黄金郷の白昼夢

白昼の虜囚 二

「馬車などいらん。伯爵は逃亡の罪をおかした犯罪者だ。罪人としてあつかう」
　公爵の黒炭のような黒目に燃えるのは加虐の炎か。黒い髪に黒絹のマントのせいで、一瞬、御伽噺おとぎばなしに出てくる悪魔を思い出し、オルティスは身がすくんだ。
　この若き公爵が、時折ひどく感情的になって残酷な行為をすることもあると知っている守備隊長は、内心冷や汗かかずにいられない。
　つい先日も、付き人の一人だった小姓を、返事の仕方が悪いというだけで、あとに残るほどその手に鞭を打った。
　生まれ育ち、容貌、能力、どれをとっても帝国一の貴公子であることは間違いないが、情や慈悲というものが欠落しているところが、公爵にはあるのだ。ために、彼の側にいる者は常に気が張るという。　
（私も気をつけないと）
　そんなことを思っていると、馬の足音がひびいてきた。
　一人の兵卒が馬の手綱を引いている。
「伯爵の乗り物は、あれだ」
　それは燃えるような漆黒の鬣をもつ馬だった。
　鬣のみならず、全身艶つややかな黒毛におおわれており、なかなか見事な若駒だが、頭絡とうらくとなる手綱や轡くつわ以外には、鞍も鐙も取り付けられていない。
「伯爵はこれに乗って帰国する」
　死刑執行の宣告をはなつような声に、オルティスはまた内心おびえた。
「で、ですが、裸馬では乗りにくいのでは……」
　そこで、あらためてオルティスは公爵のうしろで、こわばった顔で立ち尽くしているアルベニス伯爵を見た。
（あ……）
　伯爵は白い貫頭衣のようなものをまとっている。それは、女の死刑囚がまとう経帷子きょうかたびらにも似ていた。
　一瞬、オルティスは美しい殉教者の絵でも見たような錯覚をおぼえた。
　黄金の髪に白い肌、伏せた瞳からは憂いの蜜をしたたらせているようで、見た相手に息を飲ませる。