黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 67  「フランチェスカ、絞めてきて――」

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 夜の10時……ルイスがピンク色の薔薇の花束を抱えて、サファイアの部屋へいそいそとやってきた。ラザファムがその前に立ち塞がる。

「ルイス王子、部屋にお帰り下さい。もう人を訪ねる時間ではありません」
「昼間に来ても会ってもらえないから、こんな時間に訪ねて来たんだ」
「サファイア様は貴方様にお会いしたくはないそうです。どうぞ、このままお戻り下さい」
「少しだけでいいから会わせてくれ。あわよくば押し倒して、既成事実を作ろうなんて考えちゃいないから」
「誰がそんな事をいいましたか!? ガッツリ考えているとしか思えません! 駄目です! お帰り下さい!!」
「この花束を持っていてくれたまえ!」

 バサッ、と大きな花束を押し付けて、その隙にドアノブに飛びついた。

「早っ! 駄目です! ルイス王子!!」

 期待に溢れ、バンッ、と勢い良く扉を開けると、いきなり行く手を阻まれた。鋭い眼光がルイスを射すくめる。

「何か……?」
「サ、サファイア姫に会いたい。見舞いだ」
「時間外です」

 バンッ、と、扉を目の前で閉められてしまった。

「何だ!? 今のゴーゴンのような女は!?」
「フランチェスカです――リリアーナ様付きの侍女なのですが、ルイス様滞在中はサファイア様専属になります」
「なん……だと? それでは、サファイア姫に近づけないではないか! 朝食時に姿を見せなくなったから、あの楽しい語らいもなくなってしまったというのに!」
「フランを敵に回さないほうがいいですよ。カイトがリリアーナ様にキスマークをつけた時なんて、怒り狂って死闘を繰り広げたほどですから……」

 言いながらラザファムが首を傾げた。

「でもリリアーナ様狙いだった時も、フランチェスカとは会ってますよね?」
「……あの時はゴーゴンに行き着く前に全てカイトに阻まれたし、直接は会っていない」
「……それにしても……」
「あ~、分かった! 本当の事を言う。無理をして、嫌われたら怖いんだ」
「はあ……」
「おまっ、信じてないな!」

 何回もサファイア姫に突撃を繰り返している内に、ルイスとラザファムはすっかり打ち解けて、話しをする仲になってしまった。

「もし、彼女に嫌われて、一生会えなくなるかと思うと……」
「『もう嫌われていると思いますが』とは大人なのでラザファムは言わない。
「彼女に蔑まされて、汚い物を見るような目つきで……」
「王子、目が恍惚としてきましたよ」
「……………」

 ルイスがコホンと咳払いをする。
「とにかく、嫌われて会えなくなるのが怖いのだ」
「それで、フランチェスカのことも強行突破しないんですね」
「まあ、ゴーゴンが恐ろしいのもあるがな」
「俺はサファイア様のほうが恐ろしいですよ」

 ワハハハ……と二人の笑い声は夜の廊下に響き渡る。そしてその話し声は部屋の中にいるサファイアに、実は丸聞こえだった。サファイアの手の中でベキッとペンが折れる。

「フランチェスカ、絞めてきて――」
「かしこまりました」
 
 その後……廊下に二人の絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。 



「リリアーナ、その後どう?」

 数日後の昼下がり、クリスティアナが優雅に紅茶を飲みながら尋ねた。
 姫君達はクリスティアナの部屋でお茶会の真っ最中だ。リリアーナが恥じらいながら笑みを浮かべる。

「姉様達のお陰でカイトの気持ちが分かったし、幸せ……」

「『幸せ』でいいの? カイトを元に戻すのが目標なんでしょ?」

 クッキーを摘みながらサファイアが言うと、リリアーナがこくりと頷いた。

「ええ、時の女神に仕えている人達が、色々と教えてくれたから試しているの」
「そういえばこの間フェダーが、綺麗どころをぞろぞろと引き連れて来ていたわね、あの人達がそう?」

 リリアーナはまた頷く。

「魔法が解ける一番の鍵はキスで、後はシチュエーションじゃないかって」
「シチュエーション?」
「例えば……虹を背景にしてのキスとか、朝日を浴びながらのキスとか、カイトに横に抱き上げられてのキスとか……」
「気が遠くなりそう……」
「そうなの……カイトもよく付き合ってくれていると思うわ」
「しょっちゅうキスをしている割には、恋人同士というより姉弟みたいな雰囲気よね。新しい悩殺ポーズを教えましょうか?」
「あれはもういいわ……!」
「なぁに? 赤くなって……さては悩殺ポーズの時に何かあったわね! 白状しなさい!」
「別に何も……なかったし……」
「ほんとうにぃ?」
「と、とにかく! カイトはまだ12歳なんだから、健全な交際をするの! 大人のキスはもっと大人になってから!」
「ふーん、大人のキスをされたんだ」
「あっ……」
「もう、いい加減にしなさいサファイア。リリアーナをからかったら可哀想でしょう?」

 クリスティアナに注意をされて、サファイアが真っ赤になったリリアーナに抱きついた。

「きゃっ」
「だってリリアーナって素直で可愛いんだも~ん」
「素直でなくても可愛いと思っている人がいるわよ? 朝食の席に姿を見せない誰かさんを待ち焦がれてるでしょう?」
「やめてぇ、姉様! せっかく忘れていたのに! 大体ルイスは何で帰らないの? 二週目に突入したわよ!」
「国を出る前に粗方あらかた仕事を片付けてきたから、まだどうにかなるんですって。それより、サファイア、正式にお断りするならきちんと一回お会いしなさい。いくら何でも失礼よ」
「だってぇ……会いたくないんですもの……」

 口を尖らせて下を向くサファイアに、クリスティアナが溜息を吐く。

「いつまでも逃げてばかりいないで、きちんと向き合ったほうがいいわよ? 無駄に時間を引き延ばしている間に、兄様とルイス王子が意気投合してしまったから」
「えっ……何で?」
「兄様が仕事で困っていた案件をルイス王子が解決したのよ。ほら、兄様が言っていたでしょう? 悪知恵が働くという事は頭がいい事だって」
「兄様が意気投合したって、私には関係ないわ」
「でも私達は、本来お国のためにプラスになる結婚をしなきゃいけないのよ? 私とリリアーナはもう結婚相手が決まっていて、相手もプラスになる人物だけど、貴方はまだお相手がいないじゃない。この一週間、観察したけど、ルイス王子は貴方への執着…っじゃなくて、激しすぎる恋心を除いたらパーフェクトなお相手よ」
「嘘でしょう? 本気で言っているの?」
「兄様も言っていたわ。相手がいない上に、リリアーナとカイトを覗いてばかりいるサファイアには、うってつけの相手だって」
「嘘!? ホントに!?」

 頭を抱えるサファイアを見て、リリアーナがヒソヒソ声でクリスティアナに聞く。

「姉様、その話は本当なの?」
「う~ん……大分盛ってるけどね」

 リリアーナに悪戯っぽくウィンクをした。

「部屋から出れないからって、リリアーナにちょっかいばかり出してるし、少し反省をしたほうがいいのよ。ルイス王子に好かれたのだって、度を越した自分の行いが招いた結果なのだから」
「でもサファイア姉様は、ルイス王子が私にした事への罰としてやってくれたのに」
「確かに最初はそうだったけど、後半は嬉々としてやっていたわ………うん? 意外にお似合いなのかも……」
「姉様! 聞こえたわよ! お似合いとかやめて!!」

「リリアーナ様」
「カイト?」
「はい、お出でになりました」
 侍女がカイトが迎えに来た旨を知らせると、リリアーナはまるで蕾がほころぶような笑顔を見せた。足早に出て行く妹を二人の姉姫も笑顔で見送る。


「カイト」
「リリアーナ様」

 扉から出て来たリリアーナに、エドモントと話していたカイトが顔を向けた。エドモントがリリアーナに一礼し、二人は連れ立って歩き始める。
 庭園に出るとリリアーナが空を仰いだ。

「天気が気になりますか?」
「ええ、通り雨がきそうでしょう? もしかしたら虹が出るかも。そうしたら虹を背景にしてのキスを試してみましょう?」
「………」
「どうかしたの?」
「いいえ、何でもありません」
「休日は敬語でなくてもいいのに」
「まだ躊躇われて……」

 リリアーナが微笑んだ。

「そうよね。私が四つ上なんですもの。躊躇われるわよね」
「いえ、年齢は関係なく…」
「あっ、雨よ!」

 二人は小道を走り始め、ハァハァ息を切らしながら東屋に駆け込んだ。少し濡れた髪を左右に振りながら、リリアーナがはしゃぎ声をあげる。

「こんなの初めて……!」
「えっ?」
「18歳のカイトはいつも私を抱き上げて走ってしまうの。だから二人で走るなんて初めて! このほうが楽しいわ。元に戻ったら自分で走るって言わなきゃ……」

 カイトが目の前に立ち、表情を硬くしてリリアーナを見つめた。

「カイト……?」

 尚も口を開かず自分を見つめ続けるカイトに、リリアーナは戸惑ってしまい、沈黙を破ろうとした。

「カイト、背が伸びたわね。私と同じ位だったのに……ほら、」
 頭に触れようと伸ばした手を、きつく掴まれ引き寄せらる。

「あっ……」
 自分のものだとばかりに腕の中に抱き締められた。

 ドギマギしながらも12歳のカイトの珍しい行動に、リリアーナは優しく問いかける。

「どうしたの?」
「――愛してます」
「……え……?」

 カイトから具体的な言葉をもらってはいないが、嫉妬されたことで彼の気持ちは分かっていた。しかし、いきなり一足飛びに愛している……。

「カイト、ありがとう。好きで私は満足よ? 無理をしなくても…」
「愛してます。あの日、12歳になった自分が貴方を抱き締めていた時から――。会うたびにこの想いは強くなって……自分がこんなに女性ひとを好きになれるなんて思ってもいなかった」

 リリアーナは抱き締められたまま、躊躇いがちに笑みを浮かべる。

「私もカイトのことが好きよ?」
「どちらですか?」
「え?」
「今の俺と18歳の俺、好きなのは一体どちらですか――?」
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