ルイーズの献身～世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します！～

第1章

5 婚約者の来訪 ③

　
　我に返ったルイーズは、男爵のそばに行き声をかけた。

「おじさま、大丈夫ですか」

　ルイーズの声掛けに反応した男爵は、荒ぶる心を落ちつかせようと、自身の胸に手を押し付けながら近くの椅子に腰を掛けた。

「すまない、ここ最近あいつの様子がおかしいんだ。半年前……学園に入学したころは普通だったんだが」

「態度が豹変してるじゃないか。情緒不安定になっていたし、本人から何か話を聞いていないのか」

「聞いても『何でもない』としか答えないから調べてみたが、これといったことは分からなかった。ただ新しい環境での生活に浮足立っているだけかと思っていたんだ」

「……そうか」

　父親たちの会話を聞きながら、ルイーズは今日庭園で見た光景を思い出していた。

　（オスカーがああなった原因に、彼女は関係しているのかしら。決めつけはよくないけど、おじさまには彼女のことを伝えておいたほうが良さそうね）

　父親たちが考え込む中、ルイーズは口を開いた。

「おじさま、実は今日の午後 オスカーを学院近くの庭園で見かけたの。バラ園の中を同じ年ごろの女の子とふたりで仲良さげに歩いていたわ。同じ色合いの制服を着ていたから、お相手も学園の生徒だと思うの。私は友人と一緒で、すぐにその場を後にしたから……その後の様子は分からないのだけど」

「ルイーズちゃん、すまない。そんな場面を見て傷ついたろう。本当に申し訳ない。
でも、オスカーにそんな相手がいるなんて知らなかった……。それで婚約を解消したいなんて言ってきたのか？」

　最後は自問するかのようにつぶやく男爵は、オスカーの言動を理解できなかった自分にショックを隠せないようだ。

　（親子だからって、1から10まで理解するなんて難しい話だわ。ただ、婚約を解消したいなんて切り出した時点で、恋愛がらみかとは思うけど……）

　ルイーズが男爵の気持ちを慮っていると、ルーベルトがジャンに話しかけた。

「今は様子を見るしかないだろう。婚約に関しては、本当にその相手が原因なのかも定かではない。下手に刺激をしたら何をするかわからないぞ」

「ああ、そうだな……」

「白紙にする手続きはこちらでしておくから、オスカーにはそのことだけ伝えておいてくれ」

「わかった、必ず伝える。婚約の件と言い、アイツの態度の悪さといい、本当に申し訳なかった。書類の件、よろしく頼む。」

「承知した、そこは心配するな。今は下手なことをせずに、オスカーを見てやれよ」

「ああ……」

　がっくりと肩を落とし、力なく返事をしてその場を後にする男爵。その姿を見つめるルイーズとルーベルトのふたりは、黙って見送ることしかできなかった。


「ルイーズ、帰ってきてそうそうすまなかったな」

「大丈夫です」

「私とジャンで決めたふたりの婚約が、このような結果になってしまったこと……本当に申し訳なかった」

「謝罪は受け入れます。だからお父様も気にしないでください。
私がもう少し気遣っていれば、オスカーの変化にも気付くことができたかもしれません」

「いや、ルイーズは十分良くやってくれた。ジャンからも聞いていたんだ。オスカーの領地経営の勉強を見たり、身の回りの世話をしてくれていると。それを聞いて、安心していた。それに、ルイーズは家の手伝いもして、兄弟の面倒も見てくれていた。ジャンには偉そうなことを言ってしまったが、私も家族との時間を十分に取れていなかった。反省せねばなるまい」

　父親から、労いの言葉をもらえるなど思ってもいなかったルイーズは、心につかえていたモヤモヤが少しだけ解消されたような気がした。

　今なら父に言えるかもしれない。貴族令嬢としては我がままかもしれないがどうか許してほしい。


「お父様、お願いがあります。しばらくの間、婚約はしたくありません。それから……どうか少しだけ、私にこれからのことを考える時間をください。お願いします」