夏目荘の人々

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ぽっちゃり女子×犬系男子6

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陽介は、先程花たちが出て行ったドアをぼんやりと眺める。


「陽介?」


さっき店員さんと花ちゃんが仲睦まじく話していた時に湧き上がったなんとも言えないモヤモヤは何だったんだろう。


「おい陽介!」


嶺二の声に、はっと我に返る。


「あ、ごめん。何?」


「俺ら、今日お前ん家行くなんて聞いてねえぞ?」


眉を寄せた嶺二に山岡もうんうんと頷く。


「あ、そうだよね、ごめん。」


あの時、どうしようもなくモヤモヤして、何か話さなきゃと思ってとっさに出た言葉があれだった。


「いや、明日は文化祭だし陽介ん家近いから助かるけどよ。」


山岡は相変わらず優しい。


「花のやつ、料理上手いの?」


まああの風貌じゃ、上手いだろうけどな。


ふんっと相変わらず花ちゃんをバカにしたような嶺二にムッとする。


「花ちゃんの料理はすっごい美味しいんだよ!それに、花ちゃんは可愛いよ!」


なんだかあの店員さんと花ちゃんを見てから虫のいどころが悪いのか、イライラする。


「おい、陽介。さっきからどうした?俺も、花ちゃんと話してると癒されるよ。」


眉を下げて困った顔をした山岡が、慌ててフォローに入る。


でも、花ちゃんのいいところを褒められてるのに、それもそれでなんだか嫌だ。


「おまたせいたしました、豚の生姜焼き定食、アジフライ定食、ロースカツ丼定食でございます。」


そこにちょうど、さっきの店員さんが料理を持ってきてくれた。


今がチャンスだと思ってまじまじと彼の顔を見る。


結構若い。というか同い年くらい?涼しげなたたづまいは夏でも汗をかかなさそうだ。


…というか、どっかで見たことあるような…


「あの、お兄さんは花ちゃん達と仲良しなんですか?」


思わずそんな言葉が口からこぼれ落ちた。


すると店員さんは業務的な笑みを見せて


「大学で同じクラスです。」


短くそう言って礼をすると、颯爽と去って行った。


ああ、どこかで見たことがあると思ったら同じ大学だったのか。


ちょっとすっきりしたけど、まだモヤモヤが残っている。


「それより陽介、ちゃんとマリに返信返してるか?」


豪快にカツを頬張った嶺二にそう聞かれ、自分の世界から一気に引き戻される。


「え?うん、してるよ。」


「ならいいけど。」


大切にしたいなら、サボるなよ。


そう言って次は大口を開けてご飯をかき込む。


…なるほど。男前が言うと、なんだかすごい名言に聞こえる。


マリとは半年前から付き合いだした。以前から仲のいい友達だったからマリから告白された時は驚いた。


一度断ったけど、「好きな人がいないなら付き合って!」と言われ、付き合うことにした。


たしかにマリのことは好きだ。でも、それはマリとは違う好きだと最近感じている。


いや、本当はずっと前から感じてきた。俺に、彼女という存在ができるようになってからずっと。


「ねえ、恋愛感情と友達の好きって何が違うの?」

 
ずっと知りたかったはずの疑問が今日はなぜかすっと出てくる。


すると山岡と嶺二は驚いたように顔を見合わせた。


「おい、本当にどうした?」


とまどいながらも山岡はゆっくりと言葉を選ぶように話しだした。


「そりゃあ個人差はあるだろうけど、恋愛感情は、いつも一緒にいたいとか、触れ合いたいとか、より相手と親密な関係を望むもんなんじゃねーの?友達はまあ似たようなもんか。一緒にいると楽しい、なんでも話せる。でも陽介は別に俺たちとか女友達に触れたいとか思わねーだろ?」


そこの違いじゃね?分かんねーけど。


ほう、なるほど。つまり触りたいと思うかどうかか?


「俺は、もちろん触りたいっていうのもあるけど、相手とずっと時間を共有したいとか、よく知った上でだけど、難しいこととかあった時に一緒に乗り越えてくれたりすると、あー、ずっと側にいてほしい、好きだって思うな。あ、あと独占欲!異性と楽しそうに話してんのとか絶対見たくねー。」


そう言った嶺二に、山岡も「あー!独占欲な!」と大きく頷く。


おおおなるほど。


何だかんだで嶺二ってピュアだよなあと思う。


つまり、マリと一緒にいるのは楽しい。難しいことがあっても彼女の持ち前の明るさで一緒に乗り越えて行けるだろう。


触れたい?彼女だから、触れてもいいのだけど、あまりボディタッチする習慣はない。


それに他の男性と話していても、何の感情もわかない。


え、もしかして俺、マリの彼氏失格なのか?


「俺はさ、歴代の彼女に自分から触りたいなんて思ったことないんだ。」


なぜ今日は、こんなことを話したくなるんだろう。


今までそれが普通だと思っていたのに。


「独占欲も感じたことないし。」


誰にも話したことがないことが今日はペラペラと出てくる。


「それで陽介くんからは愛を感じない!って振られるんだけど。」


「俺的にみんな大切にしてたつもりだし、好きだと思ってたんだけど…」


なんだか今日は核心に近づける気がする。


「でもさ、さっき店員さんと花ちゃんが仲よさそうなのを見て嫌だなって思ったんだ。」


「夏目荘でも隣の部屋なんだけど、すぐに会いたくなってこっそり寝顔見に勝手に部屋に入ったりしちゃう。」


俺は確信がほしい。


「それってお前…」


驚きながら山岡が口を開いた時、


「っいて!」


嶺二が山岡の背中をばしりと叩いた。


「自分で考えて決めろ。後勝手に部屋に入るのは絶対ダメだ。犯罪。」


…さすが嶺二、厳しいな。


でも、さっきよりだいぶ晴れやかになった心に俺は満足した。






「男の子3人ってどれくらい食べるんだろう…」


私は千紗と別れたあと、スーパーに買い物に来ていた。


全く想像がつかない。


とりあえず適当に大量の鶏肉をカゴに入れる。


あとはポテトサラダとグリーンサラダも作って…


ふとあの3人を思い浮かべた時に、嶺二くんはいつも会う時甘いものを手に持っていたのを思い出した。


…チョコレートケーキでもつくるか。


あの怖い怖い嶺二くんに。


べ、別にこびてるわけじゃないよ!


1人で首を振りながら、私は買い物を続けた。




「ただいまー!」


夏目荘に帰った時には16時をまわっていた。


わー、急げ、急げ。


でもピタリ、と止まって首をかしげる。


いつも出迎えてくれる砂本さんの姿がないのだ。


今日はでかけてるのかな?


と特に気にせず台所へと直行する。


まず鶏肉を大きめに切って調味料にしばらくつけておく。出来たてが美味しいから18:30くらいから揚げ始めよう。


その間に2種類のサラダを用意して、チョコレートケーキの材料を混ぜ合わせてゆく。


そしてオーブンに入れて、あとは待つだけ。


料理は好きだ。


生活の中でどんなことがあっても、料理を作っている間は忘れられるし、出来上がった美味しいものを食べると嫌なことを忘れてしまう。


あ、そろそろから揚げ揚げようかな。


いい音を立てて油の中に入った鶏肉。


美味しそうな匂いがキッチン全体に広がった。


んー、お腹すいたなあ。


ちょうどから揚げ第一弾が出来上がった時に


「ただいまー!」
「お邪魔します。」


玄関から陽介くんたちの声が聞こえてきた。


そして、タッタッタと廊下を駆ける音が聞こえたと思うと、陽介くんが台所にひょっこりと顔を出した。


「花ちゃんただいま!」


弾けんばかりの笑顔でそう言った陽介くんに、私も自然と笑みがこぼれる。


「陽介くんおかえり」


私がそう返すと、陽介くんは幸せそうに笑った。


あああかわいい。わしゃわしゃしたい。


なんだか今日は、いつもに増して人懐っこいな。


お昼のこともあり、やっぱりちょっと違和感があるけど、嬉しそうだからいいか。


「陽介くん、手が空いたらできてある唐揚げを持って行ってもらってもいい?」


手を洗っている陽介くんにそう声をかけると、彼は「うん!」と頷いた。


「ありがとう。」


時々陽介くんと料理を作ることがあるけど、そんな時、「これ、カップルみたいだな。」とにやけてしまうことがある。


あくまで妄想であって、実現するものではないけど。


でも、好きな人と同じ場所に住んでいるなんてなかなかないことだから、すごくラッキーだなと思う。


「よし!できた!」


そうこうしているうちに唐揚げが全部揚げ上がった。


「お待たせしましたー。」


そう言いつつリビングに入ると、くつろいだ様子でソファに座っている嶺二くんと、ばっと立ち上がって「俺、何したらいい?」と私の目の前に来た山岡くんが目に入った。


「じゃあ山岡くんはお箸並べてもらってもいいー?」


「はい、喜んで!」


「あー、腹減った。花が作った料理、食えるのかな。…まあ見た目は悪くないけど。」


相変わらず冷たい嶺二くんだけど、なんて言うのかな、ツンデレ?でもツンが9割くらいの。


やっぱり嶺二くんには苦笑で返してしまう。


そんなこんなで全ての料理を並び終えた私たちはみんなで食卓を囲んだ。


んー、なんか落ち着かないな。


少しそわそわした気持ちのまま、「いただきまーす!」と元気よく手をあわせる。


私は3人が私の作った料理を食べる姿を固唾をのみながら見守る。


ああ、この瞬間が1番苦手。


「あ、美味い。」


すると、意外にも第一声を発したのは嶺二くんだった。


そのままパクパクと勢いよく唐揚げを食べ進めていく嶺二くんを見て、私はふーっと息を吐き出した。


よかった。嶺二くん。よかった。


最難関の嶺二くんを乗り越えた私は安心してやっと自分の箸を取ることができた。


「だから言ったじゃん!花ちゃんは料理が上手だって!」


「いやー、花ちゃん、全部ほんと美味いわ!」


陽介くんの「だから言ったじゃん!」で3人の間でどんな話がされていたか大体想像がつくけれど、終わりよければ全てよしだ!


「よかったー!ありがとう!」


まだ唐揚げいっぱいあるからどんどん食べてねー!


気が抜けた私は自然と笑顔になることができた。


「そういえば、花ちゃん就職先決まった?」


しばらくして落ち着いた頃、山岡くんが口を開いた。


「あ、うん。…今のバイト先なんだけどフルールっていう会社に。」


ただ今10月。就職先が決まっている人と決まっていない人が分かれている微妙な時期。


特に、千紗いわく高校の時から髪の色が明るかったという山岡くんがまだ黒髪の今は、結構デリケートな話になるんじゃないかなとヒヤヒヤする。


「あー!あのチーズケーキが美味いとこだろ?結構大手じゃん!おめでとう!」


そんな心配をよそに山岡くんは明るく笑って祝福してくれた。


「ふふ、ありがとう。」


内心ほっとしながらそう返す。


「俺はまだ決まってない!」


山岡くんは堂々とそう言った。


「そうなんだ。」


自分から話してくれたことに正直ほっとする。


「山岡はふんわり生きすぎなんだよ。」


あと大手企業狙いすぎ。


そんな山岡くんに血も涙もない嶺二くんの一言。


「あっ、俺が最近気付いたことそれ!」


そんな嶺二くんの言葉を気にしていない様子でそう言う山岡くん。


「嶺二くんはどこに行くの?」


ふとこの美しい人がなんの仕事をするのか気になった。


「俺は雑誌の編集部だよ。」


「嶺二なんてモデル時代のコネじゃねーかよ!」


うらやましー!


と叫ぶ山岡くんに耳をふさぐ嶺二くん。


ああ、似合うなあ。


華やかな世界でバリバリ働く嶺二くんを想像して1人で納得する。


「陽介くんは?」


ずっと聞きたくてなんだかんだで聞けなかったこと、今聞いてしまおう。


「あー、俺?俺はねー、建築設計事務所だよ!」


…東京の。


そう言って笑った陽介くんの言葉に私は固まる。


東京で就職するということは、ここから離れるということ。


あ、そっか、そうだよね…
就職で場所が変わる人は大勢いる。


でも…あと半年もしないうちにいなくなっちゃうんだ。


胸のなかにぶわりとさみしい気持ちがふくらむ。


「…ん!」


「花ちゃん!」


急に至近距離で陽介くんに顔をのぞきこまれてはっとする。


「どうかした?」


「あ、ううん!ごめんね!2人ともすごいね!山岡くんもどんな会社で働くのか楽しみだね!」


にこにこと笑ってごまかす。


「あ、もう食べ終わった?片付けるね!」



みんなのお皿を下げてキッチンへと持っていく。


ガチャガチャとお皿を洗いながら、そっか東京か。とさっきの話を思い起こす。


さみしいけど、どうってことないよ。離れたらそれで終わり。たまに連絡取ることがあるかもしれないけど。


 告白はしないし自分からは何もしない。


自分に自信がなくて、傷つきたくない私は、何も望むべきではないんだ。


私はそう自分に言い聞かせて、お皿洗いに没頭した。


「いやー、花ちゃん美味かった!ありがとな。」


と台所に入ってきた山岡くんが洗剤のついたお皿を洗い流してくれる。


「あ、山岡はこっちがおすすめだよ!」


と急に私たちの間に割り込んできた陽介くんが山岡くんにお皿拭きを渡した。


そして何事もなかったかのようにお皿の泡を流し始める。


驚いて山岡くんを見ると、彼はなぜだか面白そうに笑っていた。





「まあ、期待以上だったな。」


満足そうに口元に笑みを浮かべた嶺二くんもキッチンにやってくる。


「ほんとう?よかった!チョコレートケーキも焼いたから、あとで食べてね!」


ほっとしながら後ろを指差すと、嶺二くんの目がキラキラと輝いた。


うわ、嶺二くんのこんな無邪気な表情見るの初めて。


「花にしては気が利くじゃないか!ほら、俺が皿洗いかわるから花はケーキ切ってくれよ。」


弾んだ声でそう言った嶺二くんは私の背後からすっとスポンジを抜いて私を横に押しのけた。


いったい嶺二くんは私にどんなイメージを持っているんだろうと不安になりながらも、強引にだけどお皿洗いをかわってくれた嶺二くんになんだかほっこりした気持ちになった。
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