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第十二章
腕(かいな)の中のリリアーナ 69 「大人のキスは禁止ですか……?」
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小鳥が飛んできてリリアーナの肩に止まった。顔から胸にかけてオレンジ色の、鳴き声も美しいコマドリである。リリアーナが手を伸ばすと、ふわふわした身体を手の平に摺り寄せてきた。パン屑などをやるせいか彼女によく懐いている。
「カイト、虹が出なかった代わりに………」
リリアーナが言い澱んで、口を噤んだ。
「肩にコマドリが止まった状態で、東屋でのキスを試したいのですか?」
躊躇いがちにカイトと視線を合わせ、彼女はこくんと頷く。いくら彼が『18に戻る為にキスもします』と言ったとしても、本心は戻りたくない筈だ。虹が出なかったからといって ”すぐ次を” と口にするのは憚れた。
「それはもう試しましたよ」
「え、そうだった?……試したのは他の場所ではなかったかしら?」
「残念ながら東屋でした」
「じゃあ、もう必要ないわね……」
カイトが気にしていない様子なので、リリアーナはほっとする。
「東屋の手摺りに座ってのキスはまだですが、試してみますか?」
「それこそ試したような気がするのだけど、……う~ん、でも、あれはテラスの手摺りだったかしら? どうしよう、覚えてないわ」
何百回とキスしたため、リリアーナの記憶はあやふやになっている。でもそれはカイトにとって好都合だ。キスの主導権を握って、18歳に戻らないよう誘導しやすくなる。新しいシチュエーションでのキスは、極力避けなければ。
カイトはリリアーナの細い腰を掴んで、ひょいと手摺りに座らせた。彼女の両脇に手をつきながら間隔を狭めて身体を添わせ、至近距離からリリアーナを見つめる。
近すぎる彼にどぎまぎして、彼女は右に顔を背けて視線を逸らした。代わりに可愛い左耳が、彼の目の前に晒されたことも知らないでいる。
カイトの口元が弧を描き、目の前のそれを柔らかく喰んだ。
「――っ、」
息を呑んだリリアーナに、耳朶を甘く噛ながらカイトは囁く。
「大人のキスは禁止ですか……?」
リリアーナの顔がボッ、と火がついたように真っ赤になった。
***
サファイアは扉から顔だけを出し、きょろきょろと辺りを確認している。
「何をやっているんですかサファイア様……」
警護をしていたラザファムが肩越しに見下ろしながら、呆れ顔で呟いた。
「誰かさんがルイスと仲良くなって全然当てにならないから、自分の身は自分で守ろうと思って」
今日はフランチェスカが休みである。その上最近のラザファムは、サファイアをルイスから守ってくれてはいるが、時々『話ぐらい聞いてあげたらどうですか? 案外いい人ですよ』なんて言ってくるようになった。
サファイアはその度に『あんな変態の話しなど聞きたくはない!』と憤慨して言い返す。
しかしながら腹立たしいことに、最近ルイスの人気が急上昇しているのである。家族はおろか、騎士から果ては使用人まで、やれ、重たい荷物を持ってくれただの、老人の手を引いてあげただの、しきりに噂している。
ラトヴィッジの美麗な王子に熱狂した民衆が押し寄せた時も、彼は愛想よく…しかも根気よく、ずっと相手をしていた。
そこではたと湧き上がる思いを口にする。
「私は騙されないんだから!」
「わっ、急にどうしたんですか? そんなところから顔だけ出していないで、出てきて下さい。まるで生首ですよ?」
ラザファムが扉を開けると、まだ辺りを警戒しながら、廊下にそろそろと出てきて彼の隣に立った。ツンと顎を上げて言う。
「生首とは失礼ね。リリアーナのところに行きたいの」
「リリアーナ様でしたらカイトが休日なので、きっと東屋です」
「あー……そうだったわね」
覗きに行きたいけど、ルイス王子が現れそうだ。
「じゃあ、クリスティアナ姉様のところ!」
「今日はイフリート団長もお休みです」
「何なの? 今日はカップルの日?」
「偶然ですよ……サファイア様もルイス王子とお茶すればいいじゃないですか。カップルの日に参加できますよ」
サファイアが心底嫌そうな顔をした。
「嘘でしょう? 笑えない冗談」
「ルイス王子変わりましたよ? サファイア様一筋ですし、優秀だし、優しいし……」
「罵ってくれだの、女王様と呼ばせてくれだのからは、目を背けろって言うの?」
ラザファムがサファイアをじっと見る。
「何よ……?」
「いや、結婚したら本当に女王様だな、と思って……」
「やめてぇぇえええ!」
サファイアは叫んだ後に、一息ついてから捲くし立てた。
「あいつがリリアーナにした事を忘れたの!? 私は絶対に許さないし、あんな事をした人間の本質がそうそう変わるとは思えない!」
ラザファムが視線を合わせたまま、低い声で言う。
「お気持ちは分かりますし、あの行為が許されない事も重々承知しております。ただ、王子は……純真無垢な幼女じゃないと駄目で…」
「ただのロリコンじゃない、気持ちが悪い」
「それは、…」
決意を固めたようにラザファムが顔を上げた時――
凄まじい勢いで、廊下の向こうから何かが近付いてきた。その速さたるや、持っている花束の花びらが見る見る散っていくほどである。走る速さで散っていく花びら――から目を離せなくなり、サファイアはすっかり逃げそこねてしまった。
ルイスはあっという間に傍まで来ると、とろけるような表情で、すっと花束をサファイアへ差し出す。
「私の愛しいサファイア姫……」
「誰があんたの愛しい姫!? それから花束だけど、花びらが散って坊主になっちゃってるわよ? 例え切り花だとしても最後まで咲かせてあげないと可哀想でしょう?」
ルイスは今気付いたとばかりに、花束に目をやり、暫くは呆けたようにそれを見ていた。
「……そうだね、君の言う通りだ」
彼が嬉しそうに、顔をほころばせる。
「やはり君は……優しい――」
当のサファイアはルイスの幸せそうな笑顔に一瞬どきりとした。
「なに勘違いしているのよ。花は好きだけど、あんたなんか大っ嫌いなんだからね……!」
「ああ、久し振りだ……君の罵声……」
ルイスは陶然たる面持ちで、サファイアを見つめている。
「優しいって言ったり、罵声を浴びて喜んだり、おかしいんじゃないの?」
「いいや、おかしかった私を君が――」
彼の眼差しが深い愛で満たされていく。
「君が救ってくれたんだ」
ルイスがそっと手を伸ばし、サファイアの頬に触れようとした。
ビクッと身を震わせて、後ずさりする彼女の背がドンッと勢いよく扉にぶつかる。
「い、意味が分からない! お願いだから、もう、私に近寄らないで!!」
バタンッとルイスの目の前で盛大に扉が閉められて、触れるのが叶わなかった右手がやるせなげに落ちた。
***
「じゃあ、数えるよ~! いーち!」
「わっ!」と子供達が一斉に散っていく。
「今度はどこに隠れようかしら……」
リリアーナが溜息を吐いた。
今日は孤児院の子供達を、城に招いてのガーデンパーティーを開いている。昼食後にかくれんぼをする事になったのだが、リリアーナは何回やってもすぐに見つかってしまうのだ。
「私ってかくれんぼの才能がないのかしら……」
ぷっと吹き出す声がして、顔を上げるとカイトと目が合った。今日彼は休日で、一緒にかくれんぼに参加している。見ると植木を掻き分けて身体を半分出していた。城壁の前に並んでいる、背の高い植木の後ろに隠れていたようだ。
すぐに見つかっては悩んでいるリリアーナに、見兼ねて声を掛けてきた、というところだろう。
「リリアーナ様こちらです」
手招きをするカイトに小走りで駆け寄る。カイトはリリアーナが傷つかないよう、身体で植木から庇いながら、元の場所に戻った。
「今笑ったでしょう?」
「すいません。可愛らしかったので」
『私のほうが年上なのに……』とぶつぶつ文句を言いながら、周りを見回した。
「確かにここなら見つからないかも……」
植木は狭い間隔で植えられており、針葉樹(細くてかたい針葉をつける木)が肌を刺すため、中に入ってこようとは誰も思わない。枝や針葉も密集しており、外からは中の様子が窺えなくなっている。
「リリアーナ様がすぐ見つかるのは、才能のせいばかりではありません」
「じゃあ、何がいけないの?」
「姫君であり、天使のような容姿を持つリリアーナ様を見つけたいのと、リリアーナ様が見つかった時のリアクションを期待しているからです」
「リアクション?」
「ええ、まるで子供のように心底がっかりなさいますよね? まんま表情や動作に感情が出るので、子供達はそれが楽しくて、必死にリリアーナ様を探すのです」
「そうだったの……じゃあ、もっと見つかりやすいところに隠れれば良かったわ」
カイトが微笑んだ後に、リリアーナの髪留めに目を留めた。今日彼女は髪留めをつけただけで、長い髪は下ろしている。
「つけて下さっているんですね」
「ええ、気に入っているの」
それは貝殻でできた細工物の髪留めで、マーガレットの花を模している。市井で流行っていて大変可愛らしく、リリアーナも欲しかったのだが、王族たるもの、身に付けるものは本物でなくてはならない。
得意の我慢で侍女達が髪につけているのを、羨ましそうに見ていたところ、カイトがプレゼントをしてくれたのだ。
特注品であり、花蕊(おしべとめしべの総称)の部分が真珠でできているので ”公式の場以外でなら構わない" とアレクセイも許してくれた。
リリアーナはここのところ毎日のように、それで髪を留めている。
リリアーナが髪留めに触れ、浮き立つ気持ちそのままに、こぼれるような笑顔を見せた。カイトは思わず彼女に向かって手を伸ばしかけたが、ピクッと動きを途中で止める。
「リリアーナさま、いた?」
「ううん、いなーい」
「きっともっと、あっちのほうだよ」
バタバタと何人かの足音が遠ざかっていく。
「リリアーナ様限定で、鬼以外の子供達も探しているみたいですね」
「私、もっと見つかりやすい場所に移動しようかしら」
植木を掻き分けようと手を伸ばしたところで、カイトに後ろから抱きすくめられた。
「……?」
顔だけ振り返ると、カイトがにこやかに微笑んだ。
「髪留めのお礼を頂いてもよろしいでしょうか?」
「い、今は駄目」
「いつもそう言って逃げてしまうではありませんか」
「だって……」
前を向こうとしたリリアーナの顎を、カイトが掴んだ。
「リリアーナ、キスして……」
耳元に唇を彷徨わせながら、ベルベットヴォイスで彼が囁く。
この(12歳の)カイトはずるいと思う。こういう時だけ敬語をやめて、命令口調になるのだ。それも声を低くさせて……。
彼はいま変声期を終えつつあるのだが、まだ18歳のカイトの声ではない。しかし意図して低い声を出すと、限りなくそれは近くなる。
その声で優しく命令されると、リリアーナは弱いのだ。おまけに仕事の時は真面目に傍で控えているのに、休日は少し強引で……そんなところにもリリアーナは弱い。
リリアーナは肩越しに、軽く唇を触れ合わせてから、恥かしそうに言った。
「カイト、ありがとう」
頬を薄紅色に染めて、恥じらいながら言う彼女は、年上でありながらもこの上なく可愛い。
離れようとするリリアーナの身体をカイトは押さえて、顔を近づけた。戸惑っている彼女にくちづけながら、有無を言わさぬ甘い声で命令をする。
「リリアーナ、まだ足りない……口を開けて――」
「カイト、虹が出なかった代わりに………」
リリアーナが言い澱んで、口を噤んだ。
「肩にコマドリが止まった状態で、東屋でのキスを試したいのですか?」
躊躇いがちにカイトと視線を合わせ、彼女はこくんと頷く。いくら彼が『18に戻る為にキスもします』と言ったとしても、本心は戻りたくない筈だ。虹が出なかったからといって ”すぐ次を” と口にするのは憚れた。
「それはもう試しましたよ」
「え、そうだった?……試したのは他の場所ではなかったかしら?」
「残念ながら東屋でした」
「じゃあ、もう必要ないわね……」
カイトが気にしていない様子なので、リリアーナはほっとする。
「東屋の手摺りに座ってのキスはまだですが、試してみますか?」
「それこそ試したような気がするのだけど、……う~ん、でも、あれはテラスの手摺りだったかしら? どうしよう、覚えてないわ」
何百回とキスしたため、リリアーナの記憶はあやふやになっている。でもそれはカイトにとって好都合だ。キスの主導権を握って、18歳に戻らないよう誘導しやすくなる。新しいシチュエーションでのキスは、極力避けなければ。
カイトはリリアーナの細い腰を掴んで、ひょいと手摺りに座らせた。彼女の両脇に手をつきながら間隔を狭めて身体を添わせ、至近距離からリリアーナを見つめる。
近すぎる彼にどぎまぎして、彼女は右に顔を背けて視線を逸らした。代わりに可愛い左耳が、彼の目の前に晒されたことも知らないでいる。
カイトの口元が弧を描き、目の前のそれを柔らかく喰んだ。
「――っ、」
息を呑んだリリアーナに、耳朶を甘く噛ながらカイトは囁く。
「大人のキスは禁止ですか……?」
リリアーナの顔がボッ、と火がついたように真っ赤になった。
***
サファイアは扉から顔だけを出し、きょろきょろと辺りを確認している。
「何をやっているんですかサファイア様……」
警護をしていたラザファムが肩越しに見下ろしながら、呆れ顔で呟いた。
「誰かさんがルイスと仲良くなって全然当てにならないから、自分の身は自分で守ろうと思って」
今日はフランチェスカが休みである。その上最近のラザファムは、サファイアをルイスから守ってくれてはいるが、時々『話ぐらい聞いてあげたらどうですか? 案外いい人ですよ』なんて言ってくるようになった。
サファイアはその度に『あんな変態の話しなど聞きたくはない!』と憤慨して言い返す。
しかしながら腹立たしいことに、最近ルイスの人気が急上昇しているのである。家族はおろか、騎士から果ては使用人まで、やれ、重たい荷物を持ってくれただの、老人の手を引いてあげただの、しきりに噂している。
ラトヴィッジの美麗な王子に熱狂した民衆が押し寄せた時も、彼は愛想よく…しかも根気よく、ずっと相手をしていた。
そこではたと湧き上がる思いを口にする。
「私は騙されないんだから!」
「わっ、急にどうしたんですか? そんなところから顔だけ出していないで、出てきて下さい。まるで生首ですよ?」
ラザファムが扉を開けると、まだ辺りを警戒しながら、廊下にそろそろと出てきて彼の隣に立った。ツンと顎を上げて言う。
「生首とは失礼ね。リリアーナのところに行きたいの」
「リリアーナ様でしたらカイトが休日なので、きっと東屋です」
「あー……そうだったわね」
覗きに行きたいけど、ルイス王子が現れそうだ。
「じゃあ、クリスティアナ姉様のところ!」
「今日はイフリート団長もお休みです」
「何なの? 今日はカップルの日?」
「偶然ですよ……サファイア様もルイス王子とお茶すればいいじゃないですか。カップルの日に参加できますよ」
サファイアが心底嫌そうな顔をした。
「嘘でしょう? 笑えない冗談」
「ルイス王子変わりましたよ? サファイア様一筋ですし、優秀だし、優しいし……」
「罵ってくれだの、女王様と呼ばせてくれだのからは、目を背けろって言うの?」
ラザファムがサファイアをじっと見る。
「何よ……?」
「いや、結婚したら本当に女王様だな、と思って……」
「やめてぇぇえええ!」
サファイアは叫んだ後に、一息ついてから捲くし立てた。
「あいつがリリアーナにした事を忘れたの!? 私は絶対に許さないし、あんな事をした人間の本質がそうそう変わるとは思えない!」
ラザファムが視線を合わせたまま、低い声で言う。
「お気持ちは分かりますし、あの行為が許されない事も重々承知しております。ただ、王子は……純真無垢な幼女じゃないと駄目で…」
「ただのロリコンじゃない、気持ちが悪い」
「それは、…」
決意を固めたようにラザファムが顔を上げた時――
凄まじい勢いで、廊下の向こうから何かが近付いてきた。その速さたるや、持っている花束の花びらが見る見る散っていくほどである。走る速さで散っていく花びら――から目を離せなくなり、サファイアはすっかり逃げそこねてしまった。
ルイスはあっという間に傍まで来ると、とろけるような表情で、すっと花束をサファイアへ差し出す。
「私の愛しいサファイア姫……」
「誰があんたの愛しい姫!? それから花束だけど、花びらが散って坊主になっちゃってるわよ? 例え切り花だとしても最後まで咲かせてあげないと可哀想でしょう?」
ルイスは今気付いたとばかりに、花束に目をやり、暫くは呆けたようにそれを見ていた。
「……そうだね、君の言う通りだ」
彼が嬉しそうに、顔をほころばせる。
「やはり君は……優しい――」
当のサファイアはルイスの幸せそうな笑顔に一瞬どきりとした。
「なに勘違いしているのよ。花は好きだけど、あんたなんか大っ嫌いなんだからね……!」
「ああ、久し振りだ……君の罵声……」
ルイスは陶然たる面持ちで、サファイアを見つめている。
「優しいって言ったり、罵声を浴びて喜んだり、おかしいんじゃないの?」
「いいや、おかしかった私を君が――」
彼の眼差しが深い愛で満たされていく。
「君が救ってくれたんだ」
ルイスがそっと手を伸ばし、サファイアの頬に触れようとした。
ビクッと身を震わせて、後ずさりする彼女の背がドンッと勢いよく扉にぶつかる。
「い、意味が分からない! お願いだから、もう、私に近寄らないで!!」
バタンッとルイスの目の前で盛大に扉が閉められて、触れるのが叶わなかった右手がやるせなげに落ちた。
***
「じゃあ、数えるよ~! いーち!」
「わっ!」と子供達が一斉に散っていく。
「今度はどこに隠れようかしら……」
リリアーナが溜息を吐いた。
今日は孤児院の子供達を、城に招いてのガーデンパーティーを開いている。昼食後にかくれんぼをする事になったのだが、リリアーナは何回やってもすぐに見つかってしまうのだ。
「私ってかくれんぼの才能がないのかしら……」
ぷっと吹き出す声がして、顔を上げるとカイトと目が合った。今日彼は休日で、一緒にかくれんぼに参加している。見ると植木を掻き分けて身体を半分出していた。城壁の前に並んでいる、背の高い植木の後ろに隠れていたようだ。
すぐに見つかっては悩んでいるリリアーナに、見兼ねて声を掛けてきた、というところだろう。
「リリアーナ様こちらです」
手招きをするカイトに小走りで駆け寄る。カイトはリリアーナが傷つかないよう、身体で植木から庇いながら、元の場所に戻った。
「今笑ったでしょう?」
「すいません。可愛らしかったので」
『私のほうが年上なのに……』とぶつぶつ文句を言いながら、周りを見回した。
「確かにここなら見つからないかも……」
植木は狭い間隔で植えられており、針葉樹(細くてかたい針葉をつける木)が肌を刺すため、中に入ってこようとは誰も思わない。枝や針葉も密集しており、外からは中の様子が窺えなくなっている。
「リリアーナ様がすぐ見つかるのは、才能のせいばかりではありません」
「じゃあ、何がいけないの?」
「姫君であり、天使のような容姿を持つリリアーナ様を見つけたいのと、リリアーナ様が見つかった時のリアクションを期待しているからです」
「リアクション?」
「ええ、まるで子供のように心底がっかりなさいますよね? まんま表情や動作に感情が出るので、子供達はそれが楽しくて、必死にリリアーナ様を探すのです」
「そうだったの……じゃあ、もっと見つかりやすいところに隠れれば良かったわ」
カイトが微笑んだ後に、リリアーナの髪留めに目を留めた。今日彼女は髪留めをつけただけで、長い髪は下ろしている。
「つけて下さっているんですね」
「ええ、気に入っているの」
それは貝殻でできた細工物の髪留めで、マーガレットの花を模している。市井で流行っていて大変可愛らしく、リリアーナも欲しかったのだが、王族たるもの、身に付けるものは本物でなくてはならない。
得意の我慢で侍女達が髪につけているのを、羨ましそうに見ていたところ、カイトがプレゼントをしてくれたのだ。
特注品であり、花蕊(おしべとめしべの総称)の部分が真珠でできているので ”公式の場以外でなら構わない" とアレクセイも許してくれた。
リリアーナはここのところ毎日のように、それで髪を留めている。
リリアーナが髪留めに触れ、浮き立つ気持ちそのままに、こぼれるような笑顔を見せた。カイトは思わず彼女に向かって手を伸ばしかけたが、ピクッと動きを途中で止める。
「リリアーナさま、いた?」
「ううん、いなーい」
「きっともっと、あっちのほうだよ」
バタバタと何人かの足音が遠ざかっていく。
「リリアーナ様限定で、鬼以外の子供達も探しているみたいですね」
「私、もっと見つかりやすい場所に移動しようかしら」
植木を掻き分けようと手を伸ばしたところで、カイトに後ろから抱きすくめられた。
「……?」
顔だけ振り返ると、カイトがにこやかに微笑んだ。
「髪留めのお礼を頂いてもよろしいでしょうか?」
「い、今は駄目」
「いつもそう言って逃げてしまうではありませんか」
「だって……」
前を向こうとしたリリアーナの顎を、カイトが掴んだ。
「リリアーナ、キスして……」
耳元に唇を彷徨わせながら、ベルベットヴォイスで彼が囁く。
この(12歳の)カイトはずるいと思う。こういう時だけ敬語をやめて、命令口調になるのだ。それも声を低くさせて……。
彼はいま変声期を終えつつあるのだが、まだ18歳のカイトの声ではない。しかし意図して低い声を出すと、限りなくそれは近くなる。
その声で優しく命令されると、リリアーナは弱いのだ。おまけに仕事の時は真面目に傍で控えているのに、休日は少し強引で……そんなところにもリリアーナは弱い。
リリアーナは肩越しに、軽く唇を触れ合わせてから、恥かしそうに言った。
「カイト、ありがとう」
頬を薄紅色に染めて、恥じらいながら言う彼女は、年上でありながらもこの上なく可愛い。
離れようとするリリアーナの身体をカイトは押さえて、顔を近づけた。戸惑っている彼女にくちづけながら、有無を言わさぬ甘い声で命令をする。
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