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後日談
13 なぜ、お前が知っている?
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「クリス王女」
「”王女”はいらないわ」
「クリス……本当に俺は貴方と結婚したんですね」
「そうよ」
緊張した面持ちのグリフィスに向かって手を伸ばし、さらさらした短い銀髪を指先で優しく梳いた。
グリフィスは溜めていた息を吐き、気持ち良さそうに目を瞑って、喜びを噛みしめる。
「最高に……幸せです……」
素直に胸の内を語るグリフィスにクリスは微笑む。やがて…彼から規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「グリフィス……?」
クリスと結婚したことを確信し、安心して眠ってしまったようだ。クリスは顔を近づけて、グリフィスの額にそっとくちづけた。
***
執務室にノックの音が響く。
「どうぞ」
クリスが嬉しそうに扉を開けて顔を出した。
「グリフィス、迎えにきたわ」
「クリス……。もうそんな時間ですか?」
グリフィスが書類から顔を上げて、置時計で時間を確認する。
「切りのいいところまで終わらせてしまいたいので、ソファで少し待っていてくれますか? あっ……、」
横から手を伸ばしてきたアーネストに、グリフィスは書類を取り上げられる。
「クリス様がいらっしゃっいましたし、ささ、もうお上がり下さい」
「しかし、貴方やデイヴィッドはまだ残っているのに――」
「私共も、もう上がりますから」
デイヴィッドを見ると、手で”しっ、しっ、”と追い払う仕草をしている。
「分かりました……それではご厚意に甘えさせて頂きます」
嬉しそうなクリスのもとに、これまた嬉しそうなグリフィスが足早に近づいていく。
「記憶をなくして以来、敬語と礼儀正しさが抜けないけど、微笑ましいねぇ」
「全くですな」
「ただいま帰りましたぁ」
レオナルドが、ノックの音と共に入ってきた。
「レオナルド」
「グリフィス様にそこでお会いしたので、”どうぞ”を待たなくてもいいと思ったんです」
渋い顔のアーネストに説明をする。
「それにしても凄いですよね。記憶がないのに仕事をこなしてしまうんですから」
R商会を見事に潰し、三週間が過ぎたわけだが、未だ記憶は戻らない。”頭の傷も良くなったし、じっとしているのは性に合わない”と執務室に手伝いにきたグリフィスは、簡単に説明を受けただけで易々と仕事をこなすようになった。
「その事なんだけど、実はもう記憶が戻っているんじゃないか、あいつ」
「戻らない振りをしているとでも?」
グリフィスから取り上げた書類に、目を通していたアーネストが、チラッとデイヴィッドに視線を向ける。
「クリスがグリフィスを溺愛しているだろう? あの状態が喜ばしくて、きっと暫くこのままでいようと考えたんだ。だから、仕事もできるんだよ」
「記憶、戻ってないですよ?」
「なぜ、お前が知っている?」
しれっと言うレオナルドに向かって、疑わしそうに眉根を寄せるデイヴィッド。
「クリス様がお茶会で、そう仰っていましたから」
「何で、お前がお茶会に参加してんだ? 羨ましい」
「”グリフィス様が何をしてほしいか、何をしてあげたら喜ぶか” 年齢が近い男の子からの意見を聞きたい、と言われたんです」
「クリスにか? 本当に、今のグリフィスにぞっこんなんだな。それで、何と答えた?」
「”クリス様のする事なら、グリフィス様は何でも嬉しい”と」
「ありきたりの答えだが、まぁ真実だな」
「はい。クリス様も拍子抜けしたご様子でしたが、プリシラ様と後ろに控えていたトリシアも、私の意見に大きく頷いていました」
デイヴィッドとアーネストの頭に、ありありとその光景が浮かんだ。
「グリフィスの記憶が戻っていないのは、何で分かったんだ?」
「プリシラ様に記憶のことを聞かれたクリス様が、”夜は同じベッドで寝てるけど、手を出してこないから戻ってない”って…」
紅茶を飲みかけていたアーネストが、ぶはっと吹き出した。
「”王女”はいらないわ」
「クリス……本当に俺は貴方と結婚したんですね」
「そうよ」
緊張した面持ちのグリフィスに向かって手を伸ばし、さらさらした短い銀髪を指先で優しく梳いた。
グリフィスは溜めていた息を吐き、気持ち良さそうに目を瞑って、喜びを噛みしめる。
「最高に……幸せです……」
素直に胸の内を語るグリフィスにクリスは微笑む。やがて…彼から規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「グリフィス……?」
クリスと結婚したことを確信し、安心して眠ってしまったようだ。クリスは顔を近づけて、グリフィスの額にそっとくちづけた。
***
執務室にノックの音が響く。
「どうぞ」
クリスが嬉しそうに扉を開けて顔を出した。
「グリフィス、迎えにきたわ」
「クリス……。もうそんな時間ですか?」
グリフィスが書類から顔を上げて、置時計で時間を確認する。
「切りのいいところまで終わらせてしまいたいので、ソファで少し待っていてくれますか? あっ……、」
横から手を伸ばしてきたアーネストに、グリフィスは書類を取り上げられる。
「クリス様がいらっしゃっいましたし、ささ、もうお上がり下さい」
「しかし、貴方やデイヴィッドはまだ残っているのに――」
「私共も、もう上がりますから」
デイヴィッドを見ると、手で”しっ、しっ、”と追い払う仕草をしている。
「分かりました……それではご厚意に甘えさせて頂きます」
嬉しそうなクリスのもとに、これまた嬉しそうなグリフィスが足早に近づいていく。
「記憶をなくして以来、敬語と礼儀正しさが抜けないけど、微笑ましいねぇ」
「全くですな」
「ただいま帰りましたぁ」
レオナルドが、ノックの音と共に入ってきた。
「レオナルド」
「グリフィス様にそこでお会いしたので、”どうぞ”を待たなくてもいいと思ったんです」
渋い顔のアーネストに説明をする。
「それにしても凄いですよね。記憶がないのに仕事をこなしてしまうんですから」
R商会を見事に潰し、三週間が過ぎたわけだが、未だ記憶は戻らない。”頭の傷も良くなったし、じっとしているのは性に合わない”と執務室に手伝いにきたグリフィスは、簡単に説明を受けただけで易々と仕事をこなすようになった。
「その事なんだけど、実はもう記憶が戻っているんじゃないか、あいつ」
「戻らない振りをしているとでも?」
グリフィスから取り上げた書類に、目を通していたアーネストが、チラッとデイヴィッドに視線を向ける。
「クリスがグリフィスを溺愛しているだろう? あの状態が喜ばしくて、きっと暫くこのままでいようと考えたんだ。だから、仕事もできるんだよ」
「記憶、戻ってないですよ?」
「なぜ、お前が知っている?」
しれっと言うレオナルドに向かって、疑わしそうに眉根を寄せるデイヴィッド。
「クリス様がお茶会で、そう仰っていましたから」
「何で、お前がお茶会に参加してんだ? 羨ましい」
「”グリフィス様が何をしてほしいか、何をしてあげたら喜ぶか” 年齢が近い男の子からの意見を聞きたい、と言われたんです」
「クリスにか? 本当に、今のグリフィスにぞっこんなんだな。それで、何と答えた?」
「”クリス様のする事なら、グリフィス様は何でも嬉しい”と」
「ありきたりの答えだが、まぁ真実だな」
「はい。クリス様も拍子抜けしたご様子でしたが、プリシラ様と後ろに控えていたトリシアも、私の意見に大きく頷いていました」
デイヴィッドとアーネストの頭に、ありありとその光景が浮かんだ。
「グリフィスの記憶が戻っていないのは、何で分かったんだ?」
「プリシラ様に記憶のことを聞かれたクリス様が、”夜は同じベッドで寝てるけど、手を出してこないから戻ってない”って…」
紅茶を飲みかけていたアーネストが、ぶはっと吹き出した。
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