりに何か、カイトに交換条件を出されませんでしたか?」

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