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69. 偽物かもしれない

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血が、魔素が、毒が、嘘のように高速で動いてゆく。
ぐるぐる、ぐるぐる。
目が回って、意識がかき混ぜられて。
吸いこまれて、押し出されて、折りたたまれて、引き延ばされて。

うげろげろ。何だろ、これ。
魂リサイクル機で、大雑把にまぜまぜされているところとか?
死んだからって、ずいぶんと粗雑に扱ってくれるじゃないの。
酔う~。



目を開けると、ロロ芋のシチューの匂いがした。
あれ?

おでこが冷やされている。
あれれ?

手のひらが、合わさって、魔力が流されて、魔素が揺れている。
あれれぇー?

夢、かな?

「目が開いているな」

さぁ。どうでしょう?
目の前には、笑顔の、推定パチド?がいた。

いや、笑っているから、偽物かもしれない。
上半身を抱えあげられるようにして、水を飲ませてもらいました。
シチューを、匙にのせてフーフーして、給餌されました。
着替えのついでに、つるりと向かれて、体拭かれました。

って、おーい、何が起こっているの?!
おまけに推定パチド、介助に凄く慣れてない?!
人間かわった?夢でも照れるんですけど?!

頭の中はあたふたなのに、眠くて、眠くて、瞼がくっついていく。
ゆ、夢の中って、眠くなるっけ。眠っているのに?!



何回も、夢が巡って、夜。

「なぁ、キスしていいか?」
って、こらーっ、あんた、寝てる私に何してくれんの?!

起きているときにやりなさいよ、もったいない・・・じゃなかった。
拘束されていない時限定で考えたら、ファーストキスよ!
私、パチドともシェドとも両ハンドフリーな状態では、唇のキスしてないのに、この罰当たり!拘束中はノーカンにしてるんだからね!

脳内じたばたマックスの中を、パチドの唇がちゅ、ちゅ、と何度も降ってくる。
あたたかぁい。
も、ちょっと、長くてもいいなぁ。
うへへ。
ちょっと煩悩が顔を出したもので、私の唇が勝手にパチドの唇を追ってしまう。

金縛り真っ最中、って感じで、動けたのは微かだったのに。
パチドは、熱い鍋にでも触れたみたいに、びくっとして動きを止めて。
泣きそうな顔で、叫んだのだ。

「起きてるのか?起きろ、起きてくれ!」

いや、起きてますって。起きてるから、泣くな?!
目だけで必死にそう伝えてみたのだけど、うん、残念、誤解があったらしい。

パチドは、右手をわたしの後頭部にあてて、噛みつくように深く、キスをしてきたのだ。
温かい舌が、何度も出たり入ったりして、苦しくなるくらい口腔内を舐られて、私の舌もこすられて、顎が上がって、涎がこぼれた。

「んぅ、ふ、あ」

げ、やだ、なんか、へんな声が出る。
声を、抑えようとしたのに、パチドが掌を合わせて、魔力で魔素まで動かしながら、煽ってくる。
キスの範囲が広がって、頬とか首とか、まつげとか耳とか・・って、耳は反則!

くすぐったくてじっとしていられないし、ぞわぞわするし、なんか、凄く体の奥の方が、ギュギュっとするし!

「み、み、やだ・・」
耳のキスに抗議したのに。我ながら、声が小さすぎて、うん、伝わってない気がする。

パチドは大きく見開いた目で私の顔を覗き込んで。猛烈な勢いで、耳ばかりに唇と舌を集中させ始めた。

「あ、んぅ、くぅん、パチドの、ばかぁ。耳、くすぐったいってば!」
自分の声が、少しだけ、はっきりしてきて、あ、手も、少しだけ、動く。

が、がんばれ、私!
このままだと、泣くまで、耳をいじめられるぞ!

って、そんな想像、あたんなくてもいいのにっ。
パチドは、私の耳にキスを繰り返したうえに、唇が、耳たぶを挟み、耳の外側を何度もなぞって、呼気をそよがせる。

「ううーっ。耳、放してぇ。もぉ、やだぁ、ばかパチド、エロオヤジ!」

気が付いたら、泣いていて、私の手は、パチドの襟にかかっていて。
パチドは、両手で私の顔を挟んで。放心したように、私を見つめていた。



聞くところによると、私は、1年近くも、寝ていた?らしい。
いや、ゼリーとかシチューとかは呑み込めたみたいだし、座った姿勢も少しなら保てたみたいだから、完全に寝ていたわけではないのだろうけども。

呼んでも答えず、回復の兆しも見えない私を、パチドは世話し続けてくれたようで。
もう、親切通り越して、ものずき?

そんな苦労賭けた私が、目が覚めて初めて口にした言葉が『エロオヤジ!』だっただけでも大概なのに、世話をしてくれたと聞いた直後の私の言葉が、
「歯磨きは?!ちょっと、バイ菌まみれのファーストキスとか嫌なんだけど!?」
だったので、パチドは凹んでしまった。

あ、でも、キスの方は、『毎日、ちゃんと塩と布で磨いていた』というから許してあげた。

毒で壊れた血も、壊死した組織ににごった血も、パチドは全部自分の体と臓器を通して、回したらしい。かくし芸で人工透析器になれるって、どんだけ器用なんだ。
めちゃくちゃ危ないから、良い子は真似しちゃいけません、と本気で思う。

パチドは、俺がシェドじゃないなら、お前もミケじゃないという。継ぎはぐどころか、混ぜまくって練り込んでやったと。
少なくとも、今のパチドと今のミケは、血液も臓器も魔素も魔力も共有できるのだから、ぜったい同種だという。

嬉しい、けど、これはもう、チャドさんと同種になりたいという私の泣き言聞いたんだろうなぁ。ハズカシイ。

それから、パチドは、私を好きだと言った。アイシテイルのだそうだ。
うん、それはどうもありがとう?
私も、パチドが好きだと言った。シェドのようにではないけれど。

両方が好き同士だと、どうなるんだろう。
昔のミケが、シェドにのぞんだような、恋人とか結婚とかにはならない、よね。

そーゆーのはなんとなく、前途ある人々が、祝福を受けてそうなるものな気がする。
愛人とかも結構ハードルが高い。フェルニアもムーガルも、愛人って、わりと大っぴらなのだ。
私の場合はちょっと、世間様を大っぴらに歩くのは、はばかられる。

だから、両方好きでも、関係はかわらない、かな?
なんとなく、しどろもどろしてしまうのは、たぶん、死が遠くに行ってしまったことに慣れないからだ。うーん、当面、死なない、のか?私。

それはなんか、危ない気がする。
日陰の小さなカタツムリのように、あまり動かず、じっとして居よう。
もう、恨みをまき散らすこともなく、ただただじっとして居よう。

そう思っているだけなのに、元気がなくなったと心配されたのだろうか。
パチドは、私を抱かなくなった。

あ、時たま、それっぽい雰囲気になることはあるけれど、その時のパチドは凄く苦しそうな顔をしている。
私に悲鳴を上げさせそうで嫌なのだそうだ。

んーと、多分最初の方のあれかな。

パチドがめちゃくちゃ気に病むから。都合がいいから上げているだけの時だって結構あるのだと教えた。悲鳴を上げないほうが目的に有利なら、声帯なんて切り取った。
だから気にしないでいいと言ったら、余計苦し気な顔になった。
慰め方として、失敗だったらしい。

あーうー。じゃ、こういうのはどうだろう。パチドは、手術の時に、継ぎはぐ糸とかが足りなくて、周りの獣のパーツまで使ったって聞くから、その副作用で、ほんのちょびっと乱暴になるときがあったりするのじゃないでしょうか?って。

こっちの慰め方は、少しマシだったみたい。まぁ、少し考えれば嘘ってわかるけど。
フロラインに守られていたあの界隈にいた獣なんて、せいぜいパンダリスとかカラカラバトとか、そりゃぁもう、穏やかで、コロコロした小動物しかいなかったんだから。

なんども、好きだといわれて、なんども好きだと返す。
一緒にご飯を食べて、一緒にほんの少し散歩をする。

そんなに壊れ物を扱うように触れなくても、私は大丈夫だよ、パチド。
私が修羅場慣れしているのを知っているのに、丈夫で長持ちしそうに見えません?

私を置いて行っても、私をムーガルに持って行っても。私はどこの日陰でも、大丈夫だよ、パチド。
ムーガルに帰らなくていいの?軍の人たちは、半分以上引き上げたでしょう?

私を気遣ったりかばったりせずに、笑いものにしても大丈夫だよ、パチド。
元公妾で、監禁所の見世物だった厄介者を下賜されたと揶揄されるでしょう?

私はあなたが好きよ、パチド。
だから、何も心配してくれなくて大丈夫。
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