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「売ったわ。こういうことがあったあと、罰をあたえないわけにはいかないけれど、ちょうど、あれを欲しいという客がいてね。私もあの子に痛い目を見させるのは嫌だし、かといって、身重の女を鞭打つのも気がすすまないのでね」
「そりゃ、気の毒にね。べつに、そのコリンナが悪いわけじゃないだろうに」
 柄にもなくサガナの目にかすかな同情がこもる。これも奇妙な女だ、とリキィンナは思う。
 サガナのことは、名前だけはタルペイアの口から幾度か聞いたことがある。
 肌の艶がわるいときや、気がふさいだり頭痛がするとき、タルペイアはよく「また、サガナに薬をたのまないと」と口にしていたので、薬師か薬草売りだという認識はあった。だが、けっして市井しせいの平凡な薬売りでないことは、察していた。
 実際、この隠れ家のような粗末な家に足を踏み入れた瞬間、この女はまともなたつき・・・で身を立てている女ではないと直感した。まとっている黒い衣は質素で、黒髪もほつれて、黒い目にも肌にもかがやきも張りもない。それこそ全身から黒い霞をはなっているような女で、竈のまえにかがんでいる姿からは、老女とまではいかなくとも、年齢もかなりいっているようにも見える。
 だが、それでいて奇妙な活気のようなものは衰えていない。なにより時折り浮かべる不敵な笑みに底知れないものを感じさせて、それなりに娼館で人生経験を積んできたリキィンナに、この女を侮ってはいけない、という想いを抱かせるのだ。
「でも、コリンナにとっても悪い話ではないのよ。相手は金持ちの貴族で、店で好き者に弄ばれるより、貴族の囲われ者になった方がまだしも幸せでしょう」
 言葉は満更、嘘ではない。タルペイアは彼女なりにコリンナにとって良かれと思っているのだ。計算だかい希代の悍婦かんぷではあるが、それなりに情のあるところも、まったくないわけでもない。
(そうよ。コリンナにとっては良いことなのだわ)
 リキィンナは、そう思って胸に湧いてくる一抹の寂しさを、ふくらみはじめている腹を撫でることでやりすごした。
「今、帰ったよ」
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