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79. とろとろ液

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「えーと、記憶を取り戻されてからは、そのぉ、なさっていないと?」

ソナの質問に、こくり、と彼は、頷いた。

「ミケが、意識を取り戻した時にはすでに、記憶はおありに?」

「いや、記憶がもどったのは、ここ数日だ。ミケの意識が戻った後は、体調も心配だったし・・」

「要するに、もう1年以上もそういう事はなくて、今は記憶が戻った感動を二人でかみしめた状態で、話を聞く感じでは、両想い、ですよねぇ」

「たぶん。いや、その、ソナに、ミケが俺と寝たくないって相談しているなら、違うかも」

「ああ、寝たくないじゃなくて『自分が汚く』て、あなたまでそう見られるのが心配だと。お褥滑りをしてすみっこのすみっこにいれば、このままいられるだろうかと、言っただけです」

「・・・そんな両想いなんて、あるか?」

わかりやすく表情が沈んでいくパチドを見て、ソナは、こいつらに頭を使わせておくとろくなことにならないと結論した。

「まぁ、両想いなら、やっちゃってから考えてもOKですね。では、夕方に、大義名分、もってまいりますので、体力温存しといてください」

「大義名分?」

「ええ。女には勢い付けが必要な時がたまにあるので。大義名分で勢いつけて、体を先行させて、ミケに欲を思いださせる作戦で。あの欲のなさが病巣な気がします。別に強欲じゃなくていいですけど、さすがにあれはマズイです」

「欲のなさ、か。言えているな」

では、後程。そう言って、ソナはミケに会わずに引き返していった。



「な、な、何かしら、これは。ソナぁ?」

出資してくれるか打診したい案件があるからパチドを紹介して、できたら一緒に頼んでくれと、ソナからの初めての頼み事だった。
ミケは二つ返事で引き受けた。ソナは頭が良くて、商売は連戦連勝なのだ。

それなのに。
裏切り行為?あんた、友達を裏切る気?

ミケの目が、あきらかにそんな感じだけど、ソナはそ知らぬ顔で、パチドのすぐ前に、いかにも『キケンな夜に使います』的なセットを置いた。

革袋にたっぷり入ったとろとろの液体と、張り型と、ライヒが気に入っていたのに似た棒がついた鉄の玉の棘々なし、の3点セット。どう言い訳しても、そういう用途だ。

それでもソナは、ミケの頭をぎゅうと抑えて、パチドに頭を下げさせ、堂々と口上を始めた。まぁ、商会の共同経営者なので、一緒に頼むのは変ではないのだが、こんなものを扱うとは聞いていない。

「ロクト村に虫の害が出ました。特産物のグァール豆が褐色化して飢饉寸前、というか冬までに換金できなければあの村の子どもの半分は売られます」

この3点セットを前にして、ミケも気にしていたロクト村の話?!
グァール豆はお菓子の原料になるので、王都にも卸されているし、もとが貧しい村なので、口減らしをかねて、出稼ぎ奉公などに来ている子どもも多い。
虫の害を聞いて、子どもたちは、とても不安そうだ。

「グァール豆から作っているのは、高級菓子の増粘剤なので、無色無臭でなければ引き取り手がありません。ですが、この通り褐色になってしまうのです」

ソナは、自分も一つ手にしていた革袋の中身を指ですくった。うすい褐色で、ちょっとくらくらする匂い。あ、これ、うちの商会の売れ筋の花酒の匂いだ。

ソナはすくった液体をミケの手の甲に塗り付ける。
もたっとした液体とゼリーの間みたいな液で、伸ばすとつるつるのぴかぴかになる。

ソナは自分が先に上着を脱いでシャツだけになり、ミケにもまねしろと手振りで指示する。

こそこそ、ひそひそ

なによ、なんなの?

上着着たままだと汚れるでしょ。それより、ミケの色気ひとつで、子ども達、売られなくて済むんだから、気合い入れてよね。あんたが逃げたら、餓死者二桁じゃすまないわよ!

ちょ、脅さないでよ。なんで私?

パチド様以外に、色街の治安を気遣ってくれるムーガルの役人なんていないの。他のだれに話通しても無駄なのよ!いいこと、この革袋の中身が、気分盛り上げてくれて、気持ちよくて、何の害もなくて、美容効果まであることをアピールするのよ!

にーっこり。そしてソナはパチドに向きなおる。

「ミケとパチド様は、ご夫婦同然とお聞きしましたので、不慣れですが、安全性をわたくしたち自身で証明させていただきますね」

そう言うと、革袋の中身をミケのシャツの上から、とろとろと垂らし始めた。

「ちょ」
「子ども売られる!」
「う」

ミケの白いシャツが濡れていき、肌にぴったりくっついて、鎖骨とか胸とか肩とか背中とかを浮き上がらせ、しかもその上をつるつるとソナの指がすべる。

と、とてつもなく、あやしいことをしている気がするんだけど?!

ミケが抗議しようとしてもソナは、にーっこりと営業用スマイルで。

肩や胸元に触れながら、挙句の果てにミケの背中に、自分の胸を押し付けてすりすり。

「ひゃう」

かなりきわどい声が出て、ミケが自分の口を押えて真っ赤になる。

むり、もう無理。
友達の女性相手に、喘いだらどうしてくれるの!

「一緒にお風呂に入れるようなご関係ならば、服はなしで、革袋も湯船で温めてお使いください。私共は、共同経営者ですので、このあたりで」

そう言うと、涙目で顔をほてらせているミケに、例の3点セットをもうひとセットもたせてダメ押し。

「こちらの革袋の金額は銅貨6枚。お菓子用の6倍の金額です。そしてこの3点セットで売ることで、販路が約束されます。私共の取り分や、花酒などの原料を考えても、ロクト村の生産者から、平時の3倍の値で買い取ってあげられるのです」

パチドは感心したような声で

「売り物にならなくなったはずの豆が、3倍の値で売れるのか」

と言った。

「はい。試算では、ロクト村は冬までに備蓄が買えるようになり、餓死者はゼロに。ご出資者の名前にパチド様があれば、おかしなものを混ぜて流通を乱す者も出ません。安全性と効果は、ミケが直接ご説得するそうですから、何卒ご検討お願いします」

つられて一緒に頭を下げると、重いシャツが肌に冷やりとした刺激をあたえて、ミケはまたしても口に手を当てる羽目になった。

ちょっと、ソナ、あんた、この状態で私だけおいて帰るつもり?

ミケが目で精一杯抗議するなか、ソナは、ミケほどではないがかなり透けてしまったシャツの上から、上着をぴっちり着込んだ。

目で縋るミケに、「飢えるってつらいわよね・・・」とか、「子どもたちが、年に1回の里帰りをあんなに楽しみに・・」とか、ささやきながら、気のせいでなければ、ちょっとウィンク。

そして、ソナは、パチドから『前向きに検討して、折り返すと』という言質をとって、颯爽と帰って行った。
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