黒の転生騎士

sierra

文字の大きさ
上 下
230 / 287
第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 76  「しまったあぁあああ!! 触れたかったのにいぃいいい!!」

しおりを挟む
 その日の夜――

「いらっしゃ~い、あっ、ラザファムさん、いつもの席ですね?」
「いや、今日は人目につかない席がいいな」
「なぜだ? 私はそのいつもの席で構わないぞ?」
「あら、こちらさん上品で男前! お友達も一緒なら、いつもの席のほうが窓際で通りも見渡せていいじゃないですか。こちらになりま~す♪」

 席に着きながらラザファムに、連れの男が話しかける。

「どうした? 渋い顔をして」
「貴方はご自分の立場を自覚していますか?」
「ああ、自覚しているから変装をしてきたんじゃないか」

 もうお分かりだとは思うが、ルイス王子がお忍びでラザファムと夜の町に繰り出してきたのだ。

「これが噂に聞く大衆酒場か……」

 興味深そうに店の中を見回すルイスは、ブラウンのかつらに眼鏡をかけて、服装もチョイ金持ち風庶民を装っている。本人は普通の庶民風が良かったのだが、即座にラザファムに却下された。
 どう装っても、上流階級に属する雰囲気は隠せない。今のチョイ金持ち風だって浮いているのだ。多分周りは貴族が変装していると思っているだろう。
 まあ、要は王子とバレさえしなければいいのだ。

「はい、おまちどうさま!」

 先ほど案内をしてくれた赤毛の可愛い看板娘が、エールとおつまみを運んできた。ジョッキを音を立ててかち合わせ、すぐに喉を潤す。

「あ~、うまい!! ところでお付きの方々はどうしたんです? 外で待っているんですか?」
「ん? 帰したぞ」

 ぶっ!! と口からエールを吹き出す。

「何をやっているんですか!!ご自分の立場を本当に分かってるんですか!?」
「抜かりない。父上が心配して、密偵として使っている手練れの者を私につけてくれた。いざとなったら助けてくれる筈だ。それに、こんな時ぐらいは警護抜きでのんびりと飲みたいからな」
「それならいいのですが……」
「ラザファムも優秀じゃないか。何かあったらそいつが出てこなくても、君が片付けてくれるさ、頼りにしているぞ」
「はぁ……」

 確かに抜かりがない。上に立つ者としても褒め上手だし、優秀ではあるのだが……

「それより見たか!? 今日のサファイア姫のあの姿……いつもはあれだけ強気なのに、私の胸にもたれかかって、小柄な身を震わせて、潤んだ蒼い瞳で、私を、私を……!」
「あー、はいはい声を落として下さい」

 何でサファイア姫に関してだけは、こんなに残念なんだろう……

「まだぬくもりも残っているぞ、決めた! 私はもう、金輪際風呂には入らない! このぬくもりを断固死守する!!」
「いや、入りましょうよ。嫌われますよ」 
「ただ惜しいのは……」
「人の話聞いてますか?」
「半袖を着ていなかったことだ。着ていたら、彼女の肌が直接触れて……いかん、鼻血出る」
「それ、サファイア様の前で絶対に言わないで下さいね。嫌われますから」
「もう、嫌われてるさ……」

 トーンダウンしたルイスがしょんぼりとした様子で続けた。

「頬に触れようとしたら、目を瞑ってあんなに嫌そうに……」
「それ、本気で言ってます?」
「冗談でこれだけ落ち込んでいると思うのか?」
「普段はあれだけ人の心の裏まで読むのに、女というものが、いや、サファイア様を分かってませんねぇ」
「どういう事だ?」
「サファイア様は、嫌ではありませんでした。寧ろ触れられたい……と思ったんじゃないかな」
「そんな馬鹿な……! じゃあ、あの反応は?」
「男慣れしていないだけですよ」
「なん……だと?」
「普段言い寄ってきても、一刀両断でバッサバッサ切り捨てるから、今日みたいな経験がないし、どうしたらいいか分からなかったんですよ」
「まずい、可愛すぎるぞ……待てよ、という事は私はあそこで……」

 ラザファムがこんがりと焼けた豚肉を頬張りながら頷く。

「触れるべきでしたね」
「しまったあぁあああ!! 触れたかったのにいぃいいい!!」」

 のたうち苦しんでいるルイスの横で、大いに飲み食いをするラザファム。今日はルイスの奢りなのだ。たんと食べなければ。

「ヅラずれてますよ。でも、却ってあれで良かったかな。紳士的で印象が良かったと思います。株が上がりましたね」
「そうか……?」

 鬘を直しながら溜息を吐いたルイスが、思い直したように顔を上げた。

「そうだな、前向きに考えよう。男慣れしていないという事は……男性に誘われていないイコールライバルが少ないという事だ」
「ライバル自体は多いですよ?」
「なん……だと?」
「貴方みたいに”サファイア姫に叱られたい、なじられたい” というやからが結構いるんです。俺の主、小柄な上に、クリッとしたアーモンド型の目で、髪も金髪でフワフワしていて、一見小動物のように愛らしいじゃないですか? ”こんな可愛らしい姫君の口から、罵詈雑言が!?” ってギャップがまた、堪らないらしいです」
「俺以外に彼女の良さを分かる奴がそんなに……」

 ルイスが拳を握り締めて、湧きあがる嫉妬心にワナワナと震え始めた。

「本人分かってませんけどね。舞踏会でダンスの申し込みが殺到していても”あれは社交辞令みたいなものよ”って、歯牙にもかけませんから」
「サファイア姫を狙っているのはどこのどいつだ?」
「えーと、まずブラーゼン伯爵の……駄目です! 何メモろうとしているんですか!? まさか抹殺する気じゃないでしょうね!? チッ、って……舌打ちなんかしないで下さい!!」

 ラザファムがメモ帳ごと取り上げてビリビリに破き、ポケットに突っ込んだ。
「本当に油断も隙もないんですから」
 恨めしそうにポケットを見ているルイスを無視して、ラザファムはとっとと話題を変えた。
 
「それにしても、ルイス様はモテ要素で溢れていて、嫌でも女性が群がってきたでしょうに、女心が分からないなんて意外ですね」
「女性は苦手だ」
「ああ、ロリコ……失礼、今まで少女以外は興味がなかったんでしたっけ?」
「少女も……実際には手を出した事はない」
「えっ、だってリリアーナ様や、かつては部屋に少女の姿絵も溢れていたんでしょう?」
「少女は見ていて愛らしいし、苦手じゃないだけで、姿絵で溢れていたのは縁談を断る口実になるからだ。リリアーナ姫について言えば、惹かれたのは事実だ。同じ立場で近いものを感じたのと、天使のように清らかで、このまま育てれば理想の女性になると思えたから」
「そうだったんですか……」

 最近よく話すようになって、何となくは感じていた。それよりもルイスの淡々とした口調が、どこか寂しげで気になった。 

「………サファイア様のどこに惹かれたんですか? ”優しい”って言いますけど、優しい女性なら他にいくらでもいますよ?」
「それは……」

 ルイスが途中で話すのをやめて、ラザファムの背後に注目した。

「どうしたんで…」
「危な…」

 ドゴオォッ!! と男の身体がラザファムを直撃する。酔っ払いの喧嘩であった。

「おまえらぁぁあああ!!」

 制裁を加え……もとい仲裁する為にラザファムは立ち上がる。

「ふむ、やはり頼りになる奴だ……」

 ルイスは高みの見物としゃれ込んで、カレイのから揚げに舌鼓を打った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

処理中です...