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第6章 縁は異なもの味なもの
第30話
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目下、咲良の検索ワード第一位は「性欲を抑える方法」
そして以下が導き出した答え。
その一、食事を改善。イソフラボンを摂るべし。
その二、適度な運動。筋トレで睡眠欲の方を強くするのもあり。
その三、自己処理で発散。
そして検索ワード第二位は「欲求不満 女性」
以下、検索結果をまとめたもの。
欲求不満の女性は甘い食べ物に傾倒していく。高カロリーを摂取して妊娠に備える性質があるのと、甘味が脳内で性欲を司るホルモンの代替になるので、女性にとって甘味は幸せを感じるらしい。
実践とその結果。
その一、毎朝豆乳を飲む。まだ効果は認められない。
その二、自宅にてビクトリーで有名な隊長のエクササイズDVDを発見。即入隊もハード過ぎて三日で断念。
その三、幸か不幸か未体験ゾーンにつき躊躇う。よってこれは最終手段とする。
甘味の摂取では、まったくもって幸せは感じない。
「飲んで酔っ払った方がよっぽど幸せ感じるわ」
和洋とりどりのスイーツを買いあさった食後の感想だった。
だが悲しいかな、酒は益々欲求を高めるだけで解決どころか咲良を負のループへ陥れるだけ。
「ええーい、仕事、仕事!!」
忙しいのはいいことだ。仕事に集中すれば煩悩の出る幕なし。そう追い込む努力もかなり必要だけど。
おかげさまでテレビ出演を機に藤森瞬一先生の人気はうなぎ上り。逃すなこのチャンス、稼げるうちに稼ぐぞと藤森はやる気満々。今までメディアへの露出に消極的だったのが嘘のよう。
当然咲良の仕事量もうなぎ上り。つい先日も、面白そうだからと旅番組のオファーを受けてきた。三日間、路線バスを使っての旅なのだが、ただでさえ余裕のないスケジュール、そこに三日分の時間を押し込むのがどれだけ大変か。
『三日…、となると来月ほぼ休みなしですよ?』
『執筆中は家に居るから休みみたいなもんでしょ。それにさ、知らない土地ってわくわくしていい刺激になるんじゃないかなって。だいたい作家なんていつ食いっぱぐれるかわかんない商売じゃん。社会保障なんてあてにせず、出来るうちに蓄えなきゃね』
『…老後の心配?』
『まあね。俺だって色々考えてるんだよ?ああ、もちろん君はちゃんと休みは取ってね。うち、ブラックじゃないから』
それで体壊しちゃ老後も迎えられないのにと咲良が呟くと、藤森が笑いながら勝手に俺を殺すなと言ったのを記憶している、つい最近交わした会話。むしろ逆に咲良の負担も増えたことを気遣われた。だが舐めるな、契約は切られたが元派遣の実力を。デスクワークはや電話対応はお手のもの、ついでにクビにはなったがスーパー勤めで培った体力には藤森より自信がある。ただ残念なのは隊長のしごきに耐えうる体力ではなかったこと。
というわけで、藤森を心配しつつ、可能な限り仕事を断らない藤森のおかげで右を向いても左を向いても仕事が山積みなのは、煩悩と戦う咲良にはとてつもなくいい環境であるには違いない。まあ、元をただせば藤森が煩悩覚醒の発端なのだから、今日はあっち、明日はこっちと仕事で出かけてくれるのはありがたい。
しばらく黙々と仕事をこなし、咲良は時計に目をやると手を止めた。
「そろそろかな」
呟いて咲良は立ち上がった。
貴重な休みみたいな時間で、昨日から藤森は仕事部屋に引きこもり中。
眠くなるからと昨夜は食事も摂らず、今朝も咲良が生存確認兼ねコーヒーを運んだきり顔を合わせていない。長いときはそのまま二日目に突入も珍しくないが、数十分前から頻繁にドアを開閉する音や足音が聞こえる。咲良にとってそれは引きこもり解除、つまり集中力が途切れたか執筆終了の合図なのだ。
そろそろ昼食の用意でもしておこうと咲良がキッチンへ向かおうとしたその時。リビングの扉が開き、予測通り当の本人のお出まし。
「あ゛ーっ、腹減ったぁ、腰痛ぇ、指攣りそぉ、もう限界~っ」
合図が始まり二十分後のこと。ふらふらと入ってきた藤森が勢いよくソファへうつ伏せた。
「腹減って死にそー。ねー、何か食べるものある?あー、その前に水~っ」
そりゃ二食も抜けば腹も減ろう。
咲良は冷蔵庫からペットボトルの水を取ると藤森の傍へとやって来た。水を渡そうと藤森を見れば、瞼を閉じたその横顔がクッションに深く埋もれている。
え、寝た?
「センセ?」
「…ん?」
「寝ちゃいました?」
「んー、起きてる。ちょっと目を休めてるだけ」
「とか言って、寝るでしょ」
「寝な、い…ょ…」
呼吸に合わせ規則正しく上下する藤森の背中。言った傍から寝そう…いいや、寝てるだろ。
「ごはん出来たら起こしますからね。お水、ここに置きますよ」
藤森の目に入るようにローテブルに水を置いた。ふと藤森の顔に目をやれば、その表情は完全に意識を飛ばした睡眠モード。
寝たよ。さてここは寝かせておくべきか、食事が出来たら起こすべきか。
咲良は何気なく藤森の顔を覗き込んだ。睡眠が浅ければ気配を感じるはず。逆に深ければ気の抜けた顔で気づきもしないはず。
と、その時。
パチッ。
まさにそんな音がしたかのように藤森の瞼が見開かれぱちくり。超至近距離、焦点が合わないのか瞳が小さく揺れて、寝起きの鈍くて潤んだ目つきがなんとも艶めかしくて…ついつい見惚れてしまう。
…っておい!!
ここで咲良は我に返った。
馬鹿、馬鹿、馬鹿!このタイミングで煩悩に支配されるんじゃないっての!!
ああ、末期だ、こりゃもう末期!
藤森に対して煩悩が発動するなんて、ぁぁぁぁああああ、どうすりゃいいんだ?!
ならばさっさとその場から離れりゃいいのに、なぜか咲良はその場でジタバタと尻餅をついた。目線が低くなった分、余計に藤森の顔が近くに。
焦燥、動揺、狼狽、乱心、そして何故かもやもや感。注意散漫、目は泳ぎさてどこを見ていいのか視線が迷子だ。
「…どうし、た?」
不意打ちにかけられたかすれた声に、迷子だった視線が声の主へと定まった。同時に視界に入ってきたのはゆっくりと伸ばされた藤森の手。その行き先を考える間もなく指先が咲良の額に触れた。髪の生え際をなぞる様に指先がこめかみまで来ると、そっと前髪をかき分ける。
ドドドドドドドッッツツキン!!
咲良の心臓は爆発したかのように跳ねた。胸打つ鼓動が早くなり血流が一気に押し出され顔が熱い。いったい何が起こったのか一瞬にして頭は真っ白。
またも咲良はジタバタした。ただし、それは脳内だけで体はその場にフリーズ。
だって、だって!
ただでさえドアップな藤森の顔との距離が更に縮んでないかい?
不意に脳裏に味見された時のことがフラッシュバック。
う、うわぁぁぁああ、キスされる?!
ちょっ、まっ、え、ええっ?!
近い、近い、近い、近いっ!
おい、こら、寝ぼけてんじゃねーよ!
待て待て待て、誰かと勘違いしてやしねーか?
咲良はひぃっと息を詰め、瞼をぎゅっと目を閉じた。
一気に血が上ったせいで顔は噴火寸前。ああ、どうかマグマが鼻から出ませんように。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
…ん?
待てど暮らせど咲良の身に何か起こった気配がしない。
そこへ…
「…ははっ、もしかしてキスされると思った?」
すっかり目覚めたらしい藤森の声に咲良は瞠目。
ああっ、穴があったら入りたい、人生おいてこの上なく恥ずかしい。恥ずかしさのあまり顔はとっくに大噴火、耳からは大量の水蒸気。鼻からマグマが流れ出なかったのは不幸中の幸いだろう。
それにしたってこんな顔、見られるのも恥ずかしいと両手で顔を隠すつもりが、どういうわけか隠したのは口元。
なんてこった!これじゃあ肯定したも同然。
ととと、とりあえず離れなきゃと焦った拍子に、ひ、ひょえ?っと自分でもよくわからない声が出た。
「…え、なにその反応」
藤森の何か珍しい物でも見るような目。
ああ。どうせ後に続くのは咲良を揶揄うような言葉に決まってる。
なに色気づいてんの?
欲求不満なんじゃない?
意識し過ぎじゃない?
浮かんでくるのはどれもこれもごもっともなもの。否定のしようがないじゃないか。
主義に反するがいっそ泣いてしまおうか。涙は出そうにないけれど。
ってどんな主義だよ。だから可愛げがないって男に逃げられるんだよと、意味不明ながら咲良は自分で突っ込む。
おそらく時間にすればほんの数秒。けれどおかげで出来た心構え。さあ、どんな言葉でもどんと来い。それが何か?って開き直ってしまえばいい。
さあ、早く、言っておしまいなさい!
「…可愛いんだけど」
うん、よし、言ったね。では、答えよう。
「それが、な…???」
へ?
カワイインダケド?
蚊はインドだけど?(おっと入力ミス)
川、良いんだけど?(どこの川だよ)
河合、委員だけど…(誰だよ河合って)
それは想定外の単語につき、ただいま咲良の変換機能不具合発生中。というか、藤森を前に咲良はしょっちゅう不具合を起こしているように思うが。
くくっと藤森のくぐもった笑い声。いきなり咲良の体がふいっと浮いたような気がしたかと思うと、グイっと前に引っ張られ膝から折れるようにちょこんとソファに乗っかった。
誰かが引き上げなければ咲良の体も浮かないわけで。そしてここに居るのは咲良以外に藤森だけ。つまり藤森がそうしたわけだが、小柄と言えど、床に座り込んだ咲良を引っ張り上げるって相当な力がいるわけで、筋トレとかマッチョと縁遠い藤森にそんな力があったのか?まさか密かに隊長にしごかれてたとか?いずれにせよヘタレでも男には違いないんだなと感心しながら、咲良は藤森の顔をきょとんとして眺めた。
というのは実は咲良の現実逃避。
状況を説明しよう。確かに今咲良はソファの上だ。膝を少し折る形で、ちょこんと、藤森の片方の膝を跨ぐように。しかも逃げられようになのか、落ちないようになのか、咲良の背中はしっかりと藤森の腕にホールドされている。
「んー、そのきょとんとした顔も可愛い」
どどどど、どうしたセンセっ!?
咲良は一気に現実に引き戻された。膝の上から逃れようと力を込めるが、むしろ藤森の拘束を強める結果となる。
まだ夢見てんじゃないの?!
絶対に誰かと間違えてるでしょ!!
だーかーらーっ!!
ああ、やはり徹夜させるべきでなかったのだ。いくらそれがワークスタイルとは言え、今までと違うんだから。
「センセッ、寝ぼけてないで起きてっ!私は花純ちゃんじゃなーい!!」
咲良が思わず言ってはいけない名を叫ぶと、藤森は瞠目した後に溜息を吐いた。
「いいや、正気」
正気なわけないでしょう。だって、だって、可愛いって言いましたよね?それが証拠ですよ!
そう言いたいのに、咲良の口は金魚の様にパクパクするだけでうまく言葉が出てこない。
「だからしっかり聞いたよ、その名前は二度と口にしないんじゃなかった?まあ、別にそれは良いんだけど、それよりも心外だな、」
心外?何が?
「ほかの誰かと間違えるなんてそんな失礼なことするわけない」
は、は?
「セ、セ、センセっ!やっぱり寝ぼけ…っ!」
パクパクしながらやっと発した咲良の言葉が途中で遮られた。
「だから、キスするよ」
へ、へっ?!
なんだよその宣言!
だから?だからって何に対してのだから?!
「人参目の前に、据え膳食わないなんてあり得ない。って言ったの君じゃなかった?」
ふふんと藤森が笑った。
今それを持ち出すか?
それはリリアのことでしょう!
ていうか、人参のこと根に持ってたの?!
そんなことを咲良が思ったと同時、藤森が宣言通りの行動を起こした。
そして以下が導き出した答え。
その一、食事を改善。イソフラボンを摂るべし。
その二、適度な運動。筋トレで睡眠欲の方を強くするのもあり。
その三、自己処理で発散。
そして検索ワード第二位は「欲求不満 女性」
以下、検索結果をまとめたもの。
欲求不満の女性は甘い食べ物に傾倒していく。高カロリーを摂取して妊娠に備える性質があるのと、甘味が脳内で性欲を司るホルモンの代替になるので、女性にとって甘味は幸せを感じるらしい。
実践とその結果。
その一、毎朝豆乳を飲む。まだ効果は認められない。
その二、自宅にてビクトリーで有名な隊長のエクササイズDVDを発見。即入隊もハード過ぎて三日で断念。
その三、幸か不幸か未体験ゾーンにつき躊躇う。よってこれは最終手段とする。
甘味の摂取では、まったくもって幸せは感じない。
「飲んで酔っ払った方がよっぽど幸せ感じるわ」
和洋とりどりのスイーツを買いあさった食後の感想だった。
だが悲しいかな、酒は益々欲求を高めるだけで解決どころか咲良を負のループへ陥れるだけ。
「ええーい、仕事、仕事!!」
忙しいのはいいことだ。仕事に集中すれば煩悩の出る幕なし。そう追い込む努力もかなり必要だけど。
おかげさまでテレビ出演を機に藤森瞬一先生の人気はうなぎ上り。逃すなこのチャンス、稼げるうちに稼ぐぞと藤森はやる気満々。今までメディアへの露出に消極的だったのが嘘のよう。
当然咲良の仕事量もうなぎ上り。つい先日も、面白そうだからと旅番組のオファーを受けてきた。三日間、路線バスを使っての旅なのだが、ただでさえ余裕のないスケジュール、そこに三日分の時間を押し込むのがどれだけ大変か。
『三日…、となると来月ほぼ休みなしですよ?』
『執筆中は家に居るから休みみたいなもんでしょ。それにさ、知らない土地ってわくわくしていい刺激になるんじゃないかなって。だいたい作家なんていつ食いっぱぐれるかわかんない商売じゃん。社会保障なんてあてにせず、出来るうちに蓄えなきゃね』
『…老後の心配?』
『まあね。俺だって色々考えてるんだよ?ああ、もちろん君はちゃんと休みは取ってね。うち、ブラックじゃないから』
それで体壊しちゃ老後も迎えられないのにと咲良が呟くと、藤森が笑いながら勝手に俺を殺すなと言ったのを記憶している、つい最近交わした会話。むしろ逆に咲良の負担も増えたことを気遣われた。だが舐めるな、契約は切られたが元派遣の実力を。デスクワークはや電話対応はお手のもの、ついでにクビにはなったがスーパー勤めで培った体力には藤森より自信がある。ただ残念なのは隊長のしごきに耐えうる体力ではなかったこと。
というわけで、藤森を心配しつつ、可能な限り仕事を断らない藤森のおかげで右を向いても左を向いても仕事が山積みなのは、煩悩と戦う咲良にはとてつもなくいい環境であるには違いない。まあ、元をただせば藤森が煩悩覚醒の発端なのだから、今日はあっち、明日はこっちと仕事で出かけてくれるのはありがたい。
しばらく黙々と仕事をこなし、咲良は時計に目をやると手を止めた。
「そろそろかな」
呟いて咲良は立ち上がった。
貴重な休みみたいな時間で、昨日から藤森は仕事部屋に引きこもり中。
眠くなるからと昨夜は食事も摂らず、今朝も咲良が生存確認兼ねコーヒーを運んだきり顔を合わせていない。長いときはそのまま二日目に突入も珍しくないが、数十分前から頻繁にドアを開閉する音や足音が聞こえる。咲良にとってそれは引きこもり解除、つまり集中力が途切れたか執筆終了の合図なのだ。
そろそろ昼食の用意でもしておこうと咲良がキッチンへ向かおうとしたその時。リビングの扉が開き、予測通り当の本人のお出まし。
「あ゛ーっ、腹減ったぁ、腰痛ぇ、指攣りそぉ、もう限界~っ」
合図が始まり二十分後のこと。ふらふらと入ってきた藤森が勢いよくソファへうつ伏せた。
「腹減って死にそー。ねー、何か食べるものある?あー、その前に水~っ」
そりゃ二食も抜けば腹も減ろう。
咲良は冷蔵庫からペットボトルの水を取ると藤森の傍へとやって来た。水を渡そうと藤森を見れば、瞼を閉じたその横顔がクッションに深く埋もれている。
え、寝た?
「センセ?」
「…ん?」
「寝ちゃいました?」
「んー、起きてる。ちょっと目を休めてるだけ」
「とか言って、寝るでしょ」
「寝な、い…ょ…」
呼吸に合わせ規則正しく上下する藤森の背中。言った傍から寝そう…いいや、寝てるだろ。
「ごはん出来たら起こしますからね。お水、ここに置きますよ」
藤森の目に入るようにローテブルに水を置いた。ふと藤森の顔に目をやれば、その表情は完全に意識を飛ばした睡眠モード。
寝たよ。さてここは寝かせておくべきか、食事が出来たら起こすべきか。
咲良は何気なく藤森の顔を覗き込んだ。睡眠が浅ければ気配を感じるはず。逆に深ければ気の抜けた顔で気づきもしないはず。
と、その時。
パチッ。
まさにそんな音がしたかのように藤森の瞼が見開かれぱちくり。超至近距離、焦点が合わないのか瞳が小さく揺れて、寝起きの鈍くて潤んだ目つきがなんとも艶めかしくて…ついつい見惚れてしまう。
…っておい!!
ここで咲良は我に返った。
馬鹿、馬鹿、馬鹿!このタイミングで煩悩に支配されるんじゃないっての!!
ああ、末期だ、こりゃもう末期!
藤森に対して煩悩が発動するなんて、ぁぁぁぁああああ、どうすりゃいいんだ?!
ならばさっさとその場から離れりゃいいのに、なぜか咲良はその場でジタバタと尻餅をついた。目線が低くなった分、余計に藤森の顔が近くに。
焦燥、動揺、狼狽、乱心、そして何故かもやもや感。注意散漫、目は泳ぎさてどこを見ていいのか視線が迷子だ。
「…どうし、た?」
不意打ちにかけられたかすれた声に、迷子だった視線が声の主へと定まった。同時に視界に入ってきたのはゆっくりと伸ばされた藤森の手。その行き先を考える間もなく指先が咲良の額に触れた。髪の生え際をなぞる様に指先がこめかみまで来ると、そっと前髪をかき分ける。
ドドドドドドドッッツツキン!!
咲良の心臓は爆発したかのように跳ねた。胸打つ鼓動が早くなり血流が一気に押し出され顔が熱い。いったい何が起こったのか一瞬にして頭は真っ白。
またも咲良はジタバタした。ただし、それは脳内だけで体はその場にフリーズ。
だって、だって!
ただでさえドアップな藤森の顔との距離が更に縮んでないかい?
不意に脳裏に味見された時のことがフラッシュバック。
う、うわぁぁぁああ、キスされる?!
ちょっ、まっ、え、ええっ?!
近い、近い、近い、近いっ!
おい、こら、寝ぼけてんじゃねーよ!
待て待て待て、誰かと勘違いしてやしねーか?
咲良はひぃっと息を詰め、瞼をぎゅっと目を閉じた。
一気に血が上ったせいで顔は噴火寸前。ああ、どうかマグマが鼻から出ませんように。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
…ん?
待てど暮らせど咲良の身に何か起こった気配がしない。
そこへ…
「…ははっ、もしかしてキスされると思った?」
すっかり目覚めたらしい藤森の声に咲良は瞠目。
ああっ、穴があったら入りたい、人生おいてこの上なく恥ずかしい。恥ずかしさのあまり顔はとっくに大噴火、耳からは大量の水蒸気。鼻からマグマが流れ出なかったのは不幸中の幸いだろう。
それにしたってこんな顔、見られるのも恥ずかしいと両手で顔を隠すつもりが、どういうわけか隠したのは口元。
なんてこった!これじゃあ肯定したも同然。
ととと、とりあえず離れなきゃと焦った拍子に、ひ、ひょえ?っと自分でもよくわからない声が出た。
「…え、なにその反応」
藤森の何か珍しい物でも見るような目。
ああ。どうせ後に続くのは咲良を揶揄うような言葉に決まってる。
なに色気づいてんの?
欲求不満なんじゃない?
意識し過ぎじゃない?
浮かんでくるのはどれもこれもごもっともなもの。否定のしようがないじゃないか。
主義に反するがいっそ泣いてしまおうか。涙は出そうにないけれど。
ってどんな主義だよ。だから可愛げがないって男に逃げられるんだよと、意味不明ながら咲良は自分で突っ込む。
おそらく時間にすればほんの数秒。けれどおかげで出来た心構え。さあ、どんな言葉でもどんと来い。それが何か?って開き直ってしまえばいい。
さあ、早く、言っておしまいなさい!
「…可愛いんだけど」
うん、よし、言ったね。では、答えよう。
「それが、な…???」
へ?
カワイインダケド?
蚊はインドだけど?(おっと入力ミス)
川、良いんだけど?(どこの川だよ)
河合、委員だけど…(誰だよ河合って)
それは想定外の単語につき、ただいま咲良の変換機能不具合発生中。というか、藤森を前に咲良はしょっちゅう不具合を起こしているように思うが。
くくっと藤森のくぐもった笑い声。いきなり咲良の体がふいっと浮いたような気がしたかと思うと、グイっと前に引っ張られ膝から折れるようにちょこんとソファに乗っかった。
誰かが引き上げなければ咲良の体も浮かないわけで。そしてここに居るのは咲良以外に藤森だけ。つまり藤森がそうしたわけだが、小柄と言えど、床に座り込んだ咲良を引っ張り上げるって相当な力がいるわけで、筋トレとかマッチョと縁遠い藤森にそんな力があったのか?まさか密かに隊長にしごかれてたとか?いずれにせよヘタレでも男には違いないんだなと感心しながら、咲良は藤森の顔をきょとんとして眺めた。
というのは実は咲良の現実逃避。
状況を説明しよう。確かに今咲良はソファの上だ。膝を少し折る形で、ちょこんと、藤森の片方の膝を跨ぐように。しかも逃げられようになのか、落ちないようになのか、咲良の背中はしっかりと藤森の腕にホールドされている。
「んー、そのきょとんとした顔も可愛い」
どどどど、どうしたセンセっ!?
咲良は一気に現実に引き戻された。膝の上から逃れようと力を込めるが、むしろ藤森の拘束を強める結果となる。
まだ夢見てんじゃないの?!
絶対に誰かと間違えてるでしょ!!
だーかーらーっ!!
ああ、やはり徹夜させるべきでなかったのだ。いくらそれがワークスタイルとは言え、今までと違うんだから。
「センセッ、寝ぼけてないで起きてっ!私は花純ちゃんじゃなーい!!」
咲良が思わず言ってはいけない名を叫ぶと、藤森は瞠目した後に溜息を吐いた。
「いいや、正気」
正気なわけないでしょう。だって、だって、可愛いって言いましたよね?それが証拠ですよ!
そう言いたいのに、咲良の口は金魚の様にパクパクするだけでうまく言葉が出てこない。
「だからしっかり聞いたよ、その名前は二度と口にしないんじゃなかった?まあ、別にそれは良いんだけど、それよりも心外だな、」
心外?何が?
「ほかの誰かと間違えるなんてそんな失礼なことするわけない」
は、は?
「セ、セ、センセっ!やっぱり寝ぼけ…っ!」
パクパクしながらやっと発した咲良の言葉が途中で遮られた。
「だから、キスするよ」
へ、へっ?!
なんだよその宣言!
だから?だからって何に対してのだから?!
「人参目の前に、据え膳食わないなんてあり得ない。って言ったの君じゃなかった?」
ふふんと藤森が笑った。
今それを持ち出すか?
それはリリアのことでしょう!
ていうか、人参のこと根に持ってたの?!
そんなことを咲良が思ったと同時、藤森が宣言通りの行動を起こした。
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