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60. 子どもができるといいのに
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ミケは、崖に腰かけて、足をぶらつかせていた。
最近のパチドは、ミケにとても甘くて、庭に出る勢いで魔素回廊を使っても、何も言わないので、魔の森に来ては散歩している。
普段はここに座っていだけで、心が落ち着いて、穏やかな気分になれるのだけど、今日はダメだ。
うじうじ、うじうじ。
うー、オキシトシンで頭が飛んで、とんでもないことを口走った。
恥ずかしいわぁ。まじに、飛び降りてやろうか。
今日もここの空気は澄んでいる。
柱状節理、きれいだなぁ。六角形にまっすぐ切り立った岩肌はすべすべで、迷いがない。
下を除き込むと、砂粒みたいに見える岩と、ひげ根みたいに見える川と。
ぜったい投身するならここがいい、って気になる。
完膚なきまでに焼き尽くされたのに、咲いている花が変わらない。
さんざん崩されたのに、崖の岩肌は、今も六角形だ。
ルカに魔道具を使って魔素を仕舞う方法を教えてあげたら、周りの国との交渉を全戦連勝でまとめてくる。そのおかげで、新生フェルニアは小さいながら独立国として存続して行けそうな気配になって来た。
莫迦弟かと思ったけど、結構しっかり者だ。
因みに、うちの姉も結構根性があって、旦那さんを引きずって、元気に新生フェルニアに紛れ込んでいた。
ルカ経由で、姉の話を聞いたところ、父母は敗戦で禄が途絶えるときいて、姉の結納金などを含む有り金を全部持って、心中の旅とやらに出かけたそうだ。本当に心中したか知らないけれど、完全に二人の世界で周りは見えてなかったから、こちらも気にしなくていいと姉は言った。
みんな元気だ。
パチドは、どうするのだろう。
いつまでもフェルニアにいるわけにはいかないと思う。
ムーガルで地位とか名誉とか領地とか爵位とか、色々もらってしまっているらしいしから。
自分が頑張って働いて正当にもらった貴族位だものね。
シェドは王様の血だけ継いだ庶子扱いで苦労しているから、パチドはそう言う苦労なく生きてくれたら嬉しい。
でもさ。
優しくされると、ほんとうにシェドみたいで錯覚しちゃうのよね。
き、きもちいし?
年単位で公妾やって、敗残系の嬲られ者までやっていたら、まぁ、あばずれと呼んでくる奴の言葉遣いを訂正してやろうとは思わない。
そのせいで、って言うのも変だけど、私、触れられて気持ちいいの、慣れてないんだわ。
ヤバすぎる奴は基本的に触覚鈍磨させてやり過ごしていたし、仇だった魔の森殲滅関係者は腹裂く感覚しか覚えてないしね。
いや、だって、こっちの都合にかまわず入れ代わり立ち代わり男がなだれ込んでくる環境で、今みたいな気持ちいいを感じていたらほんとに頭焼き切れて死ぬって。
だから、心身ともに、ルーチン化がすすんでいたのだ。魔道具ポッドの頭を圧して、お湯が出る、みたいな、さ。
魔力はイマイチだけど、魔素量が多いから、自分の体をごまかすのは得意だ。
12の時に折れた足を焼き落とせると確信したほど。
背中に入った毒の拡散を、何倍にもゆっくりさせられるほど。
怪我も病気も、魔素で覆って治ったかのように擬態できるほど。
それから、本当にどうしようもないときは、五感だろうが卵子だろうが鈍らせて、局所的な冬眠状態を作りだせるほど。
まぁ、これに関しては生き物が普通出来る防御すらしなくなるからうっかり死にそうで、なるべく自重しているけれど。
パチドは、そのルーチン中での知り合いでもあったから、実は寝るのに抵抗なかったりする。
でも、私の中で、シェドは、違うんだよね。
触れても触れられても、キスしても、目があっても、ぎゅってしても。シェドの気配が落ちたとこは、全部じわじわする。特別なとくべつ。
分ってはいる。パチドがいるって事自体が、シェドはいないってことなんだって。
それでも、シェドみたいな顔して、笑いかけて、優しくするから。特に頭の中がホルモンシェイクで混乱してるときとか、おかしなことを口走って自滅する。
で、昨晩、ついにやらかした。
『こういう日に子どもができるといいのに』
いや、本当に生むのは、理論的に無理。
毒はかなり回っているし、それでなくたって、内臓も膣内も子宮も傷ついて自分の胎内がガタガタなのは知っている。
ただ本当に、本当にほんのちょっと、夢を見た。
彼に、子どもか、楽しみだな、とか言われる夢。
さいてー。
繋がりを、未来に残そうとしていると、思われただろうか。
いつまで生きているつもりかと、失笑を誘っただろうか。
まだそばにいたいと喚く私の未練が、ばれただろうか。
あ、も、やだ。
私のばか。飛び降りたい。
☆
『子どもができるといいのに』
そう言った時のミケを思い出すと、パチドは腹が立って仕方がない。
パチドとしては当然、子どもができるようなことをしている自覚がある。
だが、ミケの言い方は、絶対にそんなことは起きないと、確信しているものだった。
子ども、なんて、起こりうる単語を、あんなに抽象的な記号として発音しやがって。
腕の中に存在しているはずのミケの体が、透きとおって、重量を感じ取れなくなっていく。
そのたびに、焦りで氷漬けになったかと思う。
まるでもう、ミケがとっくの昔に俺のことなど捨ててしまったかのようで。
ミケの熱さは自分の都合のいい夢で、本物のミケは、魔の森殲滅の記憶の中に溶けてしまったかのようで。
苦しみにまかせて、めちゃくちゃにしたくなる。
パチドよりも、シェドが、ミケに憎まれているのではないかと思うときがある。
お前のせいで苦しみ抜いて死ぬのだと、シェドに見せつけてこそ、彼女の復讐がかなうのではないかと、思うときがある。
最近のパチドは、ミケにとても甘くて、庭に出る勢いで魔素回廊を使っても、何も言わないので、魔の森に来ては散歩している。
普段はここに座っていだけで、心が落ち着いて、穏やかな気分になれるのだけど、今日はダメだ。
うじうじ、うじうじ。
うー、オキシトシンで頭が飛んで、とんでもないことを口走った。
恥ずかしいわぁ。まじに、飛び降りてやろうか。
今日もここの空気は澄んでいる。
柱状節理、きれいだなぁ。六角形にまっすぐ切り立った岩肌はすべすべで、迷いがない。
下を除き込むと、砂粒みたいに見える岩と、ひげ根みたいに見える川と。
ぜったい投身するならここがいい、って気になる。
完膚なきまでに焼き尽くされたのに、咲いている花が変わらない。
さんざん崩されたのに、崖の岩肌は、今も六角形だ。
ルカに魔道具を使って魔素を仕舞う方法を教えてあげたら、周りの国との交渉を全戦連勝でまとめてくる。そのおかげで、新生フェルニアは小さいながら独立国として存続して行けそうな気配になって来た。
莫迦弟かと思ったけど、結構しっかり者だ。
因みに、うちの姉も結構根性があって、旦那さんを引きずって、元気に新生フェルニアに紛れ込んでいた。
ルカ経由で、姉の話を聞いたところ、父母は敗戦で禄が途絶えるときいて、姉の結納金などを含む有り金を全部持って、心中の旅とやらに出かけたそうだ。本当に心中したか知らないけれど、完全に二人の世界で周りは見えてなかったから、こちらも気にしなくていいと姉は言った。
みんな元気だ。
パチドは、どうするのだろう。
いつまでもフェルニアにいるわけにはいかないと思う。
ムーガルで地位とか名誉とか領地とか爵位とか、色々もらってしまっているらしいしから。
自分が頑張って働いて正当にもらった貴族位だものね。
シェドは王様の血だけ継いだ庶子扱いで苦労しているから、パチドはそう言う苦労なく生きてくれたら嬉しい。
でもさ。
優しくされると、ほんとうにシェドみたいで錯覚しちゃうのよね。
き、きもちいし?
年単位で公妾やって、敗残系の嬲られ者までやっていたら、まぁ、あばずれと呼んでくる奴の言葉遣いを訂正してやろうとは思わない。
そのせいで、って言うのも変だけど、私、触れられて気持ちいいの、慣れてないんだわ。
ヤバすぎる奴は基本的に触覚鈍磨させてやり過ごしていたし、仇だった魔の森殲滅関係者は腹裂く感覚しか覚えてないしね。
いや、だって、こっちの都合にかまわず入れ代わり立ち代わり男がなだれ込んでくる環境で、今みたいな気持ちいいを感じていたらほんとに頭焼き切れて死ぬって。
だから、心身ともに、ルーチン化がすすんでいたのだ。魔道具ポッドの頭を圧して、お湯が出る、みたいな、さ。
魔力はイマイチだけど、魔素量が多いから、自分の体をごまかすのは得意だ。
12の時に折れた足を焼き落とせると確信したほど。
背中に入った毒の拡散を、何倍にもゆっくりさせられるほど。
怪我も病気も、魔素で覆って治ったかのように擬態できるほど。
それから、本当にどうしようもないときは、五感だろうが卵子だろうが鈍らせて、局所的な冬眠状態を作りだせるほど。
まぁ、これに関しては生き物が普通出来る防御すらしなくなるからうっかり死にそうで、なるべく自重しているけれど。
パチドは、そのルーチン中での知り合いでもあったから、実は寝るのに抵抗なかったりする。
でも、私の中で、シェドは、違うんだよね。
触れても触れられても、キスしても、目があっても、ぎゅってしても。シェドの気配が落ちたとこは、全部じわじわする。特別なとくべつ。
分ってはいる。パチドがいるって事自体が、シェドはいないってことなんだって。
それでも、シェドみたいな顔して、笑いかけて、優しくするから。特に頭の中がホルモンシェイクで混乱してるときとか、おかしなことを口走って自滅する。
で、昨晩、ついにやらかした。
『こういう日に子どもができるといいのに』
いや、本当に生むのは、理論的に無理。
毒はかなり回っているし、それでなくたって、内臓も膣内も子宮も傷ついて自分の胎内がガタガタなのは知っている。
ただ本当に、本当にほんのちょっと、夢を見た。
彼に、子どもか、楽しみだな、とか言われる夢。
さいてー。
繋がりを、未来に残そうとしていると、思われただろうか。
いつまで生きているつもりかと、失笑を誘っただろうか。
まだそばにいたいと喚く私の未練が、ばれただろうか。
あ、も、やだ。
私のばか。飛び降りたい。
☆
『子どもができるといいのに』
そう言った時のミケを思い出すと、パチドは腹が立って仕方がない。
パチドとしては当然、子どもができるようなことをしている自覚がある。
だが、ミケの言い方は、絶対にそんなことは起きないと、確信しているものだった。
子ども、なんて、起こりうる単語を、あんなに抽象的な記号として発音しやがって。
腕の中に存在しているはずのミケの体が、透きとおって、重量を感じ取れなくなっていく。
そのたびに、焦りで氷漬けになったかと思う。
まるでもう、ミケがとっくの昔に俺のことなど捨ててしまったかのようで。
ミケの熱さは自分の都合のいい夢で、本物のミケは、魔の森殲滅の記憶の中に溶けてしまったかのようで。
苦しみにまかせて、めちゃくちゃにしたくなる。
パチドよりも、シェドが、ミケに憎まれているのではないかと思うときがある。
お前のせいで苦しみ抜いて死ぬのだと、シェドに見せつけてこそ、彼女の復讐がかなうのではないかと、思うときがある。
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