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夢幻のはざま 四
しおりを挟む通された場所は稽古場の脇であり、舞台となる板場には四角のかたちに四方に紗が張ってある。まるで平安時代の貴人の座席のようで、ふしぎとおごそかな空気に満ちていた。
竜樹と須藤が座っている場所からは、かすかに帳がひらき、なかの様子がうかがえるようになっており、竜樹はどぎまぎしながらも少年の好奇心と欲望に勝てず、そっと視線をおくった。
竜樹たちからは見えないが、向かい側からは地謡や笛、鼓の音律が響き、かすかに数人の人の気配が感じられる。
「皆、かたく口止めしてあります。勿論、須藤さんたちもここで見聞きしたことは他言無用でお願いします」
「承知しました」
念を押す小島にうすく笑って答える須藤の横顔を見ながら、竜樹はいよいよ自分たちが見てはならないものを見るのだという背徳感に背をふるわせた。
いけないことだと思いつつも、やはり座を立とうとは思わない。
「もし、途中で退屈なされば、いつでも、席をはずしていたただいて結構ですが、その際は音はたてないようにお願いします」
「まさか、退屈なんてするわけないですよ。な、竜樹」
須藤の声にこたえることができず、竜樹はうつむくしかない。耳朶があつくなりそうだ。
「では……」
袴の裾をかすかに揺らして小島は白紗の帳のなかへ消える。霞がかった幕のむこうでこれから行われることに竜樹は心臓がはげしく鳴るのをおさえられない。雲を切りわけるように開いた布の隙間から、そっと須藤が内部を覗いた。
鼓と笛の音にまじって、かけ声が響く。その音に急かされるようにして竜樹は座布団をはなれ、須藤とともに幕内をうかがった。
幽玄的な音律に合わせて、白装束の舞手の身体がうごく。顔には夕方の舞のときと同じく面をかぶっているだけで、鬘もない。白い衣は覚悟をきめたうえでの死に装束にも思えて、美しくも不吉な雰囲気がただよっているが、それを眺める男たちの顔はますます貪欲そうに脂ぎっている。
「贅沢なものですな、こうして鈴希さんの舞を我々だけで鑑賞できるのですから」
房木がにやにやしながら言うのに、ひかえている小島が小声でなにやら呟いた。
「ああ、そうそう、ここでは〝花若〟だったな。そうだ、花若さんと呼ばないといけないんだった」
房木は酔って赤くなった顔でわざとらしくにやつく。
舞が始まるまえに、小島は進言した。
「今宵の宴で舞うまえに、鈴希様からのお願いでございます。どうか今宵一夜、ここでは鈴希様のお名前を出さず、仮りの名として〝花若〟と呼んでいただけないでしょうか?」
花若とは鈴希がはじめて能の舞台に立ったときの役名でもある。
「かつては江口の遊女だとてまことの名は捨て客の相手をしたはず。今宵一夜だけはお情けと思って、鈴希様の名は伏せておいてください」
最初これに川堀は眉をゆがめた。
彼は他の誰でもない雛倉鈴希を玩弄したくてたまらないのだ。この地の名家の当主であり、由緒ただしい血筋の若君を蹂躙するということに、好色漢らしく欲望を燃やしていたのだが、主賓となる東條がさきに口をひらいた。
「面白そうですね。いいですよ。今宵一夜、我々をたのしませてくれるのは花若なのですね」
「さらにもうひとつお願いがございます。どうか、面は最後までつけたままで……」
「顔が見えんと楽しくないじゃないか」
房木の苦情に、小島は板に手をついたまま言葉をつらねた。
「鈴希様のお言葉です。何をされても、どんなことをしても我慢します。ですが、面を取るのだけはご容赦ください、と」
さすがにこれには東條も目を瞬いたが「それはそれで面白そうですね」ということで納得した。鈴希の伝言に、羞恥の喘ぎを感じてかえって興が増したのだろう。
この三人のなかでは東條が、招かれて来ただけあって一番発言力があるようだ。東京で手広く仕事をしている彼となんとかして縁をつよめたい川堀たちは、とにかく今夜、鈴希をつかって彼を接待して楽しませ、機嫌をとりむすぼうと必死なのだ。
こうして宴ははじまり、舞台の中央では白装束の天女が舞っていたが、区切りをつけたのは酔いのまわった川堀の声だった。
「そろそろ、別の趣向で楽しませてもらおうか。すず、ではなく、花若さん、脱いでもらおうかな」
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