鈴の鳴る夜に

文月 沙織

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夜の稽古 七

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「鈴希様、今夜は最後の仕上げにいきましょうか?」
 小島のつめたい微笑に鈴希は頬を赤らめて睨みかえした。
「これ以上何をする気だ?」
 連日の過酷な調教で鈴希の心は切りきざまれている。それでも負けん気をうしなわず、その両目に黒い火をたちのぼらせている鈴希を見る小島の目は、世にもたぐいまれな美術品を鑑賞している喜びに満ちている。 
「今夜は少し準備に手間取りましたよ。さ、そこへ立ってください」
 いやいやながらも指示された舞台中央へいく鈴希に、さらに小島は命令する。
「着物を脱いでください」
 幾度となくくりかえした行為だが、どうしても鈴希は慣れることができないでいる。しぶしぶと、それでも精一杯の抵抗でゆっくりと帯を解き、着物や袴を脱いでいく。ひんやりと黄櫨染こうろぜんの禁色にもかがやく床のうえに、先日の杜若の花を散らしたように紺色の布がひろがった。
 本来ならこの板のうえでは、荘厳かつ幽玄的な舞がおこなわれ、磨きぬかれた至芸によって雅びやかな物語が展開され、見る者を夢の世界に招くはずが、どういう運命の転変でか、雛倉家の当主がこんなおぞましい真似を強いられているのだ。
 鈴希はいったい何度目か、唇を噛んでまたその色を濃くしていた。
「そう、全部脱いでください」
 電球の灯りを抑えめにしてある薄暗い稽古場に、雪白の肌があらわになっていく。
 自身はたすき掛けにして着物の腕をまくりあげていた小島は、もたもたしている鈴希をせかした。
「鈴希様、なにをしているんですか? さ、早く」
 耐えられなくなったように手を止めていた鈴希に、容赦なく小島が脅しの声がかかる。やがて一糸まとわぬ姿にされた鈴希は屈辱にふるえながら顔を伏せてそこに立った。
「いつもながらお美しいお身体ですね……。ほれぼれしますよ」
 小島が極上の美酒を味わったような声でおくる賛辞に、いっそう鈴希の頬が赤らむ。
 小島は鈴希の恥じらいぶりをしばし楽しんでから、あらかじめ準備していたのか、天井にとりつけてある滑車から二本の縄を下ろし、鈴希の両手にそれぞれ結びつける。鈴希は全身の血が引いていくように青ざめていく。
「な、何をするんだ?」
「今日はここで鈴希様にお馬乗りをしていただこうと思いましてね」
「な、なに?」
 鈴希は意味がよくわからないようで、一瞬恐怖も恥も忘れて怪訝な顔になった。
「待っていてください」
 そう言葉をのこして小島は場をはなれた。それからしばし、奇妙な音とともに戸口から小島がもどってきたとき、鈴希は呆然とした。
 真紅の天鵞絨ビロードをかけられた奇妙な〝物〟を押すようにして小島はもどってきた。それは台車の上に乗せられており、物音は台車の下の滑車がたてていたものだった。
「そ、それは?」
 かなり大きな荷物だ。
「川堀様がおくって下さったのですよ。気に入っていただけるといいのですが」
 得意げに言って小島はわざとらしく気取った動作で、紅い布をとった。
「ご覧ください」
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