黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 66  『盛っているのに』と言い掛けて、虚しくなって口を噤む。

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 翌朝――

「こ、これってデコルテがきすぎ……胸が半分近く出ちゃう……」
「今はそれが流行りなの。リリアーナが普段着ているドレスが大人しすぎるのよ」

 怖気づくリリアーナに、サファイアが ”これが当然” とばかりに言い放つ。

 姉姫達はリリアーナの部屋に、早朝から大量のドレスや装飾品を運び込み、`あーでもない、こーでもない ‘ と、リリアーナを弄繰り回した。
 瞳の色に合わせた碧いドレス。胴をコルセットで締め上げて、掻き集めた胸をパッドなども使い、精一杯盛り上げた。もちろん、デコルテの開き具合もいつもより深い。
 髪型もふんわりと結い上げて、顔の両脇に緩い巻き毛を垂らす。

 リリアーナはもう一度鏡の中を覗いた。 自分が着慣れていないだけで、確かに客観的に見れば、いつもより胸が大きいし、プロポーションも良く魅惑的に見える……気がする。
  
「リリアーナ、とても素敵よ」
 クリスティアナの声に振り返ると、同じくらいデコルテが開いている胸元に目がいった。

(大きい……)

 そう、クリスティアナは豊かな胸をしている。流行のドレスを着ると、プロポーションの良さが際立つのだ。
リリアーナは自分の胸を見下ろした。

(姉様に比べれば、私の胸なんて誰も気付かないかもしれない……)

 サファイアも、ルイスがいるので襟が詰まったものを着ているが、普段はやはり襟ぐりが深い。自分が着慣れていないだけで、さして気にする必要はないのかもしれない。

「ほら、カイトは今日休みでしょう? 扉の外で待っているわよ。早くお行きなさい」
 二人の姉姫に急かされて、扉を開けて廊下へと出た。カイトとエドモントとラザファムが顔を上げて背筋を伸ばす。

「ほう……っ、これは!」
 エドモントとラザファムがリリアーナに賛美の視線を向け、感嘆の声を漏らした。
”これならカイトも……” と、恥じらいながら彼の様子に期待をしたが、カイトは最初に軽く目を見張ったあと、その顔からは表情が消えてしまった。

「リリアーナ様、いつも通り東屋でよろしいですか?」
「え……ええ……」

 違和感を感じながらも、先を歩くカイトの後ろを付いて行く。前を向いているからよく分からないが、何となく対応が冷たいのは気のせいだろうか……。
 
 休日なので生成りのシャツに黒いズボンを身に付けたカイトは、少年ながらに姿勢が良く、均整のとれた体型をしていた。メイド達がリリアーナに気付いて廊下の端に寄り腰を折る。その中の何人かがチラチラとカイトを目で追っていた。

(12歳でもやはり目を引く……)

 リリアーナの胸の中はもやもやとする。
 騎士や文官達も横に避けて礼をした。カイトの足運びが一段と速くなり、リリアーナはついて行くのがやっとになる。
 とうとうつまずいて片方のハイヒールがぽろりと脱げた。

「カイト、待って、靴が……!」
 前から巡回の騎士が近付いてきたところで、リリアーナは身を屈ませる。

「屈まないで下さい!」

 カイトに大声で制されて、リリアーナはビクッと身を縮ませた。彼は後悔の表情を浮かべながら急ぎ駆け寄ってくる。

「すいません――大声を出して」

 巡回の騎士達が`何事か?‘ とこちらを注視する中、カイトは靴を拾い上げて、リリアーナを横に抱き上げた。
いきなりの出来事に彼女は驚きを隠せない。
 
「カイト、大丈夫だから……! 靴を履けば歩けるし、12歳の貴方には重いでしょう?」
「俺は鍛えています。それにリリアーナ様は羽のように軽いから平気です」

(珍しく`俺 ‘ って言ってる……)

 そうは言ってもカイトは12歳、年齢を考えると子供に運ばせているようで、何だか罪悪感が湧く。暫くはもがいていたが、思ったより屈強な腕にがっちりと抱え込まれ、下ろす気もないようなので、諦めて大人しく運ばせるに任せた。
 12歳のカイトはリリアーナと一線を引いており、こんなに身体が近いのは本当に久し振りだ。

 心地よく腕に揺られていると、城内から庭園に出た途端、夏の太陽が照り付けてリリアーナは目を細める。気付いたカイトが自分の背で光を遮ると、ちょうど爽やかな風が吹きぬけ、鳥のさえずりも聞こえてきた。
 リリアーナが嬉しそうにカイトを見上げ、彼も優しい目をしてこちらを見下ろしてくる……が、直ぐに真っ赤になって顔を上げてしまった。

(え、なぜ……)
 自分の身体を見下ろすと、いつもより盛り上がり谷間も深い胸が目に入る。
(あっ、もしかしてこれ……?)

 リリアーナも紅くなり、周りから大変初々しく見える二人は、庭園の小道を進んでいった。
 途中で巡回中の騎士達と幾度かすれ違ったが、その度にカイトの顔は険しくなり、足も加速していく。

(さっきは優しい顔をしていたのに……何が気に食わないの?)

 リリアーナは戸惑いを覚える。
軽々と自分を運んでいるし、重いというわけではないらしい。やっと東屋に着いて安堵した彼女を、彼はベンチへそっと下ろす。

 カイトが跪いてハイヒールを足元に置いた。足先がスカートで見えないリリアーナは、ドレスの裾を少し持ち上げ、ほっそりとした足を出す。彼はつかの間躊躇ったのちに、手を添えて靴を履く手助けをした。

「……カイト?」
 なかなか足を離してくれないので声を掛けると、一瞬グッと足先を掴まれた。リリアーナは驚きでピクッと身を震わせて、思わず足を引っ込める。彼はそのまま立ち上がり、不機嫌そうな態度で向かいの席についた。 

「カイト、何か怒っている?」
「別に怒ってなどいません」
「嘘。さっきから顔を顰めているし、足も……」
「無防備に異性の前で足を出してはいけません」
「え……だってカイトの前だし、足元も見えなかったし」
「俺だって男です。それもそんな華奢で透き通るように白い……とにかく人前で出してはいけません」

 リリアーナが納得のいかない顔をしていると、カイトが話しを続けた。

「そのようなドレスもお召しになってはいけません」
「えっ、このドレス?」

 リリアーナが自分のドレスを見下ろしながら言った。

「今はこれが流行りなのよ?」
「人前で胸を出すのは感心しません」
「クリスティアナ姉様や、サファイア姉様も出しているわ」
「あの二人はいいのです」
「なぜ私は駄目なの?」
「リリアーナ様は可愛らしいのですから、出さないほうがいいのです」

 クリスティアナ姉様とサファイア姉様がOKで、可愛らしい自分が駄目な理由――。

「私だけ貧相な胸をしているから……? これでも今日は…」

 『盛っているのに』と言い掛けて、虚しくなって口を噤む。

「違います……!」

 カイトが、音も高くガタッとベンチから立ち上がった。

「すれ違った騎士や文官はみんな貴方の胸元を見ていました! 靴が脱げて屈み込んだ時も、巡回の騎士達の視線も全て胸の谷間に釘付けでした! エドモント先輩やラザファム先輩まで!」

 リリアーナが首を傾げる。

「それって……」

 カイトがぷいっと横を向く。
「他の男が見るのは我慢なりません。これは――」
 ぼそっと声に出した。
「俺の醜い嫉妬です」

 リリアーナはそれを聞いた途端、まるで花が咲いたように、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
カイトはその笑顔にしばし見惚れていたが、はっと気を引き締める。

「何で俺が怒っているのに、そんなに嬉しそうなんですか……!?」
「だって、嫉妬してくれたのでしょう? それだけで、このドレスを着た甲斐があったわ」
「そのドレスは今後一切、着用禁止です」
「でも流行りなのよ? たまには着てみたい」

 心が浮き立っているリリアーナは、わざと甘えるように言った。

「……休日に……俺の前だけでなら……」

 カイトは言ってて恥かしくなったのか、頬を若干紅潮させて下を向く。
彼女がにっこりと笑って頷いた。

「それでもいいわ。カイト以外に見せたいと思わないもの」

 その時にサファイアから『これで男はいちころよ!』言われていた話を思い出した。
 リリアーナは立ち上がり机に両手を突くと、おずおずと身をのりだして、少し前のめりの姿勢を取る。
カイトからは胸の谷間が見え……

 カイトが目を眇めた。
「わざと、やってますね……?」

 真っ赤になりながらこくんと頷く。サファイアが市井の本から仕入れてきた、悩殺ポーズなるものを取ってみたのだが、恥かしいことこの上ない。でもせっかく嫉妬してくれたのだし、できれば恋仲になれるようにあと一押しはしておきたい。
 しかしリリアーナは気付いていなかった。一押しなどしなくてもいい事と、恥かしそうにポーズを取っている彼女は、大層刺激的だという事を。

「素直に頷く辺りとか、本当に貴方は……」
 すっとカイトの両手が伸びてきた。
「え?」
「……可愛い」

 カイトが呟いた途端に、頬を挟まれ唇を塞がれた。

「んっ、んーっ!」
 
 顔を振ったが振りほどけない。子供だと思っていたのに、力の強さに驚かされ目を丸くした。
 逃げ惑う彼女の舌をしなやかな彼の舌が絡め取る。囚われた舌を柔らかく吸われ、咥内の弱いところも舌先で探られた。

「はぁっ……やぁ……」

 あえかな声がリリアーナの唇から洩れ始め、身体からも力が抜けてくったりとしたところで、やっとカイトが唇を離した。
 まだ力が入らない身体を、机を挟んでカイトが支える。

「リリアーナ様は、私が転生者であることをご存知でしたよね? 精神年齢が実際の年齢より上だということを、頭に置いておいて下さい」

 耳元で囁かれ、リリアーナは殆ど抱き抱えられたまま、こくこくと頷く。

(このドレスを着るのはもうやめよう――)
 そう、心に誓うのであった。
 
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