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第一章

見通しが甘かった(改)

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「ガッツポーズで見送ったのはいいけど、大丈夫ですかね~様子を見に行かなくて・・・」 

 ハンナがぽつりとつぶやいた。
 こちらはクリスの部屋の前、ハンナとアーネストが心配そうに、出たり入ったりを繰り返している。

「帰ってきた!」

 まだ暗いがあと少しで夜が明ける時刻だ。廊下の遠くに人影を発見し、二人して慌てて部屋に入る。並んで扉の内側から耳をピタリとくっつけ、外を窺っていると、クリスとグリフィスの話し声が聞こえてきた。

「もう一回だけいいでしょう?」
「駄目だ。もう何回したと思っているんだ」
「だって、せっかくコツを掴めてきたのに・・・」
「俺はもう無理だから、自主練してくれ」

 中ではヒソヒソ声でやり取りをする。ハンナが不思議そうな顔をして問うた。

「自主練って何をですかね?」
「スポーツじゃないか?」
「二人で、話し合わないでスポーツをしていたんですか?」

 アーネストにはそれ以外思いつかない。 

 廊下で大きい声が響く。

「自主練じゃあ、舌を入れられないし!」

 ゴツッと大きい音がした。
 クリスとグリフィスが顔を見合す。

「凄い音がしなかった?」
「部屋の中からのようだな」

 グリフィスが手振りでクリスに下がるように示した。
「何かあったのかもしれない――確認するから、少し離れていて」
「ええ」

 扉を開けると、中は明かりが点いていて、ハンナとアーネストがソファで眠ってしまっていた。

「気のせいか・・・?」

 念のために寝室も覗いたが、特に普段と変わった様子はない。

「大丈夫のようだから、これで失礼するよ」
「ええ、ありがとう・・・」

 クリスが両手を後ろで組んで、(やっぱり駄目なの?)と上目遣いで見上げている。グリフィスが盛大に溜息をついた。

「分かった。最後の一回だ」

 彼女が嬉しそうな顔をする。

「その代わり俺もキスを返す」
「え・・・? それはちょっと・・・」
「じゃあ、やめよう」

 グリフィスがこれ幸いと立ち去ろうとした。

「いいわ」
「本当に――?」
「ええ、たくさん練習をしたから、耐性ができたと思うの」

 俺はもう理性がもたないのに、と彼はぶつぶつ言っている。
「いくら寝てるといっても、二人の前だとなんだから寝室に行こう」
「分かったわ」

 ちなみにソファの二人の耳はダンボになっていた。パタン、と寝室の扉が閉まりアーネストとハンナは目を開けて顔を見合す。

「練習はキスのことだったんですね」
「取り敢えず、話し合いと見合いは上手くいったようだな」
 
 そして二人のセリフが重なる。

「でも何でキスの練習・・・?」

 ハンナが顔を赤くした。

「どうします?」
「まあ、もう立ち聞きはやめて、ここで二人が出てくるのを待とう。出てきたらすぐ寝たふりをしないといけないし」
「でも、寝室って大丈夫かしら?」
「いくらなんでも我々がここにいるのだから、そういう事にはならないだろう」

 そして二人の耳はまたダンボになる。

 さて、寝室では――

 グリフィスは骨ばった手で、クリスの後頭部を押さえた。顎先あごさきを軽く掴んでクリスを見つめる。
 吸い込まれそうなアイスブルーの瞳に見惚れている間に、グリフィスの唇が重なった。`練習 ‘ と我に返り、口の中に舌を忍び込ませ、グリフィスの舌に押し付けるようにすると―― 

「もっと・・・舌を絡ませて」

 グリフィスの舌が絡んできた。舌を細かく擦り合わせ、喉の奥まで探ってくる。なぞられた部分がぞくりとし、身体の中心に淫らに響く。こんな場所が感じるなんて・・・

「あん・・・んっ、んん・・やあ・・・」
 `耐性ができた ‘ なんて自分の見通しは甘かった。これでは刺激が強すぎる、と顔を離そうとすると後頭部を押さえ込まれた。
「んーー!」
「キスを返すと言った筈だが――」
 
 一瞬グリフィスが悪魔に見えた。

 カチャリと音がしてドアが開き、二人はすぐに寝たふりをする。

「すいません。クリスですが、気を失わせてしまいました」

 二人して目を開けると、グリフィスがソファの後ろに立ってこちらを覗き込んでいた。

狸寝たぬきね入りに気付いておいででしたか」
「ええ、アーネスト殿のおでこが腫れていましたから。きっと扉にぶつけられたのでしょう」
「いやあ、これはお恥かしい」
 
 ハンナが心配そうに間に入る。

「お話中のところを申し訳ありませんが、クリス様は気を失ったのですか?」
「ああ、すいません。話すと長くなるので割愛しますが、深いキスの練習をしていて気を失わせてしまいました。彼女自身が疲れていたのもあるのでしょう。今はベッドに寝かせてあります」
 そして心の中で自分の理性が切れたことを付け加える。

「あの・・・なぜキスの練習を・・・?」

 ハンナがおずおずと質問をする。

「あとの話は私からよりもクリスに聞いたほうがいいでしょう」
「確かに、それはそうですね」

 クリスもグリフィスの口から話してほしくない事などもあるだろう。

「それでは私は、クリス様の様子を見に行って参ります。グリフィス王子、失礼いたします」

 ハンナが膝を折ると、グリフィスが頷いた。

「まずコルセットを脱がさないと」と呟きながら寝室に消える。

 しまった――

 思わず口元を手で覆う。 
 ただでさえ疲れている中、キスの練習をして、理性をしぼり取られ、長時間・・・すっかりその事を忘れていた。説明してもいいが、今は非常に疲れている。できればすぐにでもベッドに潜り込みたい。

「お見合いの結果は・・・聞くまでもないですかな?」
「お陰様で、上手くいきそうです――申し訳ありません、疲れているのでこれで失礼します。コルセットの件はクリスにお聞き下さい」
「は・・・? コルセット?」

 いきなり全然違う話しに変わってしまいアーネストがきょとんとしていると、ハンナが血相を変えて飛んできた。

「クリス様が・・・コルセットをつけておられません――」
「緩めているのではなくて・・・?」
「はい、つけておりません」

 二人がグリフィスに視線を戻した時には、もうその場所にはいなかった。

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