鈴の鳴る夜に

文月 沙織

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堕とされる姫君 二

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「門までお見送りしますよ」
 鈴希がすずやかな声で言うのに、川堀は鷹揚おうように首をふった。
「いやいや、鈴希君にそんなことをしてもらってはもったいない。鈴希君はなんといっても世が世なら若様だからねぇ」
 その言葉には妙にねとりとする響きがまじっていた。今の雛倉家の凋落ぶりを笑っているようにも聞こえる。
「そんな……ただの地主ですよ。それもこの時代にはもう意味がない」
「地主というが、もともとは領主様だよ。幕末のころまでは一国一城の主だ。時代の変わり目にもう少しうまくやっていれば、男爵の称号だってもらえていたかもしれない」
「へえ、そうなんですか?」
 義理で目を見張ってみせはしたものの、実際にかつては男爵家の跡取りだった須藤には内心片腹痛いものがある。
 鈴希はますますこまったような顔をしているが、その様子はまさに追い詰められていく姫君そのものだ。そういうとき、姫君を守らねば、と思う男と、姫君をもっと虐めてやりたい、と思う男とがいるのだろう。須藤は、どちらかとえいえば自分が後者の男であることを自覚している。
(ま、もともと正義の味方というわけじゃないし、そうなりたいとも思わないがな。だが、それとは別に仕事はしないとな)
「それよりも鈴希君は、舞の稽古があるだろう。見送りはいいからはやく今夜の稽古に入るといい」
 房木のその言葉にもまた粘つくものがある。
「はい……」
 鈴希の頬がかすかに赤らんだ。房木のいう〝稽古〟はたんに舞の稽古ではないのだということが須藤たちにもわかった。
 鈴希の背後の小島の目がかすかに光って見える。今宵もまた、鈴希は使用人のこの男の手によって屈辱的な稽古をつけられるのだ。やがてはむかえる川堀や房木たちにささげらえる夜のために……。内心、須藤はわくわくしてしまう。
(まぁ、仕方ないだろう。人にはそれぞれ事情や立場があるのだからな。このことは俺にはどうしょうもできない)
 言い訳がましくそう思いながら、そばの竜樹をふと見ると、その黒い瞳にはほのかに怒りがにじんで見える。だが、怒りの奥にかすかに甘酸っぱいものを秘めていることを須藤は見抜いていた。
 川堀たちが去ってしずかになった玄関先をにらみつけ、鈴希がいきなり声を荒らげた。
「小島、そこを掃除しておけ!」
「はっ」
 お静があわてた顔になった。
「あの、若様、お掃除ならすぐわたしが」
「小島に言っているのだ! 小島、すぐ掃除しろ!」
「はっ」
 すぐに掃除にかかるべく、竹ぼうきを取りに外に出る小島の背を見送りながら、須藤は内心思っていた。
(これはまた、今夜の調教が厳しくなるだろうな)

 
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