鈴の鳴る夜に

文月 沙織

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帰路 四

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 真新しい木の匂い。新しい家の匂いにつつまれ、花若であり、ゆかりとも名乗っていた清治は己がするべきことをしようとしていた。
 椅子をもってきて、女物の着物の帯をほどくと、それを鴨居にかける。
 東條がこの屋敷にきて自分を見つけたらさぞ驚くだろう、と皮肉に思いながら準備をした。
(つまらない人生だったなぁ……)
 心を決めて椅子を蹴った瞬間、清治は意識をうしなった。

「なんて馬鹿なことをするんだ!」
 ひどい痛みを自覚しながらその声にうしなっていた意識をとりもどし、清治は咳こんだ。
「馬鹿、大馬鹿!」
 たしかに馬鹿だ。だが、どんな愚かな人間にもひとかけらの自尊心はあるのだ。それを見せつけてやりたくてこんな真似をしてしまったのかもしれない。
「は、はなしてください……」
 東條はひどく怒っているが、その目の奥には奇妙な哀しみが宿り、なにか遠い日に置きざりにしたものを思い出しているようだ。
「まったく目が離せないな、君は」
 そういって強く花若を抱きしめた。
(あ……)
 その態度は愛玩動物やゆきずりの男娼にたいするものではなく、真摯な熱をふくんでいた。
「たしかに私は悪い男だ。悪党だが……君が欲しい。……君と一緒にいたい、と思っているのは本心なんだよ。死ぬ前にもう少し、私に付き合ってみないか?」
 背広ごしに東條の体温に接していると、母と姉を空襲でうしなったときから、いや、それこそ物心ついたころから胸にひそめていた破滅の願望が、清治のなかですこしくずれていく。
 死ぬのはいつでもできる。もう少し生きてみようか、とすら思えた。

                                       終わり
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みんなの感想(1件)

リリーブルー

こんにちは。写真に撮られてほしいです。
大型の写真機で。
今のスマホで撮るのより、恥ずかしさ倍増ですよね。

文月 沙織
2017.11.26 文月 沙織

ご感想ありがとうございます。拙作ですが、最後まで気長におつきあいください。

解除

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