黒の転生騎士

sierra

文字の大きさ
上 下
226 / 287
第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 72  「美形じゃのう、我の取り巻きに加わらぬか?」

しおりを挟む
「私はリーフシュタイン騎士団団長のイフリートです」

 イフリートがホーラの前で片膝を突いて、差し出された右手を取り、手の甲に恭しくくちづけた。
 次に跪いたサイラスが、ホーラの右手を取ったところ――

「私は副団長のサイラスです……ぅっ!?」

 いきなりホーラがサイラスの顎をわっしと掴み、品定めをするような目つきで見下ろしてきた。

「……お前と……イフリートも美形じゃのう、われの取り巻きに加わらぬか?」
「は……?」

 一瞬目が点になった二人とホーラの間に、カエレスが身体を捻じ込ませる。

「だから、今はその趣味は横に置いとけ!」
「良いであろう? 二人共、私の好みなのだから」
「お前は男でさえあれば、誰でも好みなんだろう?」
「失礼な、ちゃんと高い判断基準があるわ! 大体お主がヴァカンス中の私を無理矢理連れ出したのではないか……!」
「ヴァカンスでなくてさぼりだろう! お付きの従者達が困り果ててたぞ!」
「カイトへの伝令は ”リリアーナ様が至急お呼びだ” こう言えば飛んでくる。カエレス様が来た事は絶対に黙ってろ」
「かしこまりました」
 
 二人が揉めている間に体勢を立て直し、チャッチャと指示を出すイフリート。

「あの……応接室にご案内致しますが、よろしかったら続きはそちらで……」

 サイラスに声を掛けられ、カエレスが我に返って咳払いをする。

「案内を頼む――フェダー、お前はそこら辺で遊んでいろ」
「えー、ぼくも当事者なんだからいっしょに行くぅ!」
「当事者って……難しい言葉を知っているな。前世の記憶か? カイトが戻ったらちゃんと会わせてやる」
「だけど戻るところをぼくも見たいー!」
「時間が掛かるかもしれないし、ずっと待つのはつまらないと思うぞ?」
「………分かんないけど、分かったよ」

 不満そうに頬をプーッと膨らませて、フェダーは噴水に向かって走って行く。

「待たせたな」
 サイラスの後にカエレスがホーラと共につくと、案内をしながらサイラスが話しかけてきた。

「ホーラ様が見つかってようございました」
「本当はもっと早く見つけていたのだがな――」

 カエレスがホーラをジロリと横目で見る。

「こいつ、南の島で男をはべらせて、なかなか腰を上げようとしなかったんだ」
「お主がカイトの名前を出せば、すぐにでも飛んで来たものを」
「一回目の時と同じ二人だと言っただろうがぁあああ!!」
「あの黒髪に黒い瞳、しなやかに引き締まった身体……銅版画も持っているぞえ? 12歳のカイトもさぞ眉目秀麗な少年なのであろうなぁ……」
「聞けよ人の話!」
「ハハ……少年もお好みですか?」
「こいつは男なら、年端の行かない子供から、片足棺おけに突っ込んでいるじじいまでオッケーだ。見境なしだからな」
「年齢は問わん。しかし美形でなくては駄目じゃ! 美形には年齢ごとの美しさがある」

 うっとりと目を瞑って陶酔しているホーラを、呆れた目で見やるカエレス。それに気付いたホーラがふんっ、と鼻を鳴らした。

「そんな目で見るな。お主の女好きも相当じゃぞ?」
「うっ、それを言われると……まぁ、俺はさっさとカイトを元に戻してくれればそれでいい。そうしたらすぐ解放するから」
「その件だが最初に言ったであろう。我が来る必要はないと…」
「ここを左に曲がります」

 回廊を曲がってすぐ、一人の人物と行き当たる――


***


「カイトが来たらすぐ応接室に通せ」

 玄関前で指示を出していたイフリートが、気配を感じて顔を上げると、カイトが馬を駆って城門から入ってくるところであった。自然と呟きが口から漏れる。

「……早かったな……」

 瞬く間にカイトは迫り、見事な手綱捌きでイフリートの目の前で馬を止めた。

「おはようございます。イフリート団長」 

 馬から下りて手綱を騎士見習いに手渡し、イフリートの前にすっくと立って、騎士の礼の形を取った。彼の表情は緊張で引き締まり、覚悟の上で登城した様子が窺える。

「カイト、お前……」

 カイトが駆る馬の速さに付いていけず、伝令役の騎士がヒーヒー言いながら遅れて到着をした。下り立ったその騎士をギロリとイフリートが睨みつける。

「ち、違います……! カイトは……し、知っていました!」

 まだゼーゼー言いながら弁明をする騎士に、イフリートが顎に手をやり ”ああそうか" と気付いたような顔をした。

「ひょっとして……朝練で見かけたか……?」
「はい。走っていたら、ドラゴンが城に向かって飛んでいくのが見え、目視で背に女性を乗せているのも確認できました」
「よく逃げずに登城したな」
「リリアーナ様を哀しませたくはないし、悪あがきもしたくはありません」
「お前はやはりカイトだな――」

 イフリートがカイトの頭に手をやり、くしゃくしゃと手荒く撫でた。

「逃げると疑って悪かった」
「子供みたいに頭を撫でないで下さい」

 幾分ムッとしたカイトにイフリートが笑いながら、ついて来い、と踵を返す。

「応接室だ」
「はい――」

 カイトは大人しく付き従った。


***


「何で家族でもないのに、この男がいるのよ……!」

 サファイアが大声を張り上げる。

「サファイア! カエレス様とホーラ様の御前だ」 

 アレクセイに注意をされて、ハッと気付いたサファイアは、すぐに膝と腰を折った。紅いダマスク織のソファに座るカエレスとホーラに向かい、深々とこうべを垂れる。

「カエレス様、ホーラ様、お見苦しいところをお見せし、大変申し訳ありませんでした」
「構わぬ、回廊を曲がったら、好みの美形が立っておったから連れてきただけじゃ。そなたの男だったか、許せよ?」
「ち、違っ……!」
 
 また大声を出しかけて、思い直して口を噤み、頬をうっすらと染め、か細い声で言い直す。

「私の男ではありません……」
「ふ~ん……」
 
 ホーラは意味ありげにルイスとサファイアを交互に見やる。
 部屋には他にリリアーナと、クリスティアナもいて、カエレスとホーラに敬意を表し、全員座らずに立ち並んでいた。
 リリアーナはカイトと話し合うと決めた矢先に、ホーラが見つかり複雑な心境であった。しかし、やはり18歳のカイトに会えるのは心嬉しく、自然と胸も高鳴ってくる。
 ノックの音と共にラザファムが顔を出した。

「先触れです。カイトが着きました。すぐこちらに参ります」
「早いな」

 アレクセイがぼそっと言い、部屋に緊張が走る。それを破るようにホーラが口を開いた。

「さっきカエレスには話したが、カイトが元に戻らない筈はないのじゃ。シチュエーションは関係ない。リリアーナとやら、本当にキスをしたのかえ?」
「はい」
「王子様からのキスでないとだめじゃ。本当にカイトからしてもらったのかえ?」
「はい、彼が12になってからすぐに……! その後も何百回と」
「何百回も……頑張ったのう……」

 頬を赤らめるリリアーナに、ホーラが笑顔を見せる。

「惚れているのだから、気にするな。仲よき事は美しき哉――」

 七色に変わる艶やかな髪を振りながら、ホーラは歌うように口にした。そしてふと不可解な表情を浮かべる。

「それにしても、おかしいのう……問題はなさそうじゃが……」

 リリアーナを上から下まで眺め回した。
 その時ノックの音がして、扉が開き、カイトが姿を現した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...