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18.閉暗所恐怖症
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最近、キッチンがミーティングルーム化している。
サーファ・カウルが、両腕と、両目と、臓器と、使えるパーツを軒並み奪われて、亡くなっていることを伝えてからだ。
虹彩を移植したら虹彩認証を通れるのかや、髄液や臓器を軒並み取り替えたらメチル化部位の水素結合の切れ方は変わるのかを調べようと、無味乾燥系の論文とかを見ても、目の前につらい画像が浮かんでしまうので。
できれば、ひとりでいたくないし、ひとりにさせたくない。
あかりがもってきた情報は、カウルはすでに死んでいて、今のサーファはデジュであることと、カウルは公的に死んだことになっている日づけの後にも生きていたことを、同時に明らかにした。
だが結局のところ、優の死にカウルがどうかかわったかは、分からずじまいなのだ。
メンタルはともかくとして、セキュリティ対策では、さとるは、あかりが調達してきた発電機類で電力供給量を倍増させた。それから、サーファ・カウルのパスを全て無効にして、サーファ・デジュを完全に出禁にした挙句、次に屋敷にサーファが侵入した時には、赤丸じゃなくて蛍光ピンクでドクロマークを点滅させてやると息巻いている。
そんなわけで、さとるは、マニュアル類に没頭しすぎると頭がつかれるからと言い張って、キッチンのPCに陣取り、タブレットとマニュアルを持ち込んで、料理をしながら仕事をしていることが多くなった。
そうすると、これまた頭を使うときは食べながら派のあかりが、キッチンの机に陣取って、次々出てくるつまみやスイーツに手を出しながら猛烈に仕事をする。
さとるは、メイがひっきりなしに更新する、サーファの動向をはじめとした武装勢力の動きや、優の送り出した生徒たちとの連携で得られる情報などの材料をリアルタイムに聞きたがったし、
あかりの仕事の半分は、ますみが計算する、鉱床分布だの、採掘時の応力だの、磁性体以外の鉱物を高値で売る方法だのに基づいて、敦子と連携しながら具体的な計画や契約案に落とし込むことだったし、
ますみの仕事はサシャがつきっきりでサポートしていたし。
要するに三つ巴が四つ巴したような状態で。
結局キッチンは、ひっきりなしに人がいる作業場になりつつあった。
今日は、あかりが敦子からおくられて来た地図を読み解きながら、優の残した物資と照合していた。
「おっかしーなー、ねぇ、別邸の金庫って一個だった?」
「ああ、一個だな。ダミーっていうか、フェネックの飼い方の本が入って鍵がかかってない本棚化した金庫を入れれば二個だけど」
さとるが後ろを向いたまま答える。
「別邸に、加工した希土類や、強磁性体のサンプルが大量にあるはずなのよ。遮蔽壁が特殊だから金庫にはいらなかったのかも。地下室あった?」
「気づかなかったが、絶対ないかと聞かれると自信ないな」
さとるの答えは軽かったが、メイが過敏に反応した。
「すみません、あの時私が出血していたせいで急ぎましたよね。今から見てきます!」
すぐに駆けだしそうなメイの袖をつかんで、さとるがあかりの方に向く。
「ちょっとまてって・・!畑里、それ、サンプルって何キロ分くらい?」
「遮蔽壁の重さがわからないけど、多分50㎏とかあるんじゃないかと」
「わーった。探るだけになるかもだけど一緒に車で行ってみる。って、メイ、火ぐらい消させてっ」
車に乗せて別邸に向かいながら、なるべく普通の声で話しかける。
「メイは優の仕事、相当危ないとこまで手伝ってたのか?」
メイが一瞬動きを止め、さとるの方を向く。意を決したようでもあり、待っていたようでもあった。
「手伝おうとして、失敗しました。特殊な鉱物資源があることが分かったら、ここが内戦の中心になります。誰に渡せばうまくいくって答えなんて、もとからなくて。情報漏れるたびに何度も襲撃されて、もう、何と戦っているのかよくわからなくなって。それでも優さんはすごくて勝ちかけていました。」
メイは一気に言葉を吐き出した。
「前に、さとるさんとますみさんで、読み聞かせの話をしていたでしょう。資源と内戦の関係の話。あれ、続きあります。一人あたりの収入が2倍になると、内戦の可能性は半分になる。地下資源など一次産品の輸出がGDPの一割を占める国は内戦の可能性は一割、3割を占める国の可能性は三割、です」
「なる、ほど。続けてくれ」
「だから、優さんは、私たちの遺伝的に優位な語学能力や鉱物を、そのままじゃなくて、加工して、付加価値付きのお金に変える構想にこだわった。でも、そんな構想にもお金が必要で、資源地域の抗争を煽る人々の目に比較的つきにくいモルダバイトでお金を作ってました」
「随分と、大掛かりな話やってたんだな。妻だとか挨拶する代わりに、そういう話して欲しかったぞ」
「すみません。さとるさんとますみさんがどんな人か分かるまでは、サーファに自分が状況を操っていると思わせたくて」
別邸が見えてくると、メイの口は重くなった。
さとるからすれば、正直、強磁性体のサンプルより、メイの話のほうがきになったのだけれども。
見おぼえたままの経路で、金庫の部屋まで進んでいく。途中にダミーの金庫があるが、これは無視。中にフェネックの飼育本とかが入っていたあれだ。
優の部屋まで進むと、ぱっと見壁紙で見えにくいが、本物の金庫の扉が一つ。地下室に続く扉は確認できない。
鍵は持ってきたので金庫の中を再確認。
って何だ、これは。金庫の扉の裏側が二重底で配電盤?
片っ端からONにしていくと、金庫の床の一部が光って滑るように隙間があいた。
中には立派な階段。下に降りていくと、屋敷と同じタイプのモニタールーム。
優の凝り性め。
内側から開けられるように金具を差し込んでからメイを手招きして金庫の中に招き入れる。
そのとたんに、耳に激痛とひどい爆風が叩きつけてきた。
咄嗟にさとるがメイに覆いかぶさる。
金庫の外で、蛍光灯が割れる音がして、飛んできた家具がぶつかり金庫の扉が閉まった。
衝撃が止むと、さとるはすぐにメイを連れて、モニタールームまで移動し、モニターのスイッチを入れた。
モニターのコンソールの配置は屋敷と同じなので困らないが、部屋の電灯のスイッチの場所がわからない。下手な明かりまでピカピカついて目だったら目も当てられないので、電灯はあきらめて、敵の動きが見えるモニターを優先する。
真っ暗な部屋に灰色の荒い画像の点滅。
地上の部屋にドアをこわしながら防護マスクをした男が数人入ってきていた。
物色するのはおもに机や棚。音は入らなくても一目瞭然、狙いは人間以外のようで、漁っているのは主に紙類だ。
設計図や契約書的な重要なものは移動済みのはずだが、何か残っていたろうか。
いちおう音声もONにしてみる。しゃべらないので、今のところ、がさごそと紙の音がしているだけだが、まぁ、見つかったら『あったぞ』くらい言うのではなかろうか。
基本的には敵が諦めて出て行くまで潜んでいるのが得策だろう。
少し気が楽になったところで、メイの呼吸が不自然に早くなっているのに気づく。
「大丈夫か?傷が開いた?」
「いえ、すみません、ちょっとだけ閉暗所恐怖症なんです」
さとるは慌てた。
「そう、なのか?悪い、ちょっと今出て行かない方がいいみたいで」
どうしよう?いざとなったら蹴散らせるかな?と計算し始めるさとるをみてメイのほうが慌てる。
「わかっています、大丈夫ですから!」
「ペンライトで我慢できるか?」
さとるは、ポケットからペンライトをだすと、メイに握らせてつけた。
うす明るい球の中に、白い顔に汗をにじませたメイが浮かぶ。
「モーションセンサ使われますかね」
「いや、貧乏そうな装備だし、生体には興味なさそう。俺たちを狙ってきたワケじゃないんだろう。」
メイの喉がひきつる。
「出来ればしゃべり続けたいんですけど。まともなこと思い浮かばないや。・・・何か話をしてください。」
「何かって、なにがましだ?」
「できれば、優さんの話。」
「優の?」
急に言われると何を話していいかわからない。
つらつらと、言葉をつなぐ。
「ええと、今ひとつ他の親とは、ずれてた、かな。受験のときとかも変な理屈付けては、遊びに行こ~、体鍛えに行こ~って。受験は通ればいいのだ。一位で通るよりも、ぎりぎりで受かることを考えろ!とかいってさ」
「ふふ、言いそう。」
メイは、幸せそうにつぶやき、すこし呼吸がゆっくりになる。
「あとはなんだろ。えーっと、優は大食い。ますみの倍は食べる・・って食べ物ネタって明るいか?ごめん、よくわからなくて」
「あは。さとるさんの話は、ほとんどが明るく聞こえます。状況判断とかも、いかにも優さん自慢の『うちの子』って感じで。本当は私がごめん、ですね」
「なんでだ?」
「生意気ですし。察しが悪いみたいで。どうすればいいか分からないのでうまく謝れませんが」
生意気、って。これで生意気なら、畑里は切った爪の先まで生意気だろう。
「その、全然そうは思ってないけど、ますみのサシャへの気遣いとかに比べると俺は細やかじゃないし、そのせいで誤解させたなら悪かった」
「それは、良かったです。男性に好かれない自覚はありますが、あまり積極的に嫌われると凹みます」
「いや、だから、好かれまくってるだろって話なんだが、通じてないな。えーと、俺も大概察しが悪いから、嫌な時はちゃんと言えよ?」
メイの顔を見てちゃんと聞こえていることを確認すると、さとるはすごくそうっと、メイの肩に腕を回して抱いた。
こんなにスラスラ話すくせに、メイの肩はかなり震えていた。さとるの腕が触れると、メイは、ばれたかと言わんばかりに顔をしかめる。
「すみません。昔生き埋めにされたことがあって、ちょっと・・。大丈夫です。」
生き埋め?!気になるけど、明らかにその話題は避けないと今会話している意味がない気がして、さとるは言葉を飲み込む。
「俺が触りたいだけだから」
「嫌がったほうがいいですか?」
「いや、全然。できれば嫌がらないでくれると、って、うー、サシャが俺のこと嫌う理由がわかるわ。俺の話ってわかりにくいな」
「どちらかというとますみさんの言葉のわかりやすさが特殊でしょう。あれはあれで普通じゃないと思いますよ。」
「メイはさ、危ない場面になると、ものすごくますみを気にかけて、庇いにいくよな。自覚、ある?」
「一応。サシャが神経質になる程度には露骨になってしまっているのだとは思います」
「でも、ますみだけを好きってわけじゃない、とおもってもいいか?」
「ちがいますけど」
「けど?」
メイは乾いた唇を何度か小さく開こうとした。
「いえ、やっぱりいいです。畑里さんがおっしゃっていました。さとるさんは人類全員ますみ君を好きだと思っているけど、実際はさとるさんがますみ君を好きなだけだからほっとけって。」
あのやろ。
さとるがむくれているあいだに、メイはゆっくりとさとるの腕を外した。
「なんで外すかな。嫌か?」
「いいえ。そうではなくて、もう大丈夫ですから」
うそをつけ。冷たい手足と首筋。
スピーカーからガタガタガタと音がして、モニターを見ると、侵入者が本棚のファイルを落とし始めていた。
やれやれ、まだかかるのか。
「せっかく弱みにつけ込んでるんだから、嫌じゃないなら外すな。」
さとるが覗き込もうとするとメイは目をふせる。
「そんなことをしてくれなくてもいいです」
さとるはメイをちょっとだけ強引に抱きよせて、自分の両腕の中に入れた。
「ちゃんと嫌だって言えないメイが悪い。あいつら出て行くまで拘束な」
さとるが腕のなかでくるっとメイを回して、後ろから抱きしめる形で、モニター前の椅子に座る。
会話が途切れて、2人でモニターを注視することになった。
「紙ばっかり漁って、何を探しているんだろうな」
何人かが集まりはじめたのでスピーカーの音量を少し上げてみる。
『献体の同意書なんて、金庫に入れるものじゃないだろう。あきらめて引き上げよう』
男のつぶやきが聞こえて、思わず同意する。
そりゃ、そうだ。死んだときに周囲にわかってもらわなきゃ意味のない書類を、他人があけられない金庫にしずめてどうする。
「カウル・・・さんの、話でしょうか」
「たぶん」
ざっと考えて、ばらばらにパーツ取った遺体を火葬して捜査機関につっこまれたとか、そういうレベルの枝葉の話だと思う。
さとるは、惜しそうに腕をほどく。
「あいつら行ったみたいだな。うごける?」
「はい」
さとるは普通の電灯の方のスイッチを探して壁をパタパタし、
片っ端からスイッチを入れて部屋を光であふれさせた。
「じゃ、先に出てて。おれ、あそこのやまずみのサンプル何とかするわ」
そういってさとるが指さした部屋の隅には、大事そうな箱も数段重ねだが、その他にも、山盛りの粉末や粘土やインゴット。装備なく飛び出してきた自分を恥じる程・・・!
「ご、ご一緒します。明るいですしっ!」
やることができてほっとしたメイの周りを、さとるは一周ぐるっとまわる。
なにをしているのかと思えば、ケガが開いてないか等々、健康チェックしている模様。
それから、粘度をひとつまみだけ持たせた。
どういう判断ですかね、日が暮れますよ!
サーファ・カウルが、両腕と、両目と、臓器と、使えるパーツを軒並み奪われて、亡くなっていることを伝えてからだ。
虹彩を移植したら虹彩認証を通れるのかや、髄液や臓器を軒並み取り替えたらメチル化部位の水素結合の切れ方は変わるのかを調べようと、無味乾燥系の論文とかを見ても、目の前につらい画像が浮かんでしまうので。
できれば、ひとりでいたくないし、ひとりにさせたくない。
あかりがもってきた情報は、カウルはすでに死んでいて、今のサーファはデジュであることと、カウルは公的に死んだことになっている日づけの後にも生きていたことを、同時に明らかにした。
だが結局のところ、優の死にカウルがどうかかわったかは、分からずじまいなのだ。
メンタルはともかくとして、セキュリティ対策では、さとるは、あかりが調達してきた発電機類で電力供給量を倍増させた。それから、サーファ・カウルのパスを全て無効にして、サーファ・デジュを完全に出禁にした挙句、次に屋敷にサーファが侵入した時には、赤丸じゃなくて蛍光ピンクでドクロマークを点滅させてやると息巻いている。
そんなわけで、さとるは、マニュアル類に没頭しすぎると頭がつかれるからと言い張って、キッチンのPCに陣取り、タブレットとマニュアルを持ち込んで、料理をしながら仕事をしていることが多くなった。
そうすると、これまた頭を使うときは食べながら派のあかりが、キッチンの机に陣取って、次々出てくるつまみやスイーツに手を出しながら猛烈に仕事をする。
さとるは、メイがひっきりなしに更新する、サーファの動向をはじめとした武装勢力の動きや、優の送り出した生徒たちとの連携で得られる情報などの材料をリアルタイムに聞きたがったし、
あかりの仕事の半分は、ますみが計算する、鉱床分布だの、採掘時の応力だの、磁性体以外の鉱物を高値で売る方法だのに基づいて、敦子と連携しながら具体的な計画や契約案に落とし込むことだったし、
ますみの仕事はサシャがつきっきりでサポートしていたし。
要するに三つ巴が四つ巴したような状態で。
結局キッチンは、ひっきりなしに人がいる作業場になりつつあった。
今日は、あかりが敦子からおくられて来た地図を読み解きながら、優の残した物資と照合していた。
「おっかしーなー、ねぇ、別邸の金庫って一個だった?」
「ああ、一個だな。ダミーっていうか、フェネックの飼い方の本が入って鍵がかかってない本棚化した金庫を入れれば二個だけど」
さとるが後ろを向いたまま答える。
「別邸に、加工した希土類や、強磁性体のサンプルが大量にあるはずなのよ。遮蔽壁が特殊だから金庫にはいらなかったのかも。地下室あった?」
「気づかなかったが、絶対ないかと聞かれると自信ないな」
さとるの答えは軽かったが、メイが過敏に反応した。
「すみません、あの時私が出血していたせいで急ぎましたよね。今から見てきます!」
すぐに駆けだしそうなメイの袖をつかんで、さとるがあかりの方に向く。
「ちょっとまてって・・!畑里、それ、サンプルって何キロ分くらい?」
「遮蔽壁の重さがわからないけど、多分50㎏とかあるんじゃないかと」
「わーった。探るだけになるかもだけど一緒に車で行ってみる。って、メイ、火ぐらい消させてっ」
車に乗せて別邸に向かいながら、なるべく普通の声で話しかける。
「メイは優の仕事、相当危ないとこまで手伝ってたのか?」
メイが一瞬動きを止め、さとるの方を向く。意を決したようでもあり、待っていたようでもあった。
「手伝おうとして、失敗しました。特殊な鉱物資源があることが分かったら、ここが内戦の中心になります。誰に渡せばうまくいくって答えなんて、もとからなくて。情報漏れるたびに何度も襲撃されて、もう、何と戦っているのかよくわからなくなって。それでも優さんはすごくて勝ちかけていました。」
メイは一気に言葉を吐き出した。
「前に、さとるさんとますみさんで、読み聞かせの話をしていたでしょう。資源と内戦の関係の話。あれ、続きあります。一人あたりの収入が2倍になると、内戦の可能性は半分になる。地下資源など一次産品の輸出がGDPの一割を占める国は内戦の可能性は一割、3割を占める国の可能性は三割、です」
「なる、ほど。続けてくれ」
「だから、優さんは、私たちの遺伝的に優位な語学能力や鉱物を、そのままじゃなくて、加工して、付加価値付きのお金に変える構想にこだわった。でも、そんな構想にもお金が必要で、資源地域の抗争を煽る人々の目に比較的つきにくいモルダバイトでお金を作ってました」
「随分と、大掛かりな話やってたんだな。妻だとか挨拶する代わりに、そういう話して欲しかったぞ」
「すみません。さとるさんとますみさんがどんな人か分かるまでは、サーファに自分が状況を操っていると思わせたくて」
別邸が見えてくると、メイの口は重くなった。
さとるからすれば、正直、強磁性体のサンプルより、メイの話のほうがきになったのだけれども。
見おぼえたままの経路で、金庫の部屋まで進んでいく。途中にダミーの金庫があるが、これは無視。中にフェネックの飼育本とかが入っていたあれだ。
優の部屋まで進むと、ぱっと見壁紙で見えにくいが、本物の金庫の扉が一つ。地下室に続く扉は確認できない。
鍵は持ってきたので金庫の中を再確認。
って何だ、これは。金庫の扉の裏側が二重底で配電盤?
片っ端からONにしていくと、金庫の床の一部が光って滑るように隙間があいた。
中には立派な階段。下に降りていくと、屋敷と同じタイプのモニタールーム。
優の凝り性め。
内側から開けられるように金具を差し込んでからメイを手招きして金庫の中に招き入れる。
そのとたんに、耳に激痛とひどい爆風が叩きつけてきた。
咄嗟にさとるがメイに覆いかぶさる。
金庫の外で、蛍光灯が割れる音がして、飛んできた家具がぶつかり金庫の扉が閉まった。
衝撃が止むと、さとるはすぐにメイを連れて、モニタールームまで移動し、モニターのスイッチを入れた。
モニターのコンソールの配置は屋敷と同じなので困らないが、部屋の電灯のスイッチの場所がわからない。下手な明かりまでピカピカついて目だったら目も当てられないので、電灯はあきらめて、敵の動きが見えるモニターを優先する。
真っ暗な部屋に灰色の荒い画像の点滅。
地上の部屋にドアをこわしながら防護マスクをした男が数人入ってきていた。
物色するのはおもに机や棚。音は入らなくても一目瞭然、狙いは人間以外のようで、漁っているのは主に紙類だ。
設計図や契約書的な重要なものは移動済みのはずだが、何か残っていたろうか。
いちおう音声もONにしてみる。しゃべらないので、今のところ、がさごそと紙の音がしているだけだが、まぁ、見つかったら『あったぞ』くらい言うのではなかろうか。
基本的には敵が諦めて出て行くまで潜んでいるのが得策だろう。
少し気が楽になったところで、メイの呼吸が不自然に早くなっているのに気づく。
「大丈夫か?傷が開いた?」
「いえ、すみません、ちょっとだけ閉暗所恐怖症なんです」
さとるは慌てた。
「そう、なのか?悪い、ちょっと今出て行かない方がいいみたいで」
どうしよう?いざとなったら蹴散らせるかな?と計算し始めるさとるをみてメイのほうが慌てる。
「わかっています、大丈夫ですから!」
「ペンライトで我慢できるか?」
さとるは、ポケットからペンライトをだすと、メイに握らせてつけた。
うす明るい球の中に、白い顔に汗をにじませたメイが浮かぶ。
「モーションセンサ使われますかね」
「いや、貧乏そうな装備だし、生体には興味なさそう。俺たちを狙ってきたワケじゃないんだろう。」
メイの喉がひきつる。
「出来ればしゃべり続けたいんですけど。まともなこと思い浮かばないや。・・・何か話をしてください。」
「何かって、なにがましだ?」
「できれば、優さんの話。」
「優の?」
急に言われると何を話していいかわからない。
つらつらと、言葉をつなぐ。
「ええと、今ひとつ他の親とは、ずれてた、かな。受験のときとかも変な理屈付けては、遊びに行こ~、体鍛えに行こ~って。受験は通ればいいのだ。一位で通るよりも、ぎりぎりで受かることを考えろ!とかいってさ」
「ふふ、言いそう。」
メイは、幸せそうにつぶやき、すこし呼吸がゆっくりになる。
「あとはなんだろ。えーっと、優は大食い。ますみの倍は食べる・・って食べ物ネタって明るいか?ごめん、よくわからなくて」
「あは。さとるさんの話は、ほとんどが明るく聞こえます。状況判断とかも、いかにも優さん自慢の『うちの子』って感じで。本当は私がごめん、ですね」
「なんでだ?」
「生意気ですし。察しが悪いみたいで。どうすればいいか分からないのでうまく謝れませんが」
生意気、って。これで生意気なら、畑里は切った爪の先まで生意気だろう。
「その、全然そうは思ってないけど、ますみのサシャへの気遣いとかに比べると俺は細やかじゃないし、そのせいで誤解させたなら悪かった」
「それは、良かったです。男性に好かれない自覚はありますが、あまり積極的に嫌われると凹みます」
「いや、だから、好かれまくってるだろって話なんだが、通じてないな。えーと、俺も大概察しが悪いから、嫌な時はちゃんと言えよ?」
メイの顔を見てちゃんと聞こえていることを確認すると、さとるはすごくそうっと、メイの肩に腕を回して抱いた。
こんなにスラスラ話すくせに、メイの肩はかなり震えていた。さとるの腕が触れると、メイは、ばれたかと言わんばかりに顔をしかめる。
「すみません。昔生き埋めにされたことがあって、ちょっと・・。大丈夫です。」
生き埋め?!気になるけど、明らかにその話題は避けないと今会話している意味がない気がして、さとるは言葉を飲み込む。
「俺が触りたいだけだから」
「嫌がったほうがいいですか?」
「いや、全然。できれば嫌がらないでくれると、って、うー、サシャが俺のこと嫌う理由がわかるわ。俺の話ってわかりにくいな」
「どちらかというとますみさんの言葉のわかりやすさが特殊でしょう。あれはあれで普通じゃないと思いますよ。」
「メイはさ、危ない場面になると、ものすごくますみを気にかけて、庇いにいくよな。自覚、ある?」
「一応。サシャが神経質になる程度には露骨になってしまっているのだとは思います」
「でも、ますみだけを好きってわけじゃない、とおもってもいいか?」
「ちがいますけど」
「けど?」
メイは乾いた唇を何度か小さく開こうとした。
「いえ、やっぱりいいです。畑里さんがおっしゃっていました。さとるさんは人類全員ますみ君を好きだと思っているけど、実際はさとるさんがますみ君を好きなだけだからほっとけって。」
あのやろ。
さとるがむくれているあいだに、メイはゆっくりとさとるの腕を外した。
「なんで外すかな。嫌か?」
「いいえ。そうではなくて、もう大丈夫ですから」
うそをつけ。冷たい手足と首筋。
スピーカーからガタガタガタと音がして、モニターを見ると、侵入者が本棚のファイルを落とし始めていた。
やれやれ、まだかかるのか。
「せっかく弱みにつけ込んでるんだから、嫌じゃないなら外すな。」
さとるが覗き込もうとするとメイは目をふせる。
「そんなことをしてくれなくてもいいです」
さとるはメイをちょっとだけ強引に抱きよせて、自分の両腕の中に入れた。
「ちゃんと嫌だって言えないメイが悪い。あいつら出て行くまで拘束な」
さとるが腕のなかでくるっとメイを回して、後ろから抱きしめる形で、モニター前の椅子に座る。
会話が途切れて、2人でモニターを注視することになった。
「紙ばっかり漁って、何を探しているんだろうな」
何人かが集まりはじめたのでスピーカーの音量を少し上げてみる。
『献体の同意書なんて、金庫に入れるものじゃないだろう。あきらめて引き上げよう』
男のつぶやきが聞こえて、思わず同意する。
そりゃ、そうだ。死んだときに周囲にわかってもらわなきゃ意味のない書類を、他人があけられない金庫にしずめてどうする。
「カウル・・・さんの、話でしょうか」
「たぶん」
ざっと考えて、ばらばらにパーツ取った遺体を火葬して捜査機関につっこまれたとか、そういうレベルの枝葉の話だと思う。
さとるは、惜しそうに腕をほどく。
「あいつら行ったみたいだな。うごける?」
「はい」
さとるは普通の電灯の方のスイッチを探して壁をパタパタし、
片っ端からスイッチを入れて部屋を光であふれさせた。
「じゃ、先に出てて。おれ、あそこのやまずみのサンプル何とかするわ」
そういってさとるが指さした部屋の隅には、大事そうな箱も数段重ねだが、その他にも、山盛りの粉末や粘土やインゴット。装備なく飛び出してきた自分を恥じる程・・・!
「ご、ご一緒します。明るいですしっ!」
やることができてほっとしたメイの周りを、さとるは一周ぐるっとまわる。
なにをしているのかと思えば、ケガが開いてないか等々、健康チェックしている模様。
それから、粘度をひとつまみだけ持たせた。
どういう判断ですかね、日が暮れますよ!
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