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23 リスはむんずとクッキーを掴む

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 到着した先は高い植木に囲まれた広場であった。噴水の側にあるベンチにエリカをそっと下ろして、フォルカーが目の前にひざまずく。

「申し訳ございません! 私とエリカ様では体力に雲泥の差があることを失念しておりました!」

「いえ、そこじゃなくて。なぜわたくしは連れ回されたのですか? 嫌がらせですか?」

「違います。殿下から”今日の午後、エリカ様が尋ねてくるはずなので、執務室まで案内する折には、人がたくさんいそうなところを通って来るように”とおおせつかっておりました」

「なぜですか?」

「まだ王子妃の座を諦めていない令嬢や、その親たちを牽制するためです」

「ああ……」

 団長が直々に案内をするのは、王族か海外からの客人に限られる。

 ”エリカはもう王族も同様”とアピールしたかったに違いない。

「”お前と歩けば、エリカの愛らしさも際立つだろう”とも仰っていました」

(う~ん、確かに聞き慣れないわたしへの賛辞が、たくさん耳に入ってきた。ルクレツィア王女だけでなく王子と姻戚関係を結びたい貴族への牽制にもなるけど、やりすぎじゃないかな……。これでは婚約が真実味を帯びてしまう)

「あまり歩いたつもりはなかったのですが、誠に申し訳ありませんでした」

「どうぞお気になさらずに、顔を上げてください」

 すまなそうに顔を上げたフォルカーは、しゅんとした大型犬のようである。
 
(ホントこの人可愛い。ギャップ萌えというやつかしら)

 フォルカーを観察していると、彼が目をふいっと逸らした。心なしか耳が赤い。

「あっ、すいません。ぶしつけでしたね」

「いいえ、そうではなくエリカ様は私が…」

「あら、」

 リスがエリカのスカートをトトト……と登ってきた。

 鼻づらをビーズのバッグに近づけて、くんかくんか匂いを嗅いでいる。

「分かるのね?」

 エリカはバッグからナプキンに包んだクッキーを取り出した。

 自分の部屋で、怒りに任せて色々と突っ込んだ内の一つである。

 ”お腹が空くかも”と考える辺りは私だなぁ”と、膝の上で広げた。

「ほら、クルミ入りもあるわ」

 リスはむんずと両手で掴むと、クッキーをカリカリと食べ始めた。
 
(あれ……、凄い圧を感じる)

 跪いていたフォルカーが、リスを凝視していた。

(……………威嚇しているのかな?)

 リスも圧を感じ取り、エリカの背後に異動してまた食べ始める。

 フォルカーが見るからにガッカリとした。

「ひょっとして……(威嚇ではなく)リスがお好きなんですか?」

「動物は好きです。特に小動物は可愛いと思のですが、私が近づくとみんな逃げてしまって……。きっとこのいかつい顔と無駄にでかい身体がいけないのでしょう」

「野生動物ですもの。人に懐かないのは当然ですわ」

「でもエリカ様には懐いています」

「クッキーの匂いに釣られただけです」

「それだけではありません……女性も、子供も、私を怖がります。だからいつも副団長のラファエルに代わってもらうんです」

 ラファエルは金髪に甘いマスクの細マッチョで、女子供から人気があるのだ。

(う~ん、緊張のあまり相手に圧力をかけてしまうのがいけないだけじゃないかな)

 フォルカーが身を乗り出して隠れたリスをそうっと覗くと、ビクッとしたリスはエリカの身体の陰に、また隠れてしまった。

「やはりだめか……」

 項垂れるフォルカーに、ベンチの横を叩くエリカ。

「フォルカー様ここに座ってください」

「は? いや、しかし」

「座ってください――」

 確固とした調子で言ったのが効いたのか、フォルカーがエリカから距離を取って腰を掛ける。

「遠すぎます。もう少し近づいてください」

「殿下の婚約者にそのような……」

 エリカは自分からフォルカーに近づいた。

 固まるフォルカーの膝の上にナプキンごとクッキーをのせる。

「これは?」

「フォルカー様に懐いている子供はいませんか?」
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