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10. 歪むフェルニアの魔力信仰 (ここからしばらく、ミケとシェドことパチドの子どもの頃と、ミケが公妾になるまでのお話になります)

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フェルニアは、つくづく歪な国だと、シェドは思う。

王族、といえば聞こえはいいが、実情は人権無しの燃料と戦車としか言いようがない。

喜怒哀楽が極上の魔素を産む王妃の家系と、その魔素を喰らって人外の力を得る王の家系。
その力と系譜に縋った信仰が人々をつなぐ。それがこの国のありようだった。

フェルニアは、軍事に優れた魔術師の国と言われるが、特別に高度な魔術が使える人間が出たわけではない。
ただ、出力側の魔力に特化した男と、入力用の魔素に特化した女の能力が別れたものが多く生まれるようになり、それを奇貨として、強引な教育と魔道具の開発により総合的な軍事力を進化させていったのだ。
魔素と魔力があわさって魔術になるのに。
奇形が定着するまでに淘汰圧がかけられ、魔素だけを生まされる王妃家系と、魔力だけを求められる王の家系がえりすぐられて行く。

だから、で片づけてよいものかは謎だが、王族の子どもたちに対する『教育』は、良く言っても虐待、もう少し言うならば、時に虐殺含む、といった様相を呈している。

確かに、王族系の貴族でさえあれば、衣食住は保証される。一応敬われてもいるらしいし、まぁ、教師も優秀なのがつく。勉学やら体術やら、戦術やら外交やらは。
だが、王族として働かせるために、修練という名のもとに魔力と心のありようを強制し、矯正し。そのためにはどんな手段も厭わない。

その象徴ともいうべき『教育』キャンプ。
20年に1度位行われる次代の王と王妃を選ぶイベントだ。
このイベントが当代の大無能王ティムマインを生んだと言うのに、反省の欠片もない。

王族として禄をもらっている家の年頃の子弟は、勝てそうな場合には、事実上強制参加の憂き目にあう。
それが今日からだ。

『教育』キャンプでは、体になじまない魔素もガンガン入れられるし、心身ともに酷使される。
その上、ああ考えろ、こう考えろ。こういう時は、この順番でどう感情を処理しろのと、歴代の王の力が強大化した時のノウハウがあるらしく、それを子弟に強要するためには、鞭だろうが地下牢だろうが、麻薬だろうが洗脳だろうが、何でもありだ。

次代を担える年代の王族の子どもは、男女合わせて十数人。
で、俺、シェド・ルーガは、運悪く、王の家系だ。庶子なので母親の方の家名であったルーガを使っている。

このバカバカしいキャンプになぞかかわらず逃げたかったが、国民やら地域社会やらの狂信的な目に囲まれたイベントとくれば、子どもの力じゃどうにもならない。

『教育』キャンプの参加者をざっと見まわした限り、もう少しで14になる俺はかなり年少な方だとおもう。
参加資格自体は11~17歳の男女、と広めにとってあるが、最終的にはルール無用の潰し合いになり年少の方が不利なので、実際には16、17の参加者がほとんどだ。

やる気のあるやつもいたし、もとの魔力や魔術力が多いやつもいた。
真剣に王や王妃を狙っている奴もいれば、子どもがキャンプに参加することで家族に支払われる金銭狙いの奴もいた。
真っ青なやつもいれば、向いていなさそうなやつもいて、当然俺は、自他とも認める、向いていなさそうなやつだ。

年齢的なハンデだと思いたいが、現状、我ながら体が小さく、筋力的にも弱っちい。
もとの魔力量だけは母親が心配する程多いものの、魔力のめぐりが悪いので裏目にでて、ちょっとしたことで、熱が出るわ倒れるわ。
加えて体質的に魔素のえり好みが激しいらしく、薬レベルでも相性の悪い魔素をぶち込まれると、簡単に死に損なう。

こんな使い勝手の悪い体で、教育虐待イベントに放り込まれるとか、誰得だよ。
母親はまた二人で逃げてしまおうと誘ってきたが、王の愛人と庶子として禄が支給されている以上それもどうかと思ったのだ。

あー、やだやだ。べつに王になりたいと思ったことはないし、なるべく罰を受けずに手をぬいてでやりすごせ・・・ないだろうなぁ。

この『教育』キャンプが終わった時には次の王と王妃がきまっていているが、これまでの結果から言うと、『教育』キャンプに放り込まれた子どもの半数は「壊れる」。

生き延びたやつも、中身が「壊れて」ないかは怪しい所だ。そんなキャンプで選んだ男女を機械的につがわせたところで夫婦仲は期待できないわけで。

王も王妃も代々、そこそこ力の強い血筋の貴族相手に好き勝手に愛人を作って子種ぶちまけ大会をかましているが、産まれる子供の数は減少の一途。魔力量や魔術量の多い子どもの数にいたってはさらに悲惨だ。
流石にこれ以上減ると、近しい親族に当たるんじゃないかと心配になる程。

それなのに、昔ながらのやり方で子どもを壊しまくるのだから非効率としかいいようがない。誰か止めろよと思うが、よってたかって、栄光は試練を乗り越えた者に!とか根拠のない根性論で押してくる。
これが有名な生存者バイアスってやつだろうか。

マジにつき合いたくないが、俺の場合、ぶちまけられた子種かつ生物学的な父親が王なわけで、どうにもならない。そのくせ諸事情あって病弱設定だったせいで、周りの子どもをほとんど知らない。

前に立って何やら解説をしているじいさんは、二十数年ぶりのイベントに感極まって涙をたなびかせながら演説中。苦しくとも耐えぬいてこそうんぬんかんぬん。飲まず食わずで魔物の檻に入って三日三晩?お前がやれよ。

俺からすれば「けっ」としか反応しようがない修練の話に、斜め前に立っていた15~6の男が冷や汗たらしながら、しゃがみ込んだ。
と、そいつの影になってみえなかった俺よりもさらに小さい女と目があう。
視界が開けたのを幸いと、きょろつき始め、俺を見つけると、全開でニコーっとわらった。

あー、コイツも放り込まれたのか。
多分、おれより『教育』に向いてない人間がいるとすればコイツだ。
ミケ・レンネル。王妃家系だ。俺より3つも年下だからどうみても最年少。

こいつとは、隠れ場所の趣味が似ているようで、何度か鉢合わせた。
俺は単純に嫌いな授業から逃げて、気に入った大人から借りた本で独学していただけなのだが、ミケはたいていギャン泣きを隠しに飛び込んできた。
そりゃそうだろう。
王妃家系の女の喜怒哀楽は極上の燃料なのだ。他国に一滴でも与えたくないと大人たちが考えてしまうような、えらく濃い魔素がとれてしまう。

そんなわけで、涙一滴でも敵に渡すことは許されない、とばかりに徹底的に自分の感受をコントロールするように躾られる。
・・・はずなのだが、喜怒哀楽が激しいくせに、要領の良いコイツは赤ん坊の頃から数分なら完璧なポーカーフェイスができるので。

周囲の大人を誤魔化したおし、躾と称して押し付けられる数々の無駄なルールをすり抜けて、なかなか感情豊かに生息している。

そのくだらない特技のポーカーフェイスを生かして、シェドのいる隠れ場所まで飛び込むと、泣くわ笑うわ飛び跳ねるわ。
死んだように凪いだ顔しか見せない貴族の中で、生きていくのにすら向いていない生き物といって過言ではない。

シェド個人としてはずいぶん楽しませてもらった。
が、こんな公衆の面前で笑うな馬鹿者。ここは隠れ場所じゃないぞ。
俺は手を下げたまま右手の親指を握り込む。落ち着け、顔戻せ、のサイン。
ミケは表情を消して前を向いた。

大丈夫、なんだろうか。
ミケは年のわりには要領が良いし、魔素の量も格段に多いが、ストレートな性格はいかんともしがたい。

教育キャンプには、感情をうつす魔道具やらも使われるし、洗脳もどきの感情同調とかも強要されるに決まっている。
ミケがミケのままふるまえば当然、そうでなくても年齢と血筋だけで、真っ先に標的になってしまう。
教育キャンプはデスゲーム系の乱闘イベントで、体が小さいとか、幼いだけで不利なのだ。
制限年齢ぎりぎりに下ぶれなんて、普通の親ならまず出さない。

まぁ、ミケの親は普通とは到底言えないのだが。

はぁ。はじまってしまったものは仕方がない。こいつをフォローできるなら、此処にいるのも無駄ではないと思おう。
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