上 下
20 / 79

20 エリカ見たわよ、おめでとう!

しおりを挟む
「お嬢様。ミランダ様がいらっしゃいました」

「え? 今日は約束をしていないのに……いいわ、この部屋にお通しして。それから紅茶とお茶菓子をお願いね」

「かしこまりました」

 エリカの部屋は、ベッドルームとは別に小さな居間がついている。

 親しい友達とはよくそこで過ごすのだ。

(きっと昨日、ダニエル様がいらした後に何があったかを聞きに来たのね。ミランダには”偽装のお付き合い”であることを打ち明けたいけど……やはり駄目よね)

「エリカ見たわよ! おめでとう!」

 入ってくるなり、抱きついてきたミランダにエリカは目を白黒させる。

「どうしたの?」

「まだとぼける気? ほら、これを見て」

「え、号外? なになに”ダニエル王子、伯爵家令嬢エリカ・バートレイとめでたくご婚約!”………何よこれえぇええ!」

 わなわなと震えるエリカに、ミランダが続きを読んで聞かせる。

「今までどの女性にも靡かなかったダニエル王子に意中の女性現る!
 最近、ちまたを騒がしていたダニエル王子殿下(20歳)と伯爵令嬢エリカ・バートレイ(17歳)のロマンスは本物だった。
 記者がダニエル王子に事の真相を尋ねたところ、はっきり”婚約者として近く紹介する”との返事が……」

「その号外ちょうだい、破るから!」

「だめよ、記念に取っておくんだから。それにこれだけじゃなくて、他社のもそうよ?」

「………………え?」

「こっちの見出しは……”世紀のラブロマンス! まるで”恋愛小説のような二人の馴れ初め! ねぇ、仕事と人生に疲れ切ったダニエル様が訪れた避暑地で、二人は出会ったって本当?」

 エリカがジト目でミランダを睨む。

「出会いはヴァイオレットに叩かれそうになった時だって、知ってるくせに」

「そうよね、読んでて変だと思ったのよねぇ。これは三流誌だけど、最初に読んだ記事はデイリートラストだから信用できるわ」

「そちらも怪しいわ。だって王子が自分から言う筈はないし。トラストの記者が突撃インタビューしても、近衛の騎士に阻まれるはずだもの」

「ここに書いてある。ええと、今日の午前中に議席数についての発表があり…」

 今までコンラート王国の、議会の議席数の殆どは貴族が占めていた。

 それをダニエルは貴族を三分の二、平民を三分の一にまで引き上げると発表したのだ。

 当然発表以前から、貴族議員は大反対をしていた。

 しかし王子は考えを覆さなかった上に、今日の発表で、”近い将来には平民の議席数を半分にまで引き上げるつもりだ”とまで言い放ったのだ。
 
(昨日早く帰らなきゃいけなくなったのは、この件だったのね)

「その発表の最後にエリカの件をデイリートラストの記者が質問したのだそうよ。そうしたら”エリカ嬢と婚約した”と王子が幸せそうに答えたと書いてあるわ」

 ミランダが新聞を折りたたんで、脇に置く。

「やっぱり恋仲だったんじゃない。話してくれなかったのは悲しいけど、おめでたい話だから許してあげる」

「恋仲じゃないし、婚約もしてないわ。わたし達は、”結婚を視野に入れたお付き合い”をするはずだったのよ!」

「あんまり変わらないんじゃない?」

「大違いよ!」

「でも”婚約”ってもう発表されちゃったわよ?」 

 エリカがすくっと立ちあがった。

「ちょっと行ってくる!」

「どこに?」

「もちろん王子のところよ。文句言って訂正してもらわなきゃ。馬車を用意して!」

「は、はい!」

 紅茶を入れかけていた侍女が、手を止めて慌てて退室し、小走りで廊下を駆けていった。

 エリカは手近にあったビーズのバッグに、ハンカチやらブラシやらメモ帳やら、目の前にあるものを片っ端から突っ込んでいく。

「ミランダ、せっかく来てもらったのに悪いけど」

「わたしなら大丈夫。お茶を頂いてから帰るわ」

「ええ、ゆっくりしていってちょうだい」

 歩き去るエリカに向けて、ミランダが手を振った。

「土産話を楽しみにしてるわ~」

 エリカはすごい剣幕のまま馬車に乗り込んだ。御者と話すための、背もたれの上にある小窓を開けて、行き先を命じる。

「コンラート城までお願い」

「かしこまりました」

 御者の青年は侍女から行先を聞かされていたのか、驚きもせずに馬車を出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...