黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 43  治癒魔法はお腹が減る

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「このスィートルームはリリアーナ様とキルスティンに使って頂きます」

広い寝室には美しい木目調のキングサイズのダブルベッドが置いてあり、隣のリビングルームも広々としていて、家具や調度品の趣味もいい。

イフリートに言われて頷いた後に、リリアーナはカイトに抱っこされたまま、キルスティンをじっと見下ろした。
呼吸に合わせて掛布が上下している以外はピクリとも動かず、深い眠りについている。
リリアーナがカイトの肩に片手を置いて、顔を見ながら尋ねた。

「キルスティンはカイトの足を治してつかれたの?」
「はい、そうです。リリアーナ様」
「……カイトおろして」

カイトがリリアーナをそっと床の上に下ろすと、ててて、とベッド脇を通り、キルスティンの頭の横まで近付いた。
手を伸ばして起こさないように、優しく頭をいい子いい子と撫でている。「ありがとう」と小さく呟きながら。

三人の騎士達はこの光景に心を和ませて、微笑みを浮かべた。柔らかい空気の中で、いきなりグーッと音が鳴る。

「グーッてなっちゃったの」
リリアーナがお腹が鳴った事を恥かしそうにカイトへ報告をした。
騎士達は笑いを零し、カイトがリリアーナを抱き上げる。
「食事に参りましょう」

広い食堂に通じる階段を下りて行くと、談笑まじりに夕食をとっていた宿泊客のおしゃべりがパッタリと途絶えた。そうなるのも無理はない。
普段は間近で見る事ができない三人の騎士と、幼児化してしまったリリアーナが目の前に現れたのだ。
おまけに騎士達は見目麗しく、姫君は天使のようで、心奪われた宿泊客達はまじろぎもせずにただ眺めている。

四人はそういった注目を浴びるのは慣れているのか、皆からの視線をさして気にも留めず、女将に案内されて人目に付かない奥の席についた。

その日のお奨め、肉団子のクリームシチューと、川魚の蒸し焼きをそれぞれに注文をする。メインを頼むと、サラダと茹でたジャガイモと焼きたてのパンが一緒についてきた。リリアーナがいるのでアルコールではなく、果実水を頼む。湯気の立つ料理がテーブルに並び、お腹を空かせたリリアーナが手を伸ばしてから、後の三人も食事を始めた。

食事の途中でキルスティンが階段を下りてきたのが目に入る。
ふらふらと足取りがおぼつかないキルスティンに、カイトが階段の下まで迎えに行った。
「キルスティン、寝ていなくて大丈夫なのか?」
「お腹が空いて……」
「へ?」
「治癒魔法を使った後は、猛烈な眠気と空腹に襲われるの。寝たから今度はお腹を満たす番、食べたらまた寝ます」

「分かった。どうぞこちらへ」 
カイトが寝惚けまなこのキルスティンに肘を差し出し、自分の隣の席までエスコートをした。

(やっぱりこの人紳士だわ)
少し頬を染めてカイトが引いた椅子に腰掛けるキルスティンであったが、運ばれてきたホカホカのご馳走を目の前にすると、食い気には勝てずがつがつと食べ始めた。
リリアーナはカイトを挟んだ隣に座っていて、これまた一生懸命もぐもぐと口を動かしている。

「リリアーナ様、食事が気に入ったご様子ですね?」
カイトの問いに食べ物を飲み込みながら、大きくコクンと頷いた。城の食事は美味しいが、上品な味付けになっておりソースもかけられていて、元が何なのか分からない。それに比べて今日の料理は素材を生かした美味しさで、素朴な味わいも至極いい。
「おいしい! とってもおいしい!」

姫君の言葉に女将は感激をし、食事もサービスもどんどんグレードアップしていくのであった。
食後のお茶をのんでいると、キルスティンが覚悟を決めたように切り出す。

「サイラス様すいません! 私の止めるのが遅くなって、ルイス王子が重体に……」
「いえ、俺がいけないのです……! キルスティンは腕に縋って一生懸命に止めようとしました」

サイラスがにこやかな笑みを浮かべた。
「二人共安心をして、大丈夫だから。生かしておいてくれて本当に助かったよ」

カイトとキルスティンがお互いの顔を見合わせる。
「でも、あの……鼻や、肋骨や、内臓も……」

キルスティンが恐る恐る尋ねると、サイラスがいい笑顔のまま答える。
「ああ、外見も中身も壮絶だよ」
「それなら何故?」
「君がカイトにしてくれた事をオーガスタにやってもらうのさ」

「ああ――」
二人は一緒に声を上げた。

「その手がありましたね……気付きませんでした」
「だろう?」
カイトの言葉にサイラスが説明を始めた。

「俺も、キルスティンにカイトの事を頼んだ時には気付いてなかったんだ。深く考える時間も無かったしね。君達が転移した後に思いついて、この方法なら命さえあればどうにかなると、アレクセイ様に相談をしたらすぐに許可を下さった。オーガスタの罰にもなるわけだし」
「そうですね。カイト様を治癒した私でさえこの状態だから、重体のルイス王子だったら、オーガスタはボロボロになると思います。三ヶ月くらい寝たきりになるのではないでしょうか?」
「その通りだ……しかし、ルイス王子が元気になって何事もなく国に帰るのは許せない。カイトもそう思うだろう?」
「はい――その通りです」
「だから、痛みを残して治療を施してもらう。表面は何ともないが、深層部分は死なない程度までしか治癒をさせない」

キルスティンが頷いた。
「それは……確かにルイス王子にとっては辛いでしょう。自然治癒するまでには相当時間がかかるし、激しい痛みに苦しむ事になると思います」
「ああ、いい薬になるだろう? あと、鼻はそのままだ。少し曲がって鷲鼻わしばなのようになるが、我慢をしてもらう」

カイトが疑問を口にする。
「一国の王子にその対応で許されるのですか?」
「ああ、これはアレクセイ様とも話して決めたことだ。リリアーナ様を誘拐したんだ。鏡を見るたびに反省をしてもらわなければ。ラトヴィッジ国の国王にも`これ以上は譲歩できない ‘ という態度で臨む」

サイラスがここまで言うのだし、アレクセイにも許可を貰っているのだからそれで問題はないのだろう。
ふと横を見ると、リリアーナがうつらうつらと船を漕いでいた。まだ寝るには早い時間だが今日は辛くて酷い一日だった。疲れて眠くなるのは当然だ。
リリアーナを抱き上げて、カイトは立ち上がる。
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