黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 110

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「警備体制を見直すべきです」
「どうした? 何があった」

 アルフレッドと交代した後、グスタフはすぐに執務室に駆けつけた。珍しく丁寧な口調のグスタフに、机に向かっていたイフリートと、脇に立っていたサイラスが驚き顔で対応をする。
 グスタフは何があったのか、一部始終を話した。

「今まで一般房の看守には、特別室に誰を閉じ込められているかは伝えていませんでした。しかし伝えるべきです! 万が一脱走した場合、扉を開けてカイトが出てくるんですよ? びびります! あいつの強さは並みじゃないし、下手したら腰が抜けますって!!」

 興奮と共に、普段の言葉遣いに戻っていく。

「う~ん、だけど……これ以上内情を知る人間を増やしたくないんだよね。リリアーナ様の婚約者が地下牢に閉じ込められているなんて、もし周囲に漏れたら瞬く間に広がるし、カイトが元に戻ったとしても、婚約自体が駄目になってしまうかもしれない」

 イフリートも頷いた。

「貴族の中には国の繁栄と発展の為に、カイトより他国の王子との結婚を望む者も多いからな」
「しかし無理っす! 今回、看守達に知られてはいけないせいで、指示の出しにくかったこと! カイトが本気で目玉をえぐり出して脱走していたら、止められた気がしません!!」

 拳を握り締めて熱弁を振るっていたグスタフが、突然静かになる。

「指示が出しにくいという理由だけではないんです。あいつが本気を出したら、きっと止められません。”可愛い部下の目玉をくり抜かれて、平静でいる事ができますか”そう言われた時に、俺はダレルの無残な姿を想像してしまいました……その時点でもう俺の負けです」
「これからは、耳を貸さなければいいんじゃないか?」

 サイラスの言葉に首を振る。

「カイトは何て言うか、胸の奥底……心のひだに触れてきます。無視する事はできないでしょう」
「………」

 言っている事が当たっているだけに、イフリートもサイラスも何も言えなかった。

「俺が思うに、化け物のように強いイフリート団長と、奴相手やつあいてにウォッチングとかする、並みの神経じゃないサイラス副団長以外は、太刀打ちできないでしょう」
「あー、何かその言い方は腹が立つけど、安心したよ」 
「なぜっすか?」

 イフリートも胸を撫で下ろした。ダグラスはさほど影響を受けなかったようだ。
(カイトは人心掌握術に優れている。18才の心根の良いカイトはそれがプラスに働き、周囲を良い方向に導いていた。それが今では負に働き、下手すると相手を闇の中へ引きずり込みかねない)
 
 じっとダグラスを見つめて思う。

(この、人の話を聞かずにどんな場面でも我が道を行くグスタフを、闇の入り口に立たせたのだから)

 イフリートは椅子の上で背筋を伸ばし、グスタフを真っ直ぐに見た。

「分かった。具体的に指示を与える。
1、お前の要望通り、一般房の奴らには知らせよう。カイトに対抗できる看守を揃え直す。
2、今後は極力カイトの話に耳を貸すな。
3、今回を教訓にして、脱獄を未然に阻止できるように心がけろ。
4、事が起こり、力を尽くしても敵わない時は、逃げて周囲に知らせるんだ。騒ぎになってもいい。寧ろ騒ぎを大きくしてカイトを注目させ、脱獄を食い止めるんだ。リリアーナ様をお守りすることが最優先事項だからな」
「はっ! 分かりました! ありがとうございます!!」
「ただ、カイトの魔法が解けかけている事は秘密だ。リリアーナ様が話した事を12才のカイトに嗅ぎつかれたらまずい」
「はい。指示して頂いた内容だけで充分です」

 騎士の礼を取りグスタフが出て行った後に、イフリートがサイラスに意見を求めた。

「他に何かあるか?」
完璧パーフェクト。と言いたいところだが、もう一つある」
「何だ? 言ってみろ」
「出入り口の石小屋の前にテントを張って、化け物のように強いイフリートと、並みの神経じゃない俺が張り込むんだ」
「………お前、根に持っているだろう?」
「全然」
「いや相当」
「…………」
 
 イフリートが笑い声を上げ、サイラスも笑顔で言う。

「特別房の監視はグスタフで正解だったね」
「ああ、ほんとに。……しかし、ダレルが心配だな」
「うん、病んでしまいそうな怖さがある。カイトには耳を貸さないよう、後で念を押しておくよ。本当は他の奴に交代させたいけど、腕が立つ上に口の固い人間というと……」
「中々いないな。皆それなりに口は固いが、酒が入るとどうしても軽くなる。かといって、食事時に酒は飲むから、禁酒も無理だ(水代わりにも飲む)」
「一般房の看守と見張りを、酒を飲んでも口が固くて腕も立ち、信頼できる奴に全員入れ替える。休憩時の交代要員も必要だから……」

 言いながらサイラスが絶望的な顔をした。

「ダレルとアルフレッドの部下を見つけるだけでも苦労したのに……」

 イフリートはサインし終わった書類を持つと、立ち上がった。

「頑張れ」
「………え、」

 サイラスの肩を軽く叩き、アレクセイに書類を提出する為に部屋を出る。 

「俺一人で探すのかぁああああ!?」

 廊下まで響く声に、イフリートが笑った。


***


「カイト、換えのランプだ」
「ありがとうございます」

 差し入れ口からダレルが、油がなくなったランプの換えを手渡そうとした。持ち手を掴もうとしたカイトの指先に、ダレルの指先が触れる。ダレルはびくっと身体を震わせて、思わずランプから手を離した。

「――っと」

 カイトが上手くキャッチをし、上目遣いでダレルを見上げ、クスッと笑う。
引きずり込まれたことを身体が覚えていて、つい反応してしまうのだ。こんな少年に鼻で笑われ、腹立たしさを覚えながら鉄格子から遠ざかる。

 ダレルが腹立たしいのはそれだけではない。カイトはふとした隙に声をかけてくる。

 少しずつ毒を注ぐように……。

「なぜダレル先輩が監視人に選ばれたのですか?」
「それは俺の腕と、口の固さを見込まれて…」
「腕、……」

 意味ありげな表情を見せるカイトに、また腹が立った。

「何が言いたい?」
「いいように利用されているな……と」
「なに!」
「ダレル」

 サイラスに、釘を刺すように声をかけられて、ダレルはカイトの傍から離れる
(カイトに耳を貸してはいけない……貸してはいけないのに……)
 
 言われた言葉がダレルの胸に、小さな棘を刺した。

(耳を貸すな。聞いてはいけない)

 小さな棘で付いた傷からじわじわと毒が広がっていく――

 
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