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38. わざと

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色々気が抜けてしまったせいもあるけれど、それを差し引いても、ミケはわざとパチドを怒らせてしまっているのではないかと、思うときがある。
パチドとシェドの境目があいまいになっていくのが嫌で。

パチドは、ミケが部屋をあさり、戦略資料を読んでいたのをみて、裏切りだと思ったようだ。
逃げるためか、パチドに害をなすためか、フェルニアの残党貴族に情報を流すためか。
どれにしても、裏切りだと。

否定もせずに黙り込んだのは、ひょっとすると見栄だったのかもしれない。
ミケには逃げていくところなどなく、パチドを害する理由もなく、フェルニア貴族に至っては思い出したくもない。だから裏なんて存在しようがないのだ。
そう伝えたら、何となく同情される気がした。パチドに同情されるのは、ちょっと嫌かな。

パチドが怒っている。背中が、痛い。

私は昔、シェドに魔素を流すのが大好きだったのに、シェドが、『ミケの魔素』拒むようになったのは、なぜだったのだろう。

シェドの魔力が不安定になったのは、魔素を取り込まないせいなのに。
嫌われていたとは、思わない。シェドはいつだって私に優しかった。
残念頭と言いながら、たくさん撫でてくれる。
唇以外なら、たくさんキスだってしてくれた。
でも、私が迫るのは嫌がったから、他に好きな人がいたのかもしれない。

パチドが怒っている。背中が、痛い。

シェドは、優しすぎて、私だけ逃がして、バラバラになった。
シェドに好きな人が居たって、泣いて駄々をこねて、普段からいっぱい魔素を流せばよかった。
最後の瞬間だって、私がもっとしっかりしていれば、魔素を流せたかもしれない。
魔素さえ送りこめていれば、シェドはばらばらにならなかった。
魔素さえ送りこめていれば、シェドは、きっと跳べた。

両脚が折れていて動けなかった?
チャドさんを貫いて私の背中に刺さった槍が痛かった?
そんな程度のことで!

あの時をやり直せたなら。

背中が痛い背中が痛い背中が痛い。
もっと痛くていいから、あの時をやり直させて。

背中が痛い背中が痛い背中が痛い。
死んでしまっていいから、シェドに魔素を流させて。

動けない、根性なし。動けない、役立たず。
何度も見た夢だ。いつも、いつも、シェドが遠い。
一度でいい、近づいて。
夢の中だけでいい、間に合って。

そう思っていたら、シェドが、私に、近くなって、キスをしたのだ。
夢中で魔素を流しこんだ。

お願い、流れて。お願い!
必死でシェドの唇を追いかけて、舌を追いかけて。

そして。突き放された。
また。届かないの?

シェドの目は冷たくて、私に、現実をみろと促す。
「満足か?」

あ、パチ、ド・・?
そうか。夢か。
背中を弄られて、意識が飛びかけていたようだ。

シェドは、いない。

「ごめん、なさい」
ぼんやりと現実を反芻する。シェドは、いないのだ。

こんなに簡単に意識を飛ばして、恥ずかしい昔の夢を見て、パチドに魔素を思い切り流し込むなんて。
我ながら、平静ではない。

パチドは魔素を流されて、さらに怒ったようだ。
パチドにも好きな人が居るのかもしれない。

怖い顔で、怖いことを言っているのに、どこか泣いているような表情。
こんな顔をしている時のパチドが、いちばん容赦がない。

早く平静にならなきゃ。
シェドとパチドが混ざる程混乱しているときに責められたらきっと耐えられない。

大丈夫、大丈夫、酷くするのはパチド。
シェドは優しい。2人は別。

でも、パチドの指は、シェドのと同じなのだ。爪の形も、小指の付け根にあるホクロも。

シェドに情欲のまま触れられたら、多分嬉しくてうれしくて、気がふれる程感じてしまう。
シェドに憎しみのままひどく打たれたら、多分痛くて痛くて、死なせてほしいと懇願する。
何をされたって、正気でいられない。

はやく、はやく、冷静にならないと。
公妾だった時を思い出せ。心を揺らすな。

でも、復讐は終わってしまった。心を固めていた憎しみが消えてしまった。
パチドにも優しくされてしまった。あの人は私の頭をなぜた。熱を出した時にベッドにははこんでくれた。水を飲ませてくれた。

そして、今、呆けた私が思い切り流し込んだ魔素を受け入れてくれた。
それが、うれしかったのだと、シェドに最もして欲しかったことを、パチドがしてくれて嬉しかったのだと、気づいてしまうと、もうだめだった。

さっきは、死ぬのすら怖くないと思ったのに。
心も頭も千々に乱れてしまっている。こんな状態で、他人に嬲られたことなんてない。こんなひどい精神状態で体まで乱されたら、狂ってしまうかもしれない。
怖い、怖い、怖い。

震えが抑えきれない私を押さえつけて、シェドの目が私の背中を見ている?
違う、何も言ってくれないならパチドの目?
分らない、わからない。

涙が出てきて、誰かに縋りたくて、ひっく、ひっくと呼吸が勝手に吸いあがる。
涙なんて、何年も出なかったのに、シェドの気配があるだけで簡単に泣けてしまう。レンツに何度嬲られたって平気だったのに、この顔が見えただけで、あんなに大勢の前ですら泣いてしまった。

助けてシェド。怖いよぉ。

宣託を下すように、背中を揺らす声が聞こえてくる。

「さぁ、再開しようか。口を割ろうが割るまいが、二度と裏切れないように、骨の髄まで躾けてやる」
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