黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 73  「あんたなんか、さっさと消えていなくなってしまえばいい!!」

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 カイトはすぐさまリリアーナを見つけ視線を捉えたが、リリアーナは目を伏せその視線を外してしまった。
 リリアーナにしてみればカイトが戻るのを嬉しく思い、その気持ちが後ろめたく合わせる勇気はなかった。
 カイトは唇を噛み締め、カエレスとホーラの前に進み出て片膝をつく。

「カイト・フォン・デア・ゴルツ、お呼びに従い馳せ参じました。カエレス様においては…」
「ああ、面倒くさい挨拶はいい、こちらの女性が時の女神のホーラだ」

 カエレスの言葉の後、ホーラが差し出してきた手の甲にカイトは慇懃な物腰でくちづけた。

「立ってみや」

 言われた通り、静かにその場で立つ。

「ぐるっと回ってみや」

 怪訝に思いながらもゆっくりと回る。

「どうだ? 何か分かったか?」
「可愛いのう、とても好みじゃ♪」 

 カエレスが額に青筋を立て、拳をぐぐっと握り締めた。それを見たホーラが慌てて言う。

「原因が分かったぞえ!」
「何だ……と!?」

 皆が固唾を呑む中、ホーラがカイトに問いかけた。

「カイト、そなた元に戻りたくないのであろう?」
「……はい、そうです」
「原因はそれじゃ」
「えっ、カイト……元に戻りたくないのか……?」

 唖然とするカエレスに対して、ホーラは面白そうな顔をする。

「リリアーナとやらに一目惚れしたな。最初のキスの時も無意識の内に ”元に戻りたくない” と思ったのであろう。自分が失われて、二度と会えなくなってしまうから」
「しかし今はもう、覚悟ができております。ホーラ様の力で元にお戻し下さい」

 カイトは決意を秘めた表情で、ホーラを真っ直ぐに見つめたが……

「無理じゃ――」
「え?」
「魔法を解く鍵は、二人が愛し合っている事、王子様からのキス、そして元に戻りたいという思い、この三つからなる。どれか一つでも欠けたら駄目じゃ」

 カエレスが話しに入ってきた。

「面倒くさい話は飛ばして、お前の力でチャッチャと戻してくれ」
「私の力でも無理じゃ」
「何でだよ! お前がかけた魔法だろう!」
「この魔法はもはや、私の手から離れている。解くのは先ほど言った三つの条件を満たすしかない。カイトが心の底から18歳に戻りたいと思わなければならないのじゃ」

「じゃあ……カイトはもう元に戻らないのですか……?」

 青ざめたリリアーナが、声を微かに震わせて、ホーラに縋り付くような眼差しを向ける。

「残念だがその通りじゃ」
「……っ、」

 絶望がひたひたとリリアーナの胸に押し寄せてくる。その打ちひしがれた様子を見かねて、サファイアがホーラに尋ねた。

「記憶が途中で蘇ったりはしないのでしょうか?」

「……今のカイトに18歳の記憶は無いので蘇らない。酷な事を言うようだが、彼が成長をして18歳になった時も、微妙に以前のカイトとは違う人間になっているだろう。人格形成には育つ環境も関わってくるから」

 リリアーナはカイトに瞳を向け、暫く二人は見つめ合っていたが、今度はカイトから視線を逸らした。
 悲しみに暮れた碧い瞳は涙が溢れ、わずかに開いた小さな唇は小刻みに震えている。見ていて彼の胸が詰まるほどにリリアーナは打ちひしがれていた。分かっていた事とはいえ、やはり自分では駄目なのだという現実も、カイトを打ちのめした。
 視線を逸らされても、リリアーナは放心したようにカイトを見つめ続ける。つーっ、と幾筋もの涙が頬を伝い落ちていった。

 私のカイトにはもう会えない――

「リリアーナ!」
 ふっ、と意識を失い、その場に崩れ落ちるリリアーナをアレクセイが抱き留める。気を失ったリリアーナに室内が騒然となる中、喉の奥から押し出すような低い掠れ声が聞こえてきた。

「あなたさえ元に戻っていれば……」
 サファイアがカイトに憎しみのこもった目を向ける。
「あなたが……あなたがあの時18歳に戻っていれば、リリアーナは哀しまなくて済んだのに……!」

「サファイア、やめろ」
 アレクセイがリリアーナを抱き留めたまま、サファイアに注意をするが聞きもしない。

「自分の気持ちを一方的に押し付けて、リリアーナに無体を働いて、それで満足なの? 自分さえ良ければいいの!? 最低の人間ね!」

 アレクセイの注意が叱責へと変わる。
「サファイア、何を言い出すんだ!? やめろと言っているのが聞こえないのか!!」
「あなたがいなければこんな事にはならなかった! リリアーナも苦しまずに済んだのに!!」

「サファイア!!」
「あんたなんか、さっさと消えていなくなってしまえばいい!!」

 ぱんっ、と乾いた音が室内に響き渡り、辺りがしんと静まり返る。サファイアが打たれた頬を手で押さえ、呆然と叩いた相手を睨みつけた。

「た、叩いたわね!!」

 ルイスが大きく頷いた。

「ああ、叩いたとも。君こそ12歳の少年を一方的に責め立てて、自分が何をやっているか分かっているのか?」
「あ………」

 見るとカイトは顔色を失い、爪が食い込むほどに拳も握り締めている。心の底から悔やんでいる様子にサファイアは我に返った。

「彼はリリアーナ姫に手荒な真似をして、もう罰を受けた。”罰を受けたから許される” という訳ではないという事も分かる。ただ、彼の辛い状況も考えてあげてくれ」
「……辛い……状況?」
「リリアーナ姫はカイトが18歳に戻る事を望んでいて、周囲の人間も同様だ。無言の圧力を受ける上に、12歳の彼を誰も求めてはくれない。もし私が彼の立場だったら、自分を無用の長物のように感じただろう」

 サファイアがはっと小さく息を呑む。
 悔しいがルイスの言う通りだ。妹可愛さも相まって、自分こそが正義だと思い込んでいた――。
「カイト……ご…めん…なさい………」
「……いえ。事実ですから……」

 カイトの苦しそうなその言葉に、サファイアの胸は後悔でいっぱいになった。
「ごめんなさい……! 本当に……ごめんなさい!」
 サファイアが涙を流し、カイトが首を横に振る。
「もう……気になさらないで下さい」

 まだ何か言いたげなサファイアの肩に、ルイスがそっと手を回す。
「部屋まで送ろう。カエレス様、ホーラ様。突然の退室をお許し下さい」
「構わぬ」

 サファイアが、珍しくルイスに肩を抱かれたまま、大人しく部屋から出ていった。アレクセイもリリアーナを横に抱き上げて、頭を下げる。

「カエレス様、ホーラ様、私もリリアーナを部屋まで運ばなければいけないので、一旦失礼いたします。すぐに戻って参りますので…」
「お主も構わぬ。もう、戻ってくるな。見送りはカイトにしてもらう」

 思いもかけない言葉に、カイトが目を瞬かせた。リリアーナを抱いたアレクセイと、それに付き添うクリスティアナは深くお辞儀をしてから退室をし、部屋の中は静かになる。

「カイト、構わぬか?」
「はい、もちろん見送らせて頂きます」
「そう、固くなるな。話したい事もあるのじゃ」
「……?」

 不思議そうな表情のカイトに、ホーラが意味深な微笑みを浮かべる。部屋の外にいた人の気配とざわめきが消え、徐にホーラが立ち上がった。

「さて、退室した者達も完全にいなくなったようだし参るとしよう」
 ホーラの言葉にカイトが先に立ち、階段を下り、回廊を抜け、庭園へと抜け出た。フェダーが笑顔で駆け寄ってくるのが見える。

「カエレス、カイトと我が目に入らないところまでフェダーを連れて行くのじゃ」
「はぁ? 何だそれ?」
「いいから、早く行くのじゃ!」
「わぁったよ。全く、神使いの荒い奴だ……」

 ぶつぶつ言いながらカエレスがフェダーに向かって歩いていく。やがて二人が視界から消えると、つとホーラがカイトの横に立った。

「これで邪魔者はいなくなった。カイト――」
「はい」

 いきなりホーラはカイトの顎を鷲掴みにして、虚を突かれた彼にくちづけた。 

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