黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 90

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 ローズガーデンでは異様な光景が広がっていた――

 カイトはじいやを背中に背負ったまま、呆然として辺りを見渡す。

「これは一体、どうなっているんだ……?」

 号泣する者、むせび泣く者、啜り上げる者……逞しい体躯の騎士達が、男泣きに泣いている。
 『通してくれ』と声を掛けながら、人ごみを掻き分けて進んでいく。中心付近にいたアレクセイ、イフリート、サイラスは、顔色が非常に悪かった。
 この三人も、勿論ルイスの死は悲しい、……そう、悲しいがそれ以上に彼らの表情は深刻である。

「どうします……? ラトヴィッジ王国の世継ぎの王子を、我が国の問題に巻きこんでしまい、崩御(死亡)…って……」
「今それを言うな。少しの間、現実逃避させてくれ」

 サイラスの言葉に、アレクセイがげっそりとして返し、イフリートが考えを述べた。

「ブレンダンとアロイスとカーディスの首を刎ねて、見舞金と共にラトヴィッジ国王に献上するのはどうでしょう?」
「もはやそれしかないな。それで国王の怒りが多少でも和らいでくれるといいが」

 そして三人がこの騒動の大本おおもとに目を向ける。
 カイトとじいやが三人の視線を目で追うと、サファイアがルイスの身体に取り縋って、さめざめと泣いていた。かたわらではラザファムが「私が、…私がサファイア様のお傍を離れたばかりに……!」とこれまた号泣している。
 サファイアに寄り添い涙ぐんでいたリリアーナが、カイトを見つけて走り寄ってきた。

「カイト、……一足遅かったわ。ル、ルイス王子が、もう……」

 リリアーナがしゃくり上げながらやっと言う。カイトはじいやを背中から下ろして、優しく彼女の目を見て問うた。

「リリアーナ、ルイス王子がどうかしたのか? 容態が急変したのかい?」
「……え? いいえ、あのままよ……あのあと少し姉様と話して、静かにお亡くなりになったの……」

 リリアーナはその時の事を思い出したのか、また涙ぐんでいる。それを聞いたじいやは、サファイアと、安らかな眠りについているルイス王子に近付いた。覗き込んでじっと観察をした後に、カイトを振り返って深く頷く。
 周囲が二人に気付いてざわざわと騒ぎ始め、アレクセイ達三人も、異様に期待の籠もった視線を向けた。じいやがサファイアに声を掛ける。

「王子を診たいのでどいてくれんかの?」
「いやっ、私、離れない!!」

 目を真っ赤に泣き腫らしたサファイアが、益々ルイスにしがみ付いた。

「しかたがないのお――ラザファム……!」

 じいやが眼光鋭くラザファムを見据える。ラザファムはハッとして手を伸ばし、サファイアを羽交い絞めにすると引き剥がした。

「ラザファム、何をするの! 放して!!」
「あっ、いや、サファイア様。じいやのあの(滅多にない)鋭い目、あれはきっと何かありますよ」
「え、……」

 屈みこんで、じいやがルイスを診始みはじめる。そこに居る全員が固唾を呑んで見守っていた。一通り診終みおえたじいやが、ぼそっと呟く。

「安らかに――眠っておるな」
「……………え?」
「言葉通り、安らかに眠って…熟睡しておる。よっぽど疲れたんじゃろう。刺された傷も深くないし、上手いこと急所が外れておる。骨も折れてはいない。重症ではあるが、命の危険はない。そこに転がっている二人のほうが、瀕死の重症じゃて」
「でも、……でも、デニスが脈がないって……!」

 サファイアの言葉に、じいやがデニスに尋ねる。

「お前さんが、脈を測ったのか?」
「はい、手首の脈を……確かにありませんでした」
「素人が脈を測ってはだめじゃ。それも手首の脈なんて――分かりにくい事この上ない。胸に耳を当てて心音を確かめるか、呼吸しているか確認をするんじゃ」
「あ……」

 デニスは自分の間違いに気付き、顔を赤くした。

「まあ、気にするな。咄嗟のことなのに良うやった。それにあちらの二人の応急処置は、見たところ、ようできておる」
「すいません……」

 心の底から済まなそうにデニスが頭を下げ、サファイアがラザファムの腕の中でじたばたし始めた。

「ラザファム放して……」
「せっかく眠っているんですから、抱きつくにしてもそっとですよ?」
「なに寝惚けてんの! 殴ってやるのよ!!」
「……は? 何言ってんですか? 助かって良かったじゃないですか」
「無駄に涙流させて! 皆の前で、わたし、わたしっ、……」

 真っ赤になるサファイアに、納得したようにラザファムは頷く。
  
「あー、恥かしいわけですね? 自分の気持ちを暴露してしまって。でも駄目です。重病人なんですよ? 今殴ったら本当に死んでしまいます」
「死んでしまえばいいーーー!!!」
「また、心にもない事を……」
「そうだ。今死んでもらっては困る」

 妙な威圧感を背後に感じ、サファイアの背筋がぞくりとする。ラザファムに羽交い絞めにされたまま、恐る恐る二人で振り返ると、アレクセイが腕を組んで立っていた。背後にイフリートとサイラスを従えているので、重圧感が半端ない。

「に、さま……?」
「何が『に、さま……』だ。あれほど首を突っ込むなと言ったのに、随分とまたやらかしてくれたな」

 額に青筋を浮き立てているアレクセイに、しおらしい声を出すサファイア。

「反省してます……」
「朝まで説教だ――」
「うへぇ……」

 サファイアの口癖を聞いて、憤りながらもアレクセイはほっとする。詳しいところまでは聞いていないが、サファイア自身も酷い目にあったらしい。”心の傷にならないといいが”と心配をしていたのだ。

「んっ、…ぅう……」
「ルイス……!」

 見るとルイスが目を覚まし、起き上がろうとしていた。サファイアはラザファムの腕を振りほどき、すぐさまルイスに抱きついた。

「ルイス、ルイスっ!」
「痛っ、つ………」

 身体を痛めているルイスが顔を顰める。

「あ、…ご、ごめんなさい……」

 離れようとするサファイアを、ルイスは無事な左手で抱き寄せた。

「いや、これは……大歓迎だ……」

 頬を赤らめて、サファイアは大人しく抱き寄せられる。ルイスの両頬にそっと手を添え、涙を浮かべながら呟いた。

「良かった……生きていて……」
「私は、何回も君に、プロポーズをしないといけないからね」

 サファイアが僅かに微笑む。

「顔がとても痛そう……」
「腫れてぼこぼこだろう?」
「ありがとう。ここまでして私を助けてくれて」
「いいや、実際に助けたのはカイトだ……。私は時間稼ぎをしたくらいで……本当は君を、この手で颯爽と助けたかったのに、あれが私の限界のようだ」

 少し口惜しそうなルイスに、サファイアが確固たる口調で言う。

「私を助けてくれたのは貴方よ、ルイス」
「え……」
「貴方が来てくれなかったら、私は媚薬を飲まされて酷い目に合っていた。リリアーナだって、貴方のお陰で逃げる事ができたわ」
「………」
「身体を張って……私を庇った貴方は格好良かった」

 サファイアは、ルイスの目を真っ直ぐに見つめた。

「男らしくて、とても格好良かったわ、ルイス――」
「サファイア……」

 サファイアの言葉に、ルイスは胸を熱くする。
(こんなに愛しいものが、この世に存在するなんて……)

 彼は顔を近づけ、サファイアの頬にそっと唇で触れた。

「本当だったらここで唇にキスしたいところだけど、ギャラリーが多すぎるから……って、サファイア、どうした? 私にキスをされるのがそんなに嫌だったのか?」 

 サファイアの瞳からは涙が溢れ、はらはらとこぼれて落ちていた。彼女が小さく首を振る。

「違うの……私、ファーストキスを…ブ、ブレンダンに、……それを思い出してしまって……」

 それはそれは哀しそうに、サファイアは項垂れた。項垂れたサファイアには見えていなかったが、ルイスの顔つきが恐ろしいほどに険しくなった。

「ファーストキスは好きな人とって……決めていたから……」
「あいつが…ブレンダンが……君にキスをしたのか……?」
「えっ、ええ……そういえば、貴方が来る前の出来事だったから、知らないのね」
「サファイア――」
 
 ルイスが強い眼差しをサファイアに向けた。

「それは君のファーストキスではない」 
「ルイス……」

「あー、……」
 こほん、とアレクセイが咳をする。
「申し訳ない……が、時間が押しているのと、君も言った通りギャラリーが多くてな」

 二人で落ち着いて辺りを見回すと、確かに先程まで男泣きをしていた騎士達の注目を浴びている。恥かしそうに頬を染めるサファイアに、イフリートがすぐさま声を張り上げて命令を下した。

「もう舞踏会が終わる時間だ。各自配置に戻れ! 先程サイラスに割り振られた者達は、ブレンダンとアロイスを牢にぶちこめ! オルブライト公爵のカーディスも同様だ!!」
「はっ!!」

 各々おのおのの役割に従ってみな散っていく。ある程度人数が少なくなったところで、アレクセイが口を開いた。
 
「ルイス、サファイアを救ってくれてありがとう。国王に成り代わり、礼を言わせて貰う」

「大仰にやめてくれ、実際に救ったのはカイトだ」
「いや、サファイアも言っていたが、君が命を張ってくれたお陰だ」
「じゃあ……恩に報いて欲しいのだが……」
「何なりと言ってくれ」
「サファイア姫の説教を取り止めてほしいんだ」
「それは……」
「”何なりと言って”いいんだろう?」
「しかし、今回の件では君に大怪我をさせてしまったし、サファイア自身も危険な目に合った。”もうこんな事は懲り懲り”と、骨身に沁みてもらう為の説教だ。それにこれは罰でもある」
「彼女はもう、骨身に沁みているさ。代わりにその罰を私の看病に変えてくれないか? 危険を顧みなかった罰として、私が良くなるまで看病をする事に」
「………」

 アレクセイ以下三名は思った。それは罰ではなくご褒美ではないかと……。

「ただ、婚約をしている訳でもないし、病室で二人きりはまずい。侍女を一人付けるぞ」
「何なりとどうぞ」
「あと、けじめとして説教はさせてもらう。但し時間は一晩ではなく一時間だ」
「了承した」
「ルイス……そして兄様も、ありがとう」

 サファイアがルイスとアレクセイを交互に見て礼を言い、アレクセイが部屋に帰るよう、即した。

「サファイア、今日は疲れただろう? もう部屋に帰れ」 

 頷くサファイアを、ルイスが最後にぎゅっと抱き締める。ほのかに嬉しそうにして、大人しく腕の中にいるサファイアに、彼は天にも昇るような心地になった。ルイスは部屋に帰って行く彼女の後ろ姿を、穴のあくほど見つめていた。

「この馬鹿をどうにかしてくれんかの。手当てができないんじゃが」
「じいや、ルイス王子の手当ては、サファイア様が見えなくなってからでないと駄目だよ」

 じいやに請われて手伝いに入っていたカイトが言う。
 傍に立って、指示を出していたアレクセイをルイスが下から見上げた。

「ブレンダンや、仲間の罰について、考えがあるのだが……」
「ふーん、気が合うな。私もその事について考えていたところだ」

 二人は顔を見合わす。

「取り合えず、その話は後日にしよう。悪行を洗いざらい吐かせて、君がもう少し回復してからだ」
「承知した」 

 ルイスが病室に運ばれていき、アレクセイがサイラスに指示を出した。

「サイラス、ハーフエルフのキルスティンを呼んでおいてくれ」
「かしこまりました」

 そこでふと気付いて辺りを見回す。

「姿が見えないがリリアーナはどうした?」
「リリアーナ様は、女性騎士と共に部屋にお帰りになりました」


*** 

 現場でじいやの手伝いを終え、カイトが城への小道を辿っていると、植木の陰からリリアーナが姿を現した。

「カイト」
「リリアーナ、……様……」

 リリアーナが後ろに控えていた女性騎士達を振り返る。

「もう行っていいわ」
「かしこまりました」

 リリアーナに付き従っていた女性騎士二人が速やかに立ち去った。

「どうしたのですか? もう、部屋に戻ったと思っていました」
「カイトを待っていたの。じいやの仕事を手伝っていて忙しそうだったから、邪魔にならないように、ここで」

 リリアーナは顔を輝かせて、カイトの胸に飛び込んだ。カイトは愛情に満ちた眼差しをリリアーナに注ぎながら、優しく背に手を回す。

「すいません、じいやの手伝いに手間取って…」

 カイトの胸に顔を埋めて、ほっと、嬉しそうに……リリアーナは溜息を吐いた。
胸を震わせて声に出す。

「ああ、やっぱり……やっぱり貴方は私のカイトね」





chii様、”格好いい!”を使わせて頂きました! 初めは”とても素敵”と書き入れるつもりだったのですが、”格好いい!”が、とっても良かったので!(#^.^#)
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