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105. 裏目

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パチドがグリーンと繋がってすぐ、ムーガル王からグリーンへ、状況の報告に一度戻って来いという指令が届いた。
パチドはやれやれとため息をつく。
この時期に、パチドとグリーンをムーガル王が本国へと呼びつけた理由が、自分の不安解消の為だとするなら、ムーガル王は暗愚との誹りを免れないのではなかろうか。

チャド・フロラインから見ればイマイチな素材でも、グリーンは、ムーガルの中で見ればおそらくもっともすぐれた魔術師だ。そのグリーンが、何十年も忠誠を誓っているわけだし、まともな王だと信じたいところだが。

『メルホ平原まで攻めあがれば、王都は返す』

そうっと自分の声を握って、新生フェルニアへ、送る。
ルカが、目の前でルカがタイキに行った通信の魔力波数を再現しているだけなので、タイキの通信機にしか届かない一方通行だが、情報としては充分だろう。

それでも、グリーンの目をかいくぐるのはなかなかに骨が折れる。
年寄りというのはなぜこうも眠りが浅いのか。

伸縮リード改良版の魔道具でつながったまま、お風呂も一緒寝るのも一緒状態だというのに、グリーンの方はさして参った感じもない。むしろ、背中流しっこしよう、とかぬかしてくるし嬉しそう・・・真面目にやめて欲しい。

グリーンと共に馬車に揺られながら、ミケの事を考える。
屋敷で大人しくレガス達に守られていてくれるだろうか。

使用人とは言っても、もとはと言えば全員軍がらみで拾った。
怪我で従軍できなくなったものや、戦死した部下の子や、暗殺に来て捕らえられた者など、なかなかにバラエティーに富んだ出自だ。
ムーガルでは色々攻撃にさらされることが多い屋敷だったので、物理的な攻撃に弱いものからなるべく急いで転職させていたら、残る者が強者ぞろいになってしまった。

もともとの彼らの専門職業でもないし、自分の家が隅々まで掃除されている必要性も、マナーが行き届いている必要性も感じないので、家事は最低限でよいと告げたら、過半が勝手にトレーニングを始めた。レガスなどは、軍にいたころより確実に戦闘能力が上がっていると思う。普通に軍にも復帰できるだろうに、本人は現状が気に入ったと言って居座り、今では、我が家の使用人は、どこの傭兵団かと突っ込みたくなるほど体系だっている。

ミケが大人しくしていてくれれば、大抵の危険からは、彼らが守ってくれる。
俺への不信で、飛び出してしまったりしなければ。
あんな狂った行動をとりさえしなければ、ミケが大人しく俺を待ってくれると確信できたのに。
それでも。
自分がミケにつけた跡を想い出すと、自分の中にソレが居座っているのがわかる。
自分なのかどうなのかもよくわからない、あの情動。
どれ程認めたくなくても、そこにあり続ける、ミケを喰い破って喜悦に浸る、ほの暗い狂気。

はふ。

自分だったら逃げる、な。
ルカの元に、逃げる。



「よく、戻って来た。ご苦労」

あー、グリーンと似ているな、と、ムーガル王の表情を見ただけで、パチドはだいたい分った気になる。
パチド自身は、ムーガル王と直接言葉を交わしたことはほとんどなかった。
フェルニアに進軍する前に、激励のお声がけ?みたいなのをされた程度。

「パチドとライヒに関する錯綜した報告は、もちろん気になっている。まぁ、そちらは、グリーンが待てと言うなら、まだ待てたのだが、な」

苦笑気味のムーガル王は、いかにも苦労人、といった風情だ。
同じような表情でグリーンが口を開く。

「レーブルが、動きましたか?」

「その通りだ。レーブルとヘルクが手を組んでしまったので、少々脅してもらわねばならなくなった。そのついでに呼んだ」

レーブルはムーガルの東側、ヘルクは西側に位置する国だ。魔の森の東西に1km程、国境を接している。ムーガルのように魔の森との間の大半を崖で隔てられているわけではないので、空間の歪みが少ない道や、魔の森ぎりぎりをかすめるような道にも慣れているようだ。
魔の森が収縮したあと、レーブルとヘルクをつなぐ直接の道もみつけたのかもしれない。両国間の行き来が随分とふえたようで、連携した動きが随所にみられる。

双方国力は両方微妙で、ヘルクに至っては弱小国といって良いレベルではあるのだが、その分、こせこせとした工作をしたがるので、手を組まれたくはない。

レーブルとヘルクに共通しているところは、黒い魔素に対する強い拒絶反応だ。

200年ほど前に、魔の森より南の国々は、過去に黒い魔素とそれを使う魔術師に制圧され、不遇の時代を過ごした。
直接的に黒い魔術師に殺されたものだけではなかった。ムーガルより土地のやせたレーブルとヘルクは、黒の魔素が引き起こしたとされる災害やら干ばつやらの天変地異でも、大量の死者を出した。
その時の恐怖が200年もの間引き継がれ、増幅され、今やある種の宗教のように黒い魔素やそれを使う魔術師を忌み嫌っている。

なるほど、パチドが黒の魔術師と言われるのに敏感になるのも理解できなくはない。

「で、どうなのだ。実際のところは?」

グリーンに聞いたのか、パチドに聞いたのか微妙なところだったので、グリーンはパチドを見たが、パチドは答えなかった。仕方がなくグリーンが説明する。

「簡単に言うと、恋愛問題、に近いですな。ムーガル王城に人外を疑うほどの魔素量を持つミケという女が捕らわれており、上層部中で取り合いに。唯一正気を保ったパチドに下賜して収めましたが、今度はパチドの魔力とミケの魔素との相性が良すぎて、黒の魔術と疑われる程の大爆発を起こしました」

勘弁してくれ、という顔で、ムーガル王がパチドを見る。

「今回の騒ぎは、個人的な感情の問題だと?」

パチドはわずかに頭を下げただけで、特に反論しなかった。やむを得ずグリーンが補足する。

「パチドとミケの相性に慌てた連中・・特にミケに対してやらかした連中です・・が、パチドに切られるのを恐れて、行動に問題のあるライヒを担ぎました。結果的にパチドだけを責めるのが不当な状態になったことは認めます」

「なぜそこで、黒の魔素だの魔術だのと言う話になる!」

「ライヒが、軍の威を借りてミケを自由にしようとし、パチドが抵抗。私やライヒを含め出動していた200人超の兵士を一度に転移させ、その間にミケは姿を消しました」

「に、200人超?!黒の魔術ではなく?!」

「黒とは違うでしょうねぇ。こやつは至って正気ですし、ミケを殺しかけた奴らも全員健康体。しかし、レーブルとヘルクにどう見えるかは別です」

「それで、ミケを黒の魔素として手配、か」

「はい。転移された200人は私の直下ですので、一応かん口令を敷きましたが、徐々に漏れる。パチドが黒の魔術師に仕立てられたら、レーブルとヘルク、まぁ、ムーガルもですが、理性が飛んで乱戦・・・」

グリーンの話し中にも拘わらず、ムーガル王の側近が飛んできてムーガル王に耳打ちをした。
『あ、来たかな』とパチドは思う。

「グリーン、裏目が出た」

グリーンが、もう嫌だ、という顔になりながら確認する。

「新生フェルニア?」

「その通りだ。ルカが、その旗下1500を、ひと晩のうちに王城に出現させ、王の腕輪と魔剣を使って、ど派手な戴冠式と結婚式を成功させ、気勢を上げる群衆を兵站に加えながら南進を開始」

「一晩で1500?!」
「・・・結婚式?」

「相手は、王妃家系ミケ・レンネル。人外魔素と同一人物だな。ルカは魔剣を自在に操ってわが軍を単騎で蹴散らしたのち、王の腕輪を彼女にはめ、フェルニア人はトランス状態だ」

「ライヒでは、持ちこたえられん・・」

「侍従!魔力封じの腕輪を持ってきてパチドにはめろ!」

「ムーガル王!!パチドの行動の責は私が・・・」

「いつまでもお前たちをリードでつないでおけるか!ルカとミケを黒に見せかけて、レーブルとヘルクをけしかけろ。その間パチドは魔術禁止だ!」

「むごいことをするな!今のパチドは内部まで敵だらけなのだぞ」
グリーンは色めき立ち、敬語をかなぐり捨てて抗議するが、ムーガル王も負けてはいない。

「使えるものを使うなという方がむごいだろうが!パチド、お前がそれを嵌めておる限り、ムーガルは決してミケに手を出さんと誓う。必要なら、私についている魔術師をいるだけ連れていって良い。出征している我が軍を立て直して、ルカを止めろ。グリーンは、レーブルとヘルクにあたるから、戻せん」

やれやれ、見事すぎるぞ、ルカ。張りぼてのムーガルなどがぶつかるべき人間ではないな。パチドは素直にそう思う。

「・・・落としどころはどこです?ムーガル王。フェルニアの生ける伝説であるルカは、魔剣つき、王の腕輪付き、人外魔素のミケ付きに、フェルニアの民意付きです。魔力を封じられ、ミケを失った俺にどうしろと?」

「今のムーガルが、攻め込まれない軍備を整えろ。周辺国に怯えなくても良い国にする。ほかに希望はない」

「フェルニア平定は失敗に終わっても構わない、と?」

「金山と荒廃していない農地は、鉄壁の魔素の盾の向こう側だろうが。税収だけで見れば赤字だ。国内が納得する何かがあれば手放したい位だ」

「国内が納得する何か、とは、例えば、魔素の盾、とか、ですか?」

「ああ!最も欲しい、な。そこまでの贅沢は言わんが、それに類するものが手に入れば退ける」

「ご希望はわかりました。最善を尽くします」

「見事果たしたあかつきには褒美をとらすぞ、何が
「お暇、でしょうかね」

「・・・敵に回らぬ限り、許可する。魔術師は何人必要だ?」

「かしこまりました。魔術師は不要です。自分で何とかいたします」
良い?」
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