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第八回 溺れ、甘え、先立つ決意。

八の三(女達と雪掻き、懐いた大虎、甘える子猫)

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 /三


 夏は猛暑、冬は極寒の一年だ。今日も柴一族の庭園は、一面雪景色だった。

 客人は絢爛豪華な邸宅の雪模様を楽しむ。しかし使用人達は雪掻きをしなければならない。屋根の雪を下ろさなければ、歴史ある名望家が潰れてしまうからだ。
 男はもちろん、女中ですら雪掻きに駆り出されていた。
 危険な高所や門前の作業ではなく、細々とした場所を命じられている。とはいえ、とてもつらい力仕事には変わりない。

「これならまだ気難しい客のお酌をした方がマシよー」

 女中一同が一斉にボヤくほどの、大仕事だ。

 柴一族の庭園は広い。
 敷地を囲う門の中にも桃園があり、小さい湖があり、家畜が育てられ、数々の館が建てられている。そんな女達が雪掻きをするのは、敷地の端でひっそりと建つ書院の周りだった。
 その書院こそが、宋江に割り当てられた館の本来の名である。
 キャアキャアと文句を言いながら雪を集める女達の横で、宋江が手伝う。
 それから一時間後、一人の女中が「なぜお客様が雪掻きを!?」と絶叫し、女中全員が飛び跳ねて驚いた。

「あまりに皆さんが楽しそうでしたから、私も混ぜてもらおうと思いまして。男手があれば違うでしょう?」

 一時間も全員が気付かなかったことを謝罪されながらも、宋江は雪掻きを続けた。
 男にしては情けない体格だが、女とは言えない見た目をしている。
 発情期ヒートの七日を終えれば普通の男に戻れる宋江は、女達に混ざり楽しく喋りながら手を動かした。

「宋江様が居てくださって助かりました!」
「お噂通り、宋江様はお優しい御方ですね」

 ただ雪掻きを手伝っただけなのに、女達ははしゃぎ回る。
 客人に対するお世辞だと判っている宋江だが、満面の笑顔で喜ぶ彼女達を好ましく思えた。

「宋江様は他の男性と違って怖くないし、話しやすくて大好きです!」

 女中の一人が、邪気の無い笑みで言い放つ。
 女達は「殿方に向かって大好きだなんて、大胆!」と笑い合った。
 かしましい彼女達の笑顔に囲まれ、嫌な気分ではない。
 そうして雪掻きだけで一日が終わった。

 冷えた体を入浴で暖め、浄めた後に私室に戻る。
 発情期ヒートが収まり、二日が経っていた。
 召使いが室内清掃ベッドメイキングを終えた寝室は、獣の熱気など感じさせない、優雅な空間へと戻っていた。

「失礼します」

 優雅な館に相応しく、寝室に夕食が運び込まれてくる。
 静かな声で現れたのは、武松だった。

「皆、寒い中で仕事をしていましたから、今夜は熱い麺料理だそうです」
「湯気が凄いな。作りたてみたいだ」
「作りたてです。食べましょう。この天気じゃあすぐ冷めちまう」

 向かい合って座り、手を合わせ、二人で食事をする。平穏な夕食だ。
 腕の良い料理長による麺料理は一級で、疲れた宋江の体を心から暖めた。
 麺を啜りながら、今日の雪掻きについて話した。武松は静かに頷く。
 生真面目な性格らしく多くを語らず、必要以上は自分を曝け出そうとしなかった。
 だが無口という訳でもない。話し掛けられれば応じ、人並みに喋り、楽しければ口を開けて笑う男だった。

「なんで女どもの手伝いなんかしたのですか」

 丁寧な若者なのだが、言葉の端々に生粋の乱暴さが伺える。
 年上に礼儀を弁えて敬語で話していても、本性は荒く、女に厳しいようだった。

「大変な人を、助けない理由なんて無いよ」
「……そういうもんですか」
「うん。そういうものだ」

 豪雪が大変なのは、古い大家たいかに生まれた宋江には身に染みていた。
 子供の頃は大雪が嬉しくて弟の宋清そうせいと遊んだが、雪掻きに泣いていた使用人達の姿を覚えている。

「私達だけが楽をして、使用人が苦労しているなんて、おかしいだろう? 目の前に大変そうにしている人がいたら声を掛けて、助ける。当然のことだよ」

 とはいえ、子供の手伝いなんて高が知れている。結局弟との雪遊びの延長だった。
 冬は雪遊びが楽しかった。春は花家かけと花見に出かけるのが楽しみだった。
 実弟と遊んだ思い出に浸っていると、武松がいつの間にか食べ終えた食器を片付けていた。
 宋江の器も消えていて、まるで一流の従者のように振る舞っている。

「武松。そんなこと、しなくていいんだよ」

 自分も手伝うと立ち上がる。しかしギッと鋭い視線を向けられた。
 物静かで誠実な男と思いきや、反発して凍るような目で睨むこともある。
 その鋭さに怯え、思わず宋江が肩を震わせていると、

「……宋江様。薬を飲まなくていいんですか」

 武松は目を逸らしながら、おそるおそる声を絞り出した。

「何から何までありがとう。……武松は本当に優しいな」

 抑制薬を飲んで落ち着く。
 就寝の準備を終え、整えられた寝具に腰掛け、明日のことを案じた。
 発情期が終わって三日目ならば、柴進に会っても大事が無い筈。
 そろそろ挨拶をすべきだろう――そう考えていると、武松がまた部屋を訪れた。
 何も言わず、物静かな動きで、宋江が座る横に腰を下ろした。そのまま擦り寄り、宋江の肩へ頭を軽く乗せる。
 見上げるほど体格が良い大男だが、まるで子猫のように甘えていた。

(もうずっと、こんな感じだ。困ったな……)

 武松には割り当てられた部屋がある。雑多な部屋だったが、病にうなされる武松を看病した三日間のうちに掃除をして、一新した。
 だから心地良く眠れる寝床があるのだが、武松は発情期の七日間が終わっても、宋江のもとから離れようとはしなかった。
 撫でてもらうのを待つ子猫のように、体を寄せ、静かに目を瞑っている。
 高熱に冒され睨んでいた姿とは思えぬほど、端整だがひどく幼い顔の男になっていた。

(荒くれ者だと思ったら、良くできた大人みたいになって、突然気難しくなったり、今度は猫みたいに甘えて……。多重人格というやつなのかな)

 いつ見ても武松という男は、顔が変わる。今の武松は、ただの甘えん坊だった。

「武松。休もうか。灯りを消そう」

 その言葉に嬉しそうに頷いた武松と共に、同じ寝台ベッドに寝そべる。
 暗くなった室内で、武松は自分の腕を枕にしろと言わんばかりに体を寄せてきた。
 それだと武松が疲れるだろうと断ると、やたら切なそうに唸った。
 耐えきれなくて仕方なく身を任せると、無言ながら喜んで、額に唇を落としてきた。
 もしかしたら彼は……大人に見せかけて、李逵以上に幼い子供なのかもしれない。

(そんな彼を、私は襲った。自分の快楽のために……)

 武松を突き放せないのは、彼が難しい性格だからではない。
 礼を言いに来た理性ある男を誘惑して、滅茶苦茶にしてしまった。
 その罪悪感から強く言うことができなかった。

 ――あの七日間、武松と毎秒のように体を重ね合った。
 快楽を求め合い、話もせず、互いのこともよく知らないまま至るところを犯してもらった。逞しい武松の肉棒で何度も達し、蕩ける刺激に幾度も酔った。
 最高の七日間だった。そして宋江の身に残ったのは、無上の解放感と、身勝手に狂わせてしまったという自責の念だった。

(この子がまだ私から離れないということは……洗脳が解けてないのか)

 七日間の性行セックス三昧から抜けられても、宋江の傍に四六時中いようとする。
 薬をいつも以上に飲んでいるが、未だに異香フェロモンの魔力から逃れられないのだろう。

(武松だって、私のような男に魅了されるのはおかしいと思っているに違いない。早く、元の生活に戻してあげなくては……)

 薬の量を更に増やそう。明日にでも自分から離れるように言おう。
 いや、今からでも離れるように言うべきかと、宋江は武松の名を呼ぶ。
 すると武松が、宋江を腕の中に抱く。
 苦しくはない。暖かく柔らかい寝床で優しく抱かれ、心地良さすら覚える。
 武松は既に寝息を立てていた。
 飼い主の傍で安心しきって眠る猫のように、可愛らしい寝顔を浮かべていた。



 宋江と十日ぶりに顔を合わせた柴進は、宋江の背後に虎がうろついていることに気付いた。
 あの乱暴者の武松が大人しく、宋江と共に雪掻きを手伝っている。不可解だった。

「どうしてお客人である宋江殿が、女中の手伝いなど?」
「助け合えば少ない時間で済みます。ここに住まわせてもらっているお礼をさせてください」

 病み上がりの筈の宋江が女中達に混じっていることには驚きだが、もう一人の病み上がりの筈の武松もまた、雪掻きに励んでいる。
 武松は見るからに若くて力が強く、どんな男にも負けない逞しさがある。雪掻きなんてお手の物だろう。文句のつけようがない。
 仕事は丁寧で、何より顔が良い。女中達は武松が動くたびに黄色い声を上げ、何気なく笑いかけられると、失神した。
 柴進の目からすると、すっかり牙を抜かれた腑抜けのように見える。
 そんな武松は柴進の顔を見るなり、地に伏して、拝礼した。
 ……門の外で血にまみれて倒れ、手当をしてやっても怒鳴り散らした武松とは、別人だった。

「罪人の身でありますが拝顔させていただきます。小旋風しょうせんぷう柴進様の、格別のご厚情とご庇護を預かり、誠に御礼申し上げます」
「構いません。顔を上げなさい。色男の顔に凍傷やけどを負わせたくありません。……わたくしより先に、宋江殿に何かとご指導を貰えたようですね? 良かったですわ」

 頷く武松に、柴進は内心ガッカリした。
 荒々しく牙を向く男だからこそ屋敷に受け入れた柴進としては、あまり面白くない反応だからだ。
 落胆した。さっさとこの屋敷から去らせよう。
 武松に興味を失った柴進がそう考えていると、挨拶を終えた武松が首を傾げる。
 そのまま、謎の言葉を繰り出した。

「なんで柴進様は『宋江様』と呼ばないのですか?」

 ……それを聞いた柴進はもちろん、隣に居た宋江も素っ頓狂な声を上げる。
 そんな声を上げられた武松も、驚いて目を丸くした。

「……わたくしが、『宋江様』とお呼びしないことに、何か?」
「問題でしょう? 宋江様はこの上ないほど聖人で良い御方だ。無礼極まりない俺を救ってくださった。第二の兄として尊敬している。女達にも無償で手を貸すほどで、そしてあんたは……いや、失礼、貴方は宋江様よりどう見ても年下なのに、礼儀を尽くさないなんて。あっ、何か理由があるのですか?」

 敬語を使って頭を下げている。
 だがそれだけで、武松の目は、『若干の敵意』すら含んでいた。
 その敵意は、『敬愛する宋江』あってこそのもの。
 ……隣で聞いていた宋江は、大慌てで武松と柴進の間に入った。

「わ、私はただの一般庶民ですからっ! 大周皇帝の血筋、今世の孟嘗君もうしょうくんとも言われる柴進様のような御方に、そんな、そんなっ……!」

 それを聞いた武松は、暫し宋江の顔を静かに見つめた後、

「……もしかしてこの女、ただのでかい家に住んでる金持ちじゃないのか?」

 と、何を今更という発言をする。
 皇女が支配する敷地に居るにも関わらず『この女』呼ばわりは、生まれて初めて。
 皇族であれ説教をする宋江という異分子イレギュラーを気に入った柴進にとって、武松の一言は、腹が捩れるほどのツボに入った。



 あまりに笑い過ぎた柴進を見た家人達は皆、

「怒っているのか本気で笑っているのか、さっぱり判らない」

 と怯えながら、機嫌取りのように宴を開くことにした。
 断ろうにも、「宋江と武松が快調した祝い」とされては出席しない訳にいかない。
 宴の席では当然のように宋江の隣に柴進が座り、そして逆隣には、身を寄せるように武松が座った。
 酒を煽る柴進は、楽しそうに武松と話をする。
 武松も一見、何事も無く愉快な話をした。
 だが時折、相手を選ばぬとんでもない発言をするので、宋江は肝を冷やした。

「あー、笑いました笑いました。青くなったり赤くなったりする宋江殿が、いえ、宋江様が面白いですわ。一人でお色直ししているみたい」
「柴進様……お戯れを……」

 酒宴の半分は、宋江をからかうためのようなものだった。
 宋江は一喜一憂しながらも、酒を飲む。
 回復した体に流し込む高級酒は絶品。
 そして一触即発だった柴進と武松は、なんだかんだ話が盛り上がり、やはり柴家の宴はいつも通り楽しいものとなった。

「宋江様と武松に、衣装でも仕立ててあげなさい。旅するときの晴れ姿にどうぞ」

 宴の最後に柴進は使用人に命ずると、倉から秘蔵の織物を出させた。
 酔っ払った二人は、あっという間に人前で衣服を剥がれ、採寸を測られる。
 相変わらず常識に囚われない人柄に、宋江は笑うしかなかった。

 ――夜遅くまで続いた宴が終わり、雪掻きを終えた庭道を歩く。
 書院に向かう夜道でも、武松は宋江から離れない。
 互いに酔っていたので、体を支えるため、寄り添っていた。

「武松は、旅をよくするのかい?」

 柴進の言葉を思い出した宋江は、酒で惚けた顔のまま、問う。
 薬を飲むため水を飲んだが、頭はいつも以上に軽い。
 やや千鳥足の武松は、酔っているせいか普段より大きな声で頷いた。

「旅は、よくしました。兄のところに居たくなくて、あちこち歩き回っていました」
「ああ、武松にはお兄さんがいるって言っていたな」
「……いました、です」

 その一言で、宋江は正気に戻る。
 武松本人は気にした風ではないが、長くは語らなかった。
 兄の話題でなくても、武松は自分自身を多く語りたがらない。旅をしていた以上の言葉は、続かなかった。

「宋江様は、旅行はお好きですか」

 だから必然的に旅の話は、宋江が受け持つことになる。

「……遠出は、したことないんだ」
「どうして」
「どうして、か。体が弱くて、つい最近まで……自宅で籠りっきりの生活を送っていたから。外に出られるようになった後は、懸命に働いて……」

 地下室から出た後も、薬を飲んでいるとはいえ、無駄な外出は控えていた。
 下級役人として働くために街で一人暮らしを始めてからも、ただひたすらに人の為になるべく働き、休日は全て発情期に潰された。
 そんな働き漬けの日々を送っていると、見かねた父と弟が、宋家で働く女中を「妻にしろ」と押し付けた。
 成人した男が妻も持たないのは格好がつかないと言われ、実際家事をしてくれる者がいたら助かったので、結婚を受け入れた。
 結婚してからは、休日を楽しむことも増えた。
 妻という名の使用人ではあったが、家族になろうと愛を囁き、抱き合うこともあり、穏やかな日々が多くなった。

 その生活も、一年もせずに終わる。
 悲しみのあまり、仕事に没頭した。
 すると、同僚達と過ごす時間が増え……。

「……友がいたから、釣りに行ったり、演劇を観に行ったりした。誰かと話すことが好きだから、近所の人達とたくさん酒盛りをしたよ。……でも、遠くに行くことは、できなかった。……毎日必死だったからかもしれないな……」
「どこか行きたい場所はありませんか」

 遠くを見つめて友二人を思い浮かべる宋江に、武松が尋ねる。
 首を振るい、特に思い当たらないと告げた。
 外の世界に何があるのか、世間知らずの宋江には判らない。だからパッと思いつかなかった。

「じゃあ何か、今、してみたいことはありませんか」

 寝室として使っている書院に到着し、武松が寝床へと導く。
 体を冷やさないようにと何重にも掛け布団を重ねて、就寝の準備を始めた。
 今夜の武松は、面倒見の良い弟のようだった。
 束ねていた髪を解きながら、思案する。

「花が見たい。……かもしれない」
 呟いたのは、とても長い時間、思案した末のことだった。


 ――春になるたびに、幼馴染の家に向かった。
 暖かくなった春の中、幼い宋清と花栄を両手に連れて駆け回るのが好きだった。
 元気な弟達に引っ張られながら、山菜を獲りに行ったり、川で綺麗な石を探して積んだり、野原を摘んで遊ぶ光景が、今も心の中で鮮明に思い描ける。

「なら、晴れ着を仕立てられたら、花を見に行きましょう」
「はは……着物は柴進様のご命令なら、すぐに仕上がるぞ。まだ花は咲かない」
「雪の中でも咲く花はあります。前に旅の途中で見ましたので、行きますか」
「武松は物知りだな。……案内、してくれるのかい?」

 宋江の寝台に武松が腰掛け、手招きする。
 手招きされて、そのまま近づこうとして……止まった。

 そういえば昨夜、武松にしなければならない話を思いついた。
 なのにこの時間まで『武松を洗脳していた事実』を忘れていた。
 自分の快楽の為に武松を巻き込んだというのに。今度は、自分の思い出の為に武松に案内をさせるつもりか。
 いくらなんでも、こんなに縋ってよいものではない。
 首を振るおうとする。

 だが武松の大きな掌が宋江の腕を掴む。ぐいっと引き寄せられた。
 無理矢理に座らされ、そのまま腕の中に閉じ込められてしまう。
 引いた腕は強く、激しかったが、抱き締める腕は優しかった。

「案内します。今からでも、春になってからでもいい。花を見に行きましょう」
「あ……ありがとう、武松……」

 穏やかな口調で抱き締められて、涙が滲んだ。嬉し涙が零れ落ちる。
 武松は微笑み深呼吸をすると、流れる涙を拭うべく、優しく瞼に唇を寄せ……。


 弾け飛ぶように、宋江は武松から後ずさった。

「……宋江様?」
「す、すまない。武松、先に寝ていてくれ。……トイレに行かないと。その、飲みすぎたから寝る前に行っておかないと、な」

 酔った足を引き摺りながら、逃げる。

 小さな館の暗い廊下に、崩れ落ちるようにして、蹲った。
 胸元に忍ばせていた薬を取り出し、一気に口へと放り込む。

(どうしてすぐに離れなかった? 本当の話をしなきゃだろう? 何を流されているんだ。私はまた、武松に香りを嗅がせて……涙を吸わせて……惑わす気か? また、私好みに狂わせる気か!?)

 薬は適量以上飲むべきではない。
 判っていた。それでも止められない。

 あんなにも心根が優しい彼を、もう、獣のようにしたくはない。
 血走り、涎を垂らし唸る理性なき獣になど、させたくはなかった。
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