黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 105

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 頬を赤く腫らしたルイスにバーナードが恐る恐る尋ねる。

「ルイス様、その頬は……それにサファイア様は……」
「喜べ、共に来てくれる事になった」

『おぉおおお! やったあぁあああ!!』と盛大に雄たけびが上がる。

「叩かれたのに、ですか?」
「ああ、機嫌が悪くなる前に、共に来ると言ってくれた。これはな……彼女の嫌がる顔が、何とも愛らしくてやり過ぎてしまったんだ」

 ルイスが苦笑して頬に手を当て、バーナードが眉を顰める。

「そんな、またいじめっ子みたいな事を……前言を撤回されても知りませんぞ」
「大丈夫だ。彼女は一度決めた事を覆したりはしないさ。それより、『用意があるから、明日一緒には発てない』と言われてしまった」
「そうでしょうな。一ヶ月滞在するのですから、それなりに用意する時間は必要でしょう」
「俺は共に連れて帰りたい」

 ルイスは確固たる眼差しをバーナードに向け、バーナードが諦めの溜息を吐く。

「分かりました……出発を遅らせます」
「悪いなバーナード。無理を言って」
「こういう事もあろうかと、追加の書類が明日着く手筈になっております。そうでなければ出発を遅らせることなど、到底できはしません。手を打っておいて本当に良かった……」

 ほぉー、と心底、安堵の溜息を吐くバーナードに、ルイスが感心をする。

「相変わらず優秀だな」
「王子の我儘に慣れているだけです」
「違いない」

 笑い声を上げるルイスと共に、バーナードが歩き始める。

「それにしても、サファイアが涙目で嫌がる様子は、とても可愛かった。罵られるのもいいが、泣かせるのも……」
「……王子……本当に嫌われますぞ」


***


「すげぇ……さすが団長。騎士団トップの座に就くだけあるわ」 

 グスタフの視線の先では、イフリートとカイトが激しく拳を交えていた。

「それにしても、これが団長と俺ら隊長の実力差かよ。腹立つ……っ!」
「そこで腹立ててどうする。せいぜい精進しろよ」
「自分が情けなくて、腹立つんだよ!」

 グスタフとアルフレッドのちょっと険悪なやり取りに、サイラスが割って入る。

「イフリートは別格だからね。君達は副団長の私より腕が立つじゃないか」
「サイラス副団長は、頭脳派だからいいんです。それに俺らと同等の腕前なのは知ってますよ……わっ、カイトを投げやがった!!」

 カイトの低い蹴りをすねで防ぎ、そのまま胴体をひっつかんで、城壁に投げつけた。静観していたアルフレッドが緊張した声で話す。

「まともに当たったら危険ですね」

 くるっと体勢を立て直し、壁に四つん這いで手足を着いて、ストッ、と地面に着地する。ヒュ~、とグスタフが口笛を吹いた。

「見事だねぇ、猫みたいだ」
「手足四本で衝撃を緩和したんだ! 大柄で、自分より動きが鈍いイフリートに対し、攻撃も俊敏に行っているし、常に急所を狙っている! 力で及ばない分は遠心力や勢いを利用して…」
「サイラス副団長、こんな時にカイトウォッチングはやめてくださいよ。どっちの応援してんすか?」
「すまない。つい興奮してしまった」

 悪びれずニッコリと謝るサイラスの横で、アルフレッドがぶつぶつと言う。

「でも、やはり団長は凄いです。その俊敏な攻撃に遅れることなく対応しているし、何だか……子供を相手にしているように見えます。……いや実際、子供なんですけど」
「うん、それにカイトの息が荒くなってきてるね」
 
 確かにカイトの息は弾みつつあり、イフリートの息は平常だ。

「もう、終わりか?」

 イフリートの問いに、カイトは悔しそうに顔を歪める。ダッ、とイフリート目掛けて走り出し、強く、高くジャンプした。落下の勢いに乗って激しく蹴りつけるが、すんでのところで交わされる。ただ虫けらのように地面へ叩き落とされた。
 悪態をついて立ち上がり、突き、蹴り、足払いなどを試みるも、全てが軽くいなされる。グスタフが唸った。

「技を見切ったぞ」

 イフリートが口角を上げる。

「ふん……やはり、18才のカイトには敵わんな」

 カイトの頭に血が上った。

「あいつと比べるな……!!」
「比べる?」

 イフリートが鼻で笑う。

「比べるまでもない。純然たる事実だ」
「――っ!!」

 ぎりぎりと歯を食い縛りながら、カイトがイフリートを睨みつける。サイラスが呟いた。

「イフリートのほうが役者も上のようだ」
「団長! カイトを俺に下さい!! もうリリアーナ様の騎士じゃないっすよね!? 歩兵隊にぜひ欲しい逸材です!!」

 カイトがギロリとグスタフを睨む。

「うっわっ、怖ぇえええ」
「グスタフ、発言すべき時を見極めろよ……」
「いや、いいタイミングで言ってくれた。相当頭にきてるだろう。あれ」

 おもむろにイフリートが返事をする。

「グスタフ、こんな奴が欲しいのか? やめとけ。18才のカイトと違って、こいつは使い物にならん」
「うわぁ……言う言う」

「俺を馬鹿にするな……」
「ん?」

 カイトは身体を怒りで漲らせて、イフリートに突っ込んだ。

「馬鹿にするなと言ったんだ……!!」

 重くて鋭い一打がイフリートを襲う。繰り返される攻撃を受け流しながら、間合いを詰めるイフリート。
思ったように攻撃が入らず、カイトは益々血が上る。
 
「この野郎!!」

 怒鳴りながらの渾身の一撃、顎を狙ったその蹴りは、イフリートの左前腕ひだりぜんわんに阻まれ、気付いた時には、地面に殴り倒されていた。薄れゆく意識の中で、周囲の会話が聞こえてくる。

「団長、カイトを歩兵隊に…」
「まだ言っているのか。さっきの発言は挑発の為だ。カイトがリリアーナ様付きの騎士という事実は変わらん。例え12才のままでもだ」
「残念ですが、分かりました!」

 イフリートが、チラリとカイトに視線を向けると、側にサイラスが屈みこんでいた。

「カイトの意識は?」
「もう、ないようだ」
「地下牢の――監視付きの独房に入れる」
「えっ、そこまでするのですか?」
 
 アルフレッドが驚きもあらわに、イフリートに意見する。

「カイトもこれで頭を冷やすと思います。いくらなんでもあそこに入れるのは……」
「そうっすよ。あそこは糞するのも丸見えで、とてもやってられません」

 イフリートは二人に顔を向けたまま、サイラスに告げた。

「……サイラス、カイトを頼む」
「分かった。身ぐるみ剥いで……って、シャツとズボンは残すけど、独房に放り込んでおく。自害に使えそうな物は全て取り上げておくよ」
「えっ、……?」

 物騒な話しにアルフレッドとグスタフが、表情を変えて互いの顔を見合わせる。

「アルフレッドは口が固いし、顔にも出ないな……グスタフも意外に出ない」
「”グスタフも意外”は必要っすか?」
「付いて来い。執務室で話そう」 
「執務室でなくて、医務室。じいやの所に行きな~」

 カイトを肩に抱えて、背中を向けたまま手を振るサイラスに、”えっ?”と二人がイフリートを注視した。

「さすが、何でもお見通しだな」

 イフリートが溜息を吐いてシャツの袖を捲り上げると、真っ赤に腫れ上がった腕が、二人の目の前に現れた。




#)顎……顔の急所の一つ。先端を強打されると脳震盪を起こす
#)左前腕ひだりぜんわん……左腕のひじから手首までの部分

遅くなり申し訳ありませんでした。身内の不幸で、実家と居住地を行ったりきたりしてました。(;_;)
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