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毒虫 一

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「うう……! あっ、ああ……! ああっ」
 泥のようににごった空気のはざまでもだえる白い肉体を、アンキセウスは薄板の割れ目から、しらけた目で見ていた。
(長いな……)
 ひたすら、早くこの茶番じみた性交が終わってくれないか、とそればかり考えている。
 今日の相手は太った商人で、でっぷりとした腹や腰を、ナルキッソスの白い身体にぶつけて獣のような声をあげている。
 醜いものだ、とアンキセウスは、いっそ感嘆の想いでつぶやいた。それは、商人ばかりではなく、商人の下で喘いでいる若い主に対しても、だった。
「はぁ……! ああっ! ああああっ!」
 若い主の、そのほそい身体はすでに肉悦の快楽を知りぬき、快感に全身で嬌声をあげている。
 こんな、鳩の巣と呼ばれるようなせまい場末の売春宿で男あいてに身体を売るぐらいなら、いっそ、ナルキッソスが柘榴荘で客を取ればよかったのではないかと、幾度となくアンキセウスは思う。
 生活が苦しく贅沢などできない今の状況で、ナルキッソスが金を得ようと思えば、こういう仕事をするしかないのはわかるが、彼は決して金だけのために夜毎、こんな陋巷ろうこうの安宿で身体を売っているのではない。
 どういうわけか、ナルキッソスは、みにくい相手か、身分ひくい下賤の輩にもてあそばれるのを好むのだ。もちろん、見目麗しい男や、身分高い男を相手にするときもあるが、どちらかといえば、卑しい相手にもてあそばれるという状況に、はげしく興奮するという奇癖があった。
 そんな彼のゆがんだ性的妄想を満足させるには、アンキセウスでは役不足だということだ。
(まぁ……、俺もその方がらくだがな)
 ナルキッソスとの情事は、最初のころこそ禁断の蜜を吸うような刺激と快感をもたらしはしてくれたが、やがてそれは、はげしい不快感と罪悪感とかわり、アンキセウスには重荷でしかたなかった。
 ナルキッソスを抱くたびに、どうしてもリィウスを裏切っているような、騙しているような――事実そうだが――、いたたまれない気持ちになり、気落ちしてしまうのだ。
「ほらよ」
 やっと満足した客の男が、金貨を、ナルキッソスに投げつけた。
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