1 / 52
一章
1. 少女、村を出る
しおりを挟む
ゲンカンは13歳のやせっぽちな女子である。変な名前だが、これは拾ってくれた絨毯工房の親方がつけてくれたものだ。
絨毯工房《じゅうたんこうぼう》の織子《おりこ》だったゲンカンが、長い茶色の髪を切り、男子の恰好をして東の果てにあるジュマ村を出たのは3ヵ月前のことだった。
古い木製の箱を背負っているが、その中には織物とはさみがはいっている。時々、箱から甘い菓子の匂いがするのは、それは飴屋の少年がもっていた箱とはさみなだからなのだった。
ゲンカンは絨毯の仕事をしていた時も運動は布で作った球を蹴《け》るくらいだったし、出発前は体調を崩していたので、ほぼ歩くことということをしていなかった。だから村を出たすぐには心臓がすぐに悲鳴をあげ、爆発《ばくはつ》そうになった。歩くのがこんなに大変なこととは知らなかった。
でも、1ヵ月も歩き続けるとしだいに慣れてきて、歩くのが楽しくなった。靴底《くつぞこ》が減るというのは、初めての経験だった。
工房にいた時には、靴の指のところに穴があいたり、足のサイズが合わなくなったら、新しいのがもらえた。けれど、旅に出ると、履《は》いていた靴は上の部分はまだ破けてもいないのに、底に穴があいた。歩く時に石がはいって痛いからも仕方がないから、市場で新しい靴を買った。
ゲンカンが初旅で学んだことはほかにもある。
「歩けば、身体が強くなる。でも、靴は減る。腹も空く」
ということもそうだ。
ゲンカンは夜になると、アーニャのことを思った。アーニャは工房の親方の奥さんで、母さんみたいな人だった。
工房に戻りたいとは思わないけれど、楽しいことがいくつもあった。アーニャがいつもそばにいてくれたし、友達もいた。手を動かしてものを作るのも、大好きだった。
ゲンカンは太陽を見て、その沈む方向に歩いて行った。そちらの方角に、友達のジャミルがいるはずなのだ。ゲンカンはジャミルを追って旅に出たのだ。
どのくらい歩けば、ジャミルのいる西の国に着くのかはわからない。世界というところは、思った以上に広いのだ。
世界に果てがあるのだろうか。どこが端っこなのだろうか。
これまでの人生では、そのうちになんとかなるだろうと思って生きてきたけれど、どうにもならないことがでてきた。
出発の朝にアーニャからはお金をもらったし、自分の貯めたお小遣い、友達からも餞別《せんべつ》をもらったから、金持ちになった気分だったが、ある日、さいふに手をいれたら、小銭《こぜに》が4枚しか残っていなかった。さいふに穴があいていて、落としてしまったのだろうかと思ったけれど、穴はなかった。
どうもお金というものには羽根がついているらしく、どこかへ飛んでいってしまったようだ。
ゴーシャン王国の主都に着いた時には、ゲンカンのさいふは空っぽだった。さて、どうしようか。
絨毯工房《じゅうたんこうぼう》の織子《おりこ》だったゲンカンが、長い茶色の髪を切り、男子の恰好をして東の果てにあるジュマ村を出たのは3ヵ月前のことだった。
古い木製の箱を背負っているが、その中には織物とはさみがはいっている。時々、箱から甘い菓子の匂いがするのは、それは飴屋の少年がもっていた箱とはさみなだからなのだった。
ゲンカンは絨毯の仕事をしていた時も運動は布で作った球を蹴《け》るくらいだったし、出発前は体調を崩していたので、ほぼ歩くことということをしていなかった。だから村を出たすぐには心臓がすぐに悲鳴をあげ、爆発《ばくはつ》そうになった。歩くのがこんなに大変なこととは知らなかった。
でも、1ヵ月も歩き続けるとしだいに慣れてきて、歩くのが楽しくなった。靴底《くつぞこ》が減るというのは、初めての経験だった。
工房にいた時には、靴の指のところに穴があいたり、足のサイズが合わなくなったら、新しいのがもらえた。けれど、旅に出ると、履《は》いていた靴は上の部分はまだ破けてもいないのに、底に穴があいた。歩く時に石がはいって痛いからも仕方がないから、市場で新しい靴を買った。
ゲンカンが初旅で学んだことはほかにもある。
「歩けば、身体が強くなる。でも、靴は減る。腹も空く」
ということもそうだ。
ゲンカンは夜になると、アーニャのことを思った。アーニャは工房の親方の奥さんで、母さんみたいな人だった。
工房に戻りたいとは思わないけれど、楽しいことがいくつもあった。アーニャがいつもそばにいてくれたし、友達もいた。手を動かしてものを作るのも、大好きだった。
ゲンカンは太陽を見て、その沈む方向に歩いて行った。そちらの方角に、友達のジャミルがいるはずなのだ。ゲンカンはジャミルを追って旅に出たのだ。
どのくらい歩けば、ジャミルのいる西の国に着くのかはわからない。世界というところは、思った以上に広いのだ。
世界に果てがあるのだろうか。どこが端っこなのだろうか。
これまでの人生では、そのうちになんとかなるだろうと思って生きてきたけれど、どうにもならないことがでてきた。
出発の朝にアーニャからはお金をもらったし、自分の貯めたお小遣い、友達からも餞別《せんべつ》をもらったから、金持ちになった気分だったが、ある日、さいふに手をいれたら、小銭《こぜに》が4枚しか残っていなかった。さいふに穴があいていて、落としてしまったのだろうかと思ったけれど、穴はなかった。
どうもお金というものには羽根がついているらしく、どこかへ飛んでいってしまったようだ。
ゴーシャン王国の主都に着いた時には、ゲンカンのさいふは空っぽだった。さて、どうしようか。
30
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる