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霞の向こう 二
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「他殺となると、田所さんを恨んでいる人の犯行となるよね」
竜樹は複雑な表情をした。事情を考えれば一番田所を恨んでいるのは鈴希ということになる。
「鈴希さんか、もしかしたら……」
竜樹の言葉が途切れる。もしかしたら、小島か。
彼の鈴希にたいする執着を考えるとありえなくもない。
「嫌なこと言うけれど、お糸さんとかお静さんとかいうことはあり得ない?」
地方では主家への忠誠はまだ強い。お静はともかくお糸の雛倉家への忠誠心を思うと、主をだました田所を殺すぐらいはしそうだ。酔っていたのなら、老女の力でも突き落とすことは可能である。
「鈴希さんと小島さん、それにお糸さんにはアリバイがあるんだ。事件当時、田所といっしょに来ていた部下というか用心棒のような男が、雛倉家で彼らといっしょにいたという。部下の男のほかにも、田所の車の運転手からも警察は証言をとっている」
「お静さんは?」
「お静はその日は休みで、友人と会っており、それも警察は裏付けをとったらしい」
「えーと、それじゃ、鈴希さん、小島さん、お糸さんは、雛倉家にいたことが立証されており、お静さんにもアリバイがある……」
そう言ってから竜樹はふと顔付を変えた。
「忘れていた、あの人は?」
「あの人?」
「ゆかりさんだよ、ゆかりさん」
そこで須藤も複雑な表情になった。
「ああ、ゆかりさんか。彼女にもアリバイはあるんだ。庭に出て煙草を吸っていた田所の運転手と会っている。二言、三言、ことばを交わしたそうだ」
「なんだ。じゃ、全員アリバイありということだね。じゃ、やっぱり事故なのかな」
「まぁ、依頼の内容は田所の死因ではなく、幽霊騒ぎの謎を探ることなんだがな」
お糸が言うには、何者かが幽霊の真似でもして騒ぎを起こしたがっているのではないか、ということだが、はたしてそんなことをして得になる人間がいるだろうか。
「たしかに幽霊の噂でもたてば雛倉家には不愉快なことだが、今の落ち目の雛倉家を追い詰めて得をする者がいるだろうか?」
川堀たちにしても、すでに鈴希を手に入れたも同然なのだ。
「その奥さんのお満さんていう人が夫は雛倉家の誰かに殺されたと思いこんでいて、復讐してやりたくて言っているんじゃない」
須藤が聞き込んだかぎりでは、今のところ、村の人間は皆そう思っているようで、そうでなければ、哀れな未亡人の見間違いだと思い、それほど雛倉家を非難する声は聞かれなかった。
二人があらためて瀧壺を見下ろしていると、背後から声が聞こえてきた。
「危ないですよ」
ふりむくと、煙るような緑葉の向こうに小島が立っている。背後には、お高祖頭巾をかぶった和服の人物――ゆかりがいる。
ゆかりは籠を手にしており、そこには青紫の花が盛られており、先日厩舎を覗き見たことを思い出して、須藤も竜樹もぎこちない顔になってしまう。
「現場検証ですか?」
小島はいつもの鈴希の前での卑屈な態度はすこしもなく、夏の空のもと、若者らしく軽口をたたいた。こうして光のなかで見ると、あらためて小島が若い男であり、しかもそこそこ整った顔立ちであることがわかる。青い半袖のシャツも似合っている。
「ええ、まぁ。……しかし、ここはいい所ですね。事故があったにしても、やっぱり瀧壺は見事ですね」
「ええ……亡くなられた田所さんはお気の毒ですが。ゆかり、」
竜樹は複雑な表情をした。事情を考えれば一番田所を恨んでいるのは鈴希ということになる。
「鈴希さんか、もしかしたら……」
竜樹の言葉が途切れる。もしかしたら、小島か。
彼の鈴希にたいする執着を考えるとありえなくもない。
「嫌なこと言うけれど、お糸さんとかお静さんとかいうことはあり得ない?」
地方では主家への忠誠はまだ強い。お静はともかくお糸の雛倉家への忠誠心を思うと、主をだました田所を殺すぐらいはしそうだ。酔っていたのなら、老女の力でも突き落とすことは可能である。
「鈴希さんと小島さん、それにお糸さんにはアリバイがあるんだ。事件当時、田所といっしょに来ていた部下というか用心棒のような男が、雛倉家で彼らといっしょにいたという。部下の男のほかにも、田所の車の運転手からも警察は証言をとっている」
「お静さんは?」
「お静はその日は休みで、友人と会っており、それも警察は裏付けをとったらしい」
「えーと、それじゃ、鈴希さん、小島さん、お糸さんは、雛倉家にいたことが立証されており、お静さんにもアリバイがある……」
そう言ってから竜樹はふと顔付を変えた。
「忘れていた、あの人は?」
「あの人?」
「ゆかりさんだよ、ゆかりさん」
そこで須藤も複雑な表情になった。
「ああ、ゆかりさんか。彼女にもアリバイはあるんだ。庭に出て煙草を吸っていた田所の運転手と会っている。二言、三言、ことばを交わしたそうだ」
「なんだ。じゃ、全員アリバイありということだね。じゃ、やっぱり事故なのかな」
「まぁ、依頼の内容は田所の死因ではなく、幽霊騒ぎの謎を探ることなんだがな」
お糸が言うには、何者かが幽霊の真似でもして騒ぎを起こしたがっているのではないか、ということだが、はたしてそんなことをして得になる人間がいるだろうか。
「たしかに幽霊の噂でもたてば雛倉家には不愉快なことだが、今の落ち目の雛倉家を追い詰めて得をする者がいるだろうか?」
川堀たちにしても、すでに鈴希を手に入れたも同然なのだ。
「その奥さんのお満さんていう人が夫は雛倉家の誰かに殺されたと思いこんでいて、復讐してやりたくて言っているんじゃない」
須藤が聞き込んだかぎりでは、今のところ、村の人間は皆そう思っているようで、そうでなければ、哀れな未亡人の見間違いだと思い、それほど雛倉家を非難する声は聞かれなかった。
二人があらためて瀧壺を見下ろしていると、背後から声が聞こえてきた。
「危ないですよ」
ふりむくと、煙るような緑葉の向こうに小島が立っている。背後には、お高祖頭巾をかぶった和服の人物――ゆかりがいる。
ゆかりは籠を手にしており、そこには青紫の花が盛られており、先日厩舎を覗き見たことを思い出して、須藤も竜樹もぎこちない顔になってしまう。
「現場検証ですか?」
小島はいつもの鈴希の前での卑屈な態度はすこしもなく、夏の空のもと、若者らしく軽口をたたいた。こうして光のなかで見ると、あらためて小島が若い男であり、しかもそこそこ整った顔立ちであることがわかる。青い半袖のシャツも似合っている。
「ええ、まぁ。……しかし、ここはいい所ですね。事故があったにしても、やっぱり瀧壺は見事ですね」
「ええ……亡くなられた田所さんはお気の毒ですが。ゆかり、」
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