黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 109

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「はっきり聞けばいいじゃないですか?」 

 ダレルが息を呑んで顔を上げ、カイトを凝視した。

「嫌がるリリアーナを、無理やり押し倒したのか、と」
「お前……」

 不穏な空気にグスタフが気付き、二人に注意を向ける。
(ダレル……?)

 ダレルは手渡そうとしていた本を、穴が開きそうな程きつく握り締めた。
見ていたカイトが、ふいに手を伸ばしてダレルの右手首を掴み、一気に差し入れ口から中に引きずり込む。

「――っ!!」

 肩まで引き込まれたダレルの身体は、ダンッ!!と派手な音をさせて、鉄格子にぶち当たった。力の強さに愕然とするダレルの耳元に口を寄せ、カイトが囁く。

「知っていますか? リリアーナの身体はとても柔らかで……蜜のように唇も甘いんです」
「っ! この野郎っ!!」
「何をやっている!!」

 ダレルは引き込まれた右手でカイトを掴もうとしたが、逆に易々と捻り上げられてしまう。差し入れ口から伸びる奇妙に捻れた腕を、少年が無表情に掴んでいる姿は、至極異様な光景であった。
 グスタフが直ちにアルフレッドの部下に命令を下す。

「一般房の奴らに声をかけて、特別室の外で共に待機! 中の様子を知られるなよ! 上の見張りは放っておけ!!」
「はっ!」

 彼は即座に飛んで行き、グスタフは鉄格子に近付いた。ダレルが大声で喚きたてる。

「放せ!! 殴り倒してやる!!」

 グスタフは鉄格子越しに、捻り上げられた腕の状態を見て言う。

「落ち着け、ダレル。カイトはダレルを放してやれ」 
「はい」

 あっさりと解放されて、ダレルはいささか拍子抜けしながら、差し入れ口から腕を引っこ抜いた。リリアーナの件が引っ掛かる上に、たかが少年に恥をかかされ、すぐさま怒りがぶり返す。鉄格子に飛びつき真っ赤な顔で、ガタガタと力の限り揺すり立てた。

「カイトっ、この野郎! 一発殴らせろ!!」
「落ち着けと言っただろう」
「しかし!」
「ダレル、どこか痛むか?」
「えっ、……そういえば……どこも痛みません。さっきは、身動きもできなかったし、あんなに痛んだのに……」
「関節や筋肉が痛むような捻り上げ方をしていなかったからな」

 カイトは笑んだ後に敬服の眼差しを向ける。

「よく、それが分かりましたね」
「伊達に隊長はやってねぇ。本気を出していないのは、殺気の無さからも分かった。それより、何故こんな事態になったんだ?」 
 
 グスタフは、”報告しろ”とばかりにダレルを見据え、ダレルは言葉に詰まった。

 美しくて儚く、慈愛に満ちたリリアーナ姫。彼女に心酔して、少しでも側に居てお守りしたいと騎士団に入団した。
 カイトと婚約をしてしまい少々胸も痛んだが、リリアーナが幸せならそれも良しと陰ながら見守っていた。それが、”押し倒されたショックで、部屋で臥せっている”と聞かされて、地下牢で押し倒した張本人を、監視することになる。
 他に詳しいことを説明されていないだけに、妙な想像は広がっていく。地下牢に閉じ込められる位だ。酷い事をしたに違いない。しかし、サイラスやダグラス達がカイトに接する態度はいつもと変わりなくて……。
 胸の中がもやもやとし、確かめずにはいられなくなって、つい尋ねてしまったのだ。自分を高く評価し、信頼もし、今回の任に抜擢してくれたグスタフ隊長には、”くれぐれもカイトを刺激しないよう、原因には触れないように”と言われていたにも拘らず。

「俺がふざけただけです。すいません」

 カイトの言葉に、ダレルが顔色を変える。グスタフがダレルからカイトに視線を移して目を眇めた。

「ただの悪ふざけにしては、乱暴すぎやしないか?」
「お言葉を返すようですが、監視人の皆さんが油断しすぎではないかと思ったんです」
「油断しすぎ?」
「はい。さっきだって、簡単に腕を掴んで引き込めました。私はあのまま腕や肩の骨を折る事ができたし、その技術も持っています。そして、ダレル先輩の腕と引き替えに、”牢から出せ”と要求する事もできました」
「俺がその要求を呑むとでも思ったのか?」
「いいえ、でも目ならどうでしょう?」
「目?」
「はい、俺は指先で目玉をえぐり出す事もできます」
「ダレルの目玉と引き替えなら、お前を地下牢から解放すると……?」
「グスタフ隊長は情に厚い人です」
「それでも俺は、上の命令に従う。お前を脱獄させる位なら、ダレルの目は諦める」
「でも、隙はできるでしょう?」
「なに?」
「可愛い部下の目玉をくり抜かれて、平静でいる事ができますか? 俺が脱獄する隙など決してできないと、言いきれますか?」

 グスタフが絶句した。扉をノックする音が響き、我に返るグスタフ。

「ダレル、扉の外の奴らに待機を解くように伝えろ。中の様子が分からないように……いや、待て……俺が直接伝える」
「……はい」

 グスタフが扉の外に出て行くなり、ダレルはカイトに問いただす。

「なぜ隊長にあんな事を…!」
「事実です。それに、そのお陰でダレル先輩は、本当の事を言わなくて済んだんですよ」
「俺を庇ったとでもいうのか?」
「そうです。リリアーナを大切なあるじと思っているからこそ、俺の言う事に腹が立ったんですよね? そんな人を困らせたくはなかった」
「それなら最初から、あんな不愉快な事を言わなければ良かったんだ」
「ダレル先輩が好奇心からあんな事を聞いているのか、それとも忠誠心で聞いているのか、分かりませんでしたから試させて頂きました。どちらだか見極めたかったんです」

 そう言って微笑むカイトの顔を見ても、ダレルの気持ちは晴れなかった。
”自分達の手に負えない恐ろしいものを、閉じ込めているのではないか”という気持ちが、一段と強くなっただけだ。
 奇しくもカイトの発言に助けられたダレルではあるが、後でこの事を後悔することになる。

***

(一般房の看守。”奴ら”と言ってたから二人以上。一般房の規模を考えると多分二人、多くて三人)

 カイトはベッドに腰掛け、手には本を持ちながら、グスタフの言動を思い起こしていた。

(”上の見張り”とは、出入り口になっている小屋の番人の事だろう――あそこは確か二人体制のはず。ということは、特別房の監視も含めて、相手にするのは最大七人)

 読んでいない本のページを、ぱらりとめくる。

(中の様子を知られるのを、やたら危惧していた。一般房の看守には特別室にいるのが俺だと、知らされてはいないのだろう……。
 脱獄時の敵の動きはこれで大体把握できたが、今回俺がしでかしたことで、警備体制が厳しくなるかもしれない。しかし――)

 カイトはふと笑いを零す。

(有利な事もいくつかある。扉を叩くノックの音以外、一般房の物音は聞こえない、当然こちらの物音も、あちらには一切聞こえないだろう)
 
 はたからはランプの明かりで穏やかに、読書を楽しんでいるように見えた――。

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