夏目荘の人々

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ぽっちゃり女子×犬系男子27

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1階に降りていくと、すでに玄関に立っている陽介くんがいた。


そして、その周りには…


「今日晴れてよかったわよね~本当。」


「ほんとだよ。まあ俺、晴れ男だからな。感謝してくれてもいいぞ陽介」


「今からは暖かくなるみたいですし、よかったです。」


「気をつけて行ってくるんだよ。」


夏目荘の皆さんとなぜか大地さんも大集合していた。


階段を降りた所で思わず立ち止まっていると、ふとこちらを見た陽介くんが、私を見てぱあっと笑顔になった。


「花ちゃん!」


皆さんの輪から抜けて、私の目の前に来た陽介くんは


「花ちゃん今日は巻いてるの?あ!編み込みだ!かわいいね!」


実は頑張ってみた編み込みヘアを1番に褒めてくれた。


それが嬉しくて私も思わず笑顔になる。


「ありがとう!いつもより上手くできたと思ってたのー!」


そんな陽介くんも、陽介くんの雰囲気に似合う柔らかい色合いのニットとテーパードパンツを合わせており、とってもとっても素敵男子だ。


「陽介くんは今日も素敵だね!そのニットすごく似合ってるー!」


にこにこと笑いながらそう言うと陽介くんは照れたようにはにかんだ。


えっ、な、何?初めて見たそんな表情。か、か、かわいい!


今までも服を褒め合ったりはよくしていたため、初めて見る照れた表情に私も顔に熱が集まるのを感じる。


でも、そんな表情は一瞬で、すぐにいつもの笑顔に戻った陽介くんが


「ちょっと予定より早いけど、天気もいいみたいだし散歩がてら今から出かけない?」


と誘ってくれたので、私も大きく頷く。


玄関に近づくにつれてなんだか視線を感じるなあと思って顔を上げると、まず梨花さんの満面の笑みと目があった。


はっ!陽介くんとの会話に夢中で皆さんのことをすっかり忘れていた。


恐る恐る梨花さんから視線を逸らすと、生暖かい目で私たちを見る大地さん、何か聞き取れない言葉を呟いて嬉しそうに笑う夏目さん、そしてメモに何かを書き込んでいる砂本さんが目に入った。


何も言われないけど、皆さんが楽しんでいる様子がありありと伝わってくる。


…恥ずかしい。


できるだけ意識しないようにうつむき、ショートブーツに足を通す。


すると、


「花ちゃん」


至近距離で大地さんが声をかけてきた。


「えっ」


その距離にびっくりして離れようとするも、手でそれを制される。


ちょいちょいと手招きをされて、慣れない距離にドギマギしながらも顔を寄せると


「今日、何かとびきり嬉しいことがあったら、陽介の手を握って気持ちを伝えるといいよ。」


と、とんでもないことを言われた。


手を握る⁉︎そんなことできるわけないじゃないですか!


ぶんぶんぶんと首を振りながら「無理です無理です無理です」と小声で繰り返す。


そんな私を見て吹き出した大地さんは


「ふっははは!もちろん誰にでもしちゃだめだよ?もし、花ちゃんにとって陽介が特別だと思うならそうしてやってくれな。」


と言った。





大地さんの言った意味が理解できず、首を傾げて彼を見つめていると、


「大ちゃん、花ちゃんが困ってる。」


そっと両肩を掴まれたと思ったら後ろに引っ張られ、私と大地さんの間に陽介くんが入ってきた。


あまりにも近い陽介くんの背中から、柔軟剤のいい香りがして思わず一歩後ずさる。


「悪かったよ。」


陽介くんの二の腕をぽんぽんと叩いた大地さんはそのままぐっと陽介くんを横に押し、私に顔を見せてウィンクした。


さすが大地さん。ウィンクしても全く違和感のない美男子だ。


でも、ウィンクされてもやらないものはやらないですよ大地さん。


私は曖昧に笑い返した。


そんな私たちのやり取りを不審に思ったのか、陽介くんは振り返って私を見た後、眉を下げて何とも言えない顔をした。


「ごめんね陽介くん。靴はけました。お待たせ。」


そう声をかけると、陽介くんは普段の穏やかな表情に戻って


「じゃあ行こっか。」


と玄関の扉を開けてくれた。


「うん、ありがとう!じゃあみなさん、行ってきまーす!」


陽介くんと一緒に手を振ると、皆さんも笑顔で見送ってくれた。


駅までの道を無言で歩く。


な、何か話さないと!夏目荘にいる時や、他の人も一緒にいる時はなんだかんだで誰かと話したり、周りで誰かが話していたから沈黙は気にならなかったけど、2人きりの今、沈黙がすごく気になる。


昨日ネットで調べた話題を一通り思い出し、口を開こうとすると


「さっき、大ちゃんと何話してたのー?」


陽介くんが先に質問をしてくれた。


が、先程の大地さんとの話を本人に言えるわけがない。


が、せっかく話しかけてくれたのに、曖昧な返事で終わらせたら空気が悪くなるかもしれない。


うーんと頭の中でうなって、いい返しを思いついた。


「えっと、あの、なんか、今日は目にグリッターを付けてるからそれに興味を持ったみたいで…」


至近距離で話していたことを利用して、我ながらいいごまかし方ができたと思う。



「ふーん、グリッターって?」


納得してなさそうな声を出した陽介くんだけど、一応大丈夫そうだ。


ふうっと小さく息を吐く。


「あ、この目元につけてるラメなんだけど…」


陽介くんに目元を指して見せる。



「どれどれー?」


っ!


陽介くんが立ち止まったかと思うと、すっと私に顔を近づけてきた。


きめ細やかな彼の肌がはっきりと見えるこの距離に息がつまる。


「あっ本当だ!キラキラしてるね!」


そして彼は楽しそうに笑った。


そんな彼の素敵な笑顔に胸が高鳴るのを感じる。


…どうしよう、今日心臓もつかな。


そんな一抹の不安を胸にお出かけは幕を開けた。






「最初はここに行こうかなと思って!」


ゆらゆらと電車に揺られて20分ほど。たどり着いたのは美しいのれんがかかった木造の建物だった。


中に入ると温かな色合いのさまざまな光が私達を迎えてくれる。


「うわあ!きれーい!」


思わず感嘆の声をあげると、陽介くんは優しく微笑んだ。


なんだったっけ、電球に綺麗なカバーつけてるの…あ、ランプシェードだ!


どうやらここはおしゃれなインテリアショップのようだ。特に照明の取り扱いが多い。


しばらく見て周り、奥の方まで行くと


「今日一緒に体験できたらと思って予約したんだ。」


「ランプシェード 本日の体験14時~」と書いた小さな黒板の前にたどり着いた。


「ええ本当!楽しそう!ぜひ!」


わくわくしながら陽介くんを見上げると、陽介くんも嬉しそうに笑い返してくれた。



*
「それではまず、陶器の形と和紙の色をお選び下さい。」


体験教室の時間が始まると、優しそうな雰囲気の先生がそう言った。


私たちのとなりには、様々な色の和紙と様々な形の陶器が並ぶ。


どうやらランプシェードはこの陶器に和紙を貼り付けて作るようだ。


丸、三角、四角、台形…私は様々な形の陶器を見て頭を悩ませる。


丸は文句なしにかわいい。四角も定番で素敵だ。でも三角もおしゃれ…


「うーん…」


今のところ私の中では丸が非常に優勢だ。


「花ちゃん決まった?」


となりからひょっこりと顔を覗かせてくる陽介くんにびっくりしつつ


「丸が魅力的だと思うけど、まだ迷ってて…陽介くんは?」


「本当!俺、丸にしようと思ってたんだ!優しい雰囲気で好き!」


にこにこと笑う陽介くんにかわいい!と思いながら冷静に考える。


私も丸にしたら真似したと思われないかな?嫌じゃないかな…でも、もし丸にしたら…お、お、おそろい…!


「私も、丸にしようかな…」


……陽介くんとおそろいのランプを持ちたいいう欲に勝ってしまった。


「わあ、おそろいだね!」


でも陽介くんがそうやって嬉しそうに笑ってくれるから、私はいつも救われるのだ。


和紙の色は陽介くんがオレンジ、私は淡い色のブルーを選び、早速ランプシェード作りが始まった。


と言っても私たちは和紙に好きな模様や絵の色を塗ったり切ったりするだけで、和紙と陶器の貼り付けや仕上げはお店のプロの方がしてくれるらしい。


「わあ、陽介くん素敵だね!」


陽介くんはオレンジの和紙に貼り絵の様に沢山の色を重ねていた。


「ありがとう!なかなかものづくりってしないから、新鮮で楽しい!」


明るい声でそういう陽介くんの目は真剣だ。


よし、私も素敵なランプシェードを作ろう!


私は再び自分の作業に集中することにした。



*
「あー、楽しかった!」


あれから1時間ほどかけて私たちはデザインを完成させた。


集中して凝り固まった肩をほぐすためにうーんと伸びをする。


2週間ほどで完成した作品を私たちの家まで届けてくれるらしい。


「本当に楽しかったね!届くの楽しみー!」


初めてとはいえ、結構素敵な感じに出来上がった…と思う。完成したランプシェードを想像して思わず顔がにやける。


な、何ていったって陽介くんとおそろい(形が)なんだもの!


にやける頬は両手で押さえてちらりと陽介くんを見ると、思いがけず目が合った。


「っ」


…まただ。陽介くんは私を見てまたあの甘い微笑みを浮かべた。


本当に落ち着かない!


ばっと目を逸らして横を見るとおしゃれな雑貨屋さんが目に飛び込む。


助かった!


「陽介くん、ここ見てみてもいいー?」


彼の視線を避けるように雑貨屋さんを指さすと


「うん」


と優しい声が聞こえた。





*
「わっ!かわいい!」


外装も素敵だったが、中に置いている商品も素敵で私好みだ。


小物入れにオルゴール、ぬいぐるみとアンティーク調でまとめられた店内を順に回っていると


「わあ、素敵…」


細かい模様が施された、ゴールドのバレッタが目に飛び込んできた。


こ、これは…とっても私好み!


最近髪の毛が伸びてきてヘアアレンジが楽しくなってきたから…ちょっと合わせてみたいな。


…でも鏡の前でバレッタを合わせている姿は陽介くんに見られたくない。


顔を上げて辺りを見渡すと少し離れた場所で熱心にオルゴールを見ている陽介くんの姿を見つけた。


これならいける!


素早くバレッタを手に取り鏡の前で髪の毛に合わせてみる。


…か、かわいい!


少しだけ大人っぽいけど、今日みたいな綺麗めのお洋服とだったら相性バッチリだ。


でも、目に入った値段に迷う。買えなくもないが安くはない。それに絶対必要というわけではない。


…今回はやめておこう。
私はそっとバレッタを棚に戻した。


するとその時、陽介くんがオルゴールが内蔵されているかわいいクマのぬいぐるみを抱えて私の側にやってきた。


「見て見て花ちゃん!すごいかわいくない?」


興奮気味に私にクマのぬいぐるみを手渡してくる陽介くんに思わず笑みがこぼれる。


陽介くんが感じたことを共有してくれるのはとても嬉しい。


きらきらと丸い瞳を輝かせている陽介くんは私にとってそのクマさんよりかわいいけどね。


心の中でそう言って、私たちは一緒にオルゴール売り場に移動した。




*
雑貨屋さんをひと通り見た後私たちは近くの公園に来ていた。


たくさんの木々や花に囲まれた自然の中を歩いていると優しい気持ちになれるのはなぜかしら?


辺りを見回すと、まだ紅葉には早いけど緑の中にほんのり赤に色付いた葉を見つけて季節の移り変わりを感じる。


しばらく歩くと様々な飲み物が売っているキッチンカーが目に入った。


「花ちゃん、何か飲まない?」


「うん、飲みたい!」


「何飲むー?」


「そうだなあ…」


2人でおしゃれに書かれたブラックボードを覗き込むと


“本日のおすすめ フレンチトースト”


という文字が飛び込んできた。


これは…美味しそうだ。


このキッチンカーの店員さんが絵がとても上手なようで…


分厚いパンにたっぷりのシロップ、そしてアイスが乗ってあるフレンチトーストの絵はなんとも食欲をそそる…


でも、これを一個食べるとなると大きそうだな。


陽介くんと半分こできたら1番いいけど…でも…そんなこと言えない…


よし、やめよう!


心の中で短い葛藤を終えた私はホットレモネードに決めた。


すると、


「うわ!本日のおすすめフレンチトーストだって!花ちゃん、半分こしようよ!」


明るい声でそう言った陽介くんが笑顔で顔を覗き込んできた。


同じ事を考えていたことが嬉しくて、そして何よりも陽介くんのその屈託のなさに心が温かくなった。


「うん、ぜひ!私も食べたいなあと思ってたの!」


「本当!花ちゃんと一緒で嬉しいな。花ちゃん、飲み物は何にするー?」


「私も嬉しい!えーっとね、ホットレモネードかなあ。陽介くんはー?」


「ココアにしようかなあ」


じゃあ、と言ってすかさずお財布を取り出す。


さっきの体験料は結局陽介くんが払ってくれた。


ここは絶対私が…!しかも今日は陽介くんの誕生日だから!


「すみません、ホットレモネード1つとホットココア1つ、フレンチトーストを1つお願いします。」


店員さんに声をかけようと思った瞬間陽介くんがサッと前に出た。


「かしこまりました。フレンチトーストのフォークは何本お付けしますか?」


「2本お願いします。」


…いつの間にか注文が終わり、振り返った陽介くんは財布を持った私の手をおさえ、カバンの方へそっと戻した。


はっ!


「いやいやいや!陽介くん、私払うよ!さっきも払ってもらっちゃったし!」


近くのベンチに進む陽介くんに焦って声をかけると


「断りますー」


といたずらに笑う陽介くん。


「だって今日は俺の誕生日だから!」


にこにことそういう陽介くんに、それはこっちのセリフだよ~と気弱な私はやっぱりそれを口にできない。


「花ちゃん!」


ベンチに座った陽介くんが隣をトントンと叩いてくれる。


そろそろとベンチに腰を下ろすと、陽介くんは満足気に微笑んだ。


どうしよう、陽介くんの誕生日なのに…本当にただ一緒に出かけてるだけになっちゃう!


そんなどうしようもない焦りが心に渦巻くけど、


「あったかくておいしいねえ」


とココアを飲んでゆったりと笑う陽介くんを見てはっとする。


次、晩御飯を払おう。そして何より、今は陽介くんとの時間を楽しまないと…!


頭を振って気持ちを切り替え、陽介くんと向き合う。


「ほんとうだねえ」


「あ、見て花ちゃん、子供たちがいっぱい集まってるよ。なにか拾ってるみたい。」


「ほんとだ。あれかな、どんぐりとかかなあ。秋だしねえ。私も小学生の時友達とよく拾ったなあ。」


どれだけツルツルで綺麗などんぐりを見つけられるか、友達と競うように探した幼い頃を思い出す。


「いいね、楽しそう。俺は落ち葉を集めて飛び込むのが好きだったなあ。」


そう言って微笑む陽介くんに、小さい頃の彼の姿を想像して私も笑みがこぼれる。


きっと元気いっぱいで、かわいくて素直な少年だったに違いない。


「…陽介くんは子供の頃、どんな子だったの?」


ふと興味がわいて聞いてみる。


すると陽介くんはうーんと首をひねった後、困ったように笑った。


「とりあえず外が好きで、楽しいことも好きで、走って遊んで…暗くなるまで外にいた記憶しかないかも!学校終わっても家帰らずにそのまま遊びに行っちゃうからよく両親を心配させてた…」


その姿を何とも容易に想像できて思わず笑ってしまう。


「あっ、花ちゃん笑ったね!」


少し恥ずかしそうに冗談めかして睨んでくる陽介くんにさらに笑みがこぼれる。


「ご、ごめん。ちょっと想像通りすぎて!」


「えー!もう花ちゃんだけずるいや!花ちゃんはどんな子だったの?」


むーと頬を膨らませて私を見る陽介くんにまた笑ってしまいそうになるけどさすがに失礼だと我慢する。


そして…私の子供の頃を回想する。


とてもとてもシャイだった。気が弱く、友達や家族にすら言いたいことを上手に伝えられない子だった。
行動しようと思っても勇気がでなくて、いつも後悔ばかりしていた。
そして縦にも横にも成長が早くて外見だけは大人っぽいもんだから頼られることが多くて…でも全くしっかりしているタイプではないからみんなに嫌われないように分からないことは姉に聞いて…必死だった。


そして中学に入ってからは男子達のからかいに耐えて耐えて…


思えば人に嫌われたくないという気持ちは元々大きいタイプだったのかもしれない。それがコンフレックスを刺激されて更に加速して…


今ではもうこじれにこじれてしまった。


「…ちゃん?」


「花ちゃん!」


陽介くんの呼びかけにハッと我に返る。


「ご、ごめん!あまりにもいい天気でぼーっとしちゃった!私はねー、陽介くんとは反対にずっと室内にいたかも!友達とね、自由帳に一緒に絵を描いたりとかお話したり、恥ずかしがり屋で大人しいタイプだったなあ。」


さっき思い出したことはもちろん陽介くんに言えるわけもなく、無難に答える。


暗くて卑屈な自分は出してはいけない。特に陽介くんには知られたくない。


最初は心配そうにしていた陽介くんだけど、私の話を聞いて安心したように笑ってくれた。


「ははは!花ちゃんも想像通りだ!」


きっとみんなに好かれる優しい子だったんだろうね!


にこにこと屈託なく笑う陽介くんのその温かさに、思わず涙腺がゆるんでしまいそうになる。


好きだなあと、ただただ改めて思う。


彼の側にいられる人は幸せだろうとしみじみと感じる。


陽介くんという、くもりのない根っからの”素敵な人”と関わると、こうなりたいと強く思うのと同時に自分には無理だと思う。


そしてこんな素敵な人の側に私がいてもいいものかといつも疑問に思う。


でも好きだ。今日誘ってくれて、本当に嬉しい。そして一緒にいる時間を陽介くんも楽しんでくれているならそれは私にとってこの上ない幸せだ。


「このフレンチトースト、とっても美味しいね!」


「うん!」


そして陽介くんといる時間は間違いなく私にとってこの上ない幸せなのだ。
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