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裏 あしながおじさまは元婚約者でした

嵐のあと (1)side朝哉

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事件後の病室での朝哉目線です。
こちらも書籍版では雛子目線に変更になったのですが、雛子目線だと朝哉が内緒でしていた準備などを説明するのが難しく、改稿に苦心したのを覚えています。

*・゜゚・*:.。..。 .。.:*・゜゚・**・*:. .。.:*・゜゚・*



「朝哉、リンゴと桃、どっちがいい?」
「う~ん、リンゴ」

「はい、どうぞ」
「………。」

「あっ、ごめんなさい。まだ手が痛むのよね。はい、あ~ん」
「あ~~ん……うん、ヒナが剥いたリンゴは甘くて美味だな」

「ふふっ、誰が剥いても甘さは変わらないと思うけど」
「違うよ! ヒナが剥いてくれると甘さが倍増するんだ。本当だよ!」

 
 ベッドの上でここぞとばかりに甘える朝哉と、甲斐甲斐しくお世話する雛子。
 応接セットでヨーコと向かい合いながら、見舞客が置いていったロールケーキを食べていた竹千代が、そんな仲睦まじい2人を見て苦笑する。

「ほんっと甘々ですね。人前でもここまで遠慮なくベタベタしちゃう2人にビックリですよ」

「Oh、タケ、試練を乗り越えた2人にそんなコト言うのはヤボと言うものデスヨ。そういうのを『ウマに蹴られて死ンジャッタ』と言うのデス」

「それを言うなら、『馬に蹴られて死んじまえ』……だよな。そこまで微妙な間違いされると、わざと言ってるんじゃないかって疑うわ」

「まあっ、失礼な! 必死でニホンに馴染もうと努力しているワタシへの冒涜デスヨ! 在日アメリカ人全員を敵に回しましたネ!」

「日本のBL漫画をスラスラ読める時点で馴染みまくりだろう」


 ヨーコと竹千代の漫才みたいなやり取りを笑いつつ、朝哉は目の前の雛子をまじまじと見つめる。

――彼女が無事で本当に良かった……。

 今の感想は、ひとえにそれに尽きる。


 朝哉が新宿にある大学病院の特別個室に入院して、今日で3日目。

 未来のクインパスグループCEOとそのフィアンセを襲った恐ろしい事件は、招待客の豪華さも相まって大きなニュースとして取り上げられ、今も世間を騒がせ続けていた。

 病院周辺にはマスコミや朝哉ファン、そして野次馬が詰めかけ、テレビではコメンテーターがストーカーやサイコパスの心理について訳知り顔で語っている。


 朝哉は大地や麗良との格闘により、切創せっそうと全身への打撲を負った。

 打撲は大したことないので安静にして経過観察するだけで良かったが、カッターナイフで斬りつけられた、左肩から上腕じょうわんにかけての15センチほどの傷と、右手の甲の8センチの傷は縫合が必要で、麻酔注射をしての処置となった。

 幸いだったのは神経損傷が無かったことで、まだ無理はできないし痛みもあるものの、縫合部位のくっつき具合を見て2週間程度で抜糸できる予定になっている。
 

 そしてなんといってもここは『特別個室』。
 バス、トイレ付きなのは勿論のこと、キッチンや応接セット、来客用の前室まであって、そこらのホテルよりも充実した造りになっているので、補助ベットを置いても余裕がある。
 そういうわけで、愛する雛子が24時間心置きなく付き添ってくれているのだった。



「それにしても、防護ベストを着込んでおいて、本当に良かったですね」

 しみじみと呟く竹千代の言葉に、その場にいた全員が深くうなずく。

 防護ベストの購入を決めたのは朝哉だった。
 大地がスタンガンを準備していると知って、その対抗措置として色々調べていたところ、特殊な繊維で編まれた『対スタンガン ベスト』の存在を知ったのだ。

 軍隊や法執行機関向けの製品であるため日本国内では一般の店に出回っていないが、海外ではミリタリー専門店に行けば誰でも購入できる。
 朝哉の海外人脈を頼ってすぐに店に行ってもらい、防護ベストの他にも同じ材質で作られたグローブも購入して送ってもらった。

 ちなみに、盾のようにして使うシールド型スタンガンは日本のインターネットで購入したもので、グローブやベストと一緒に竹千代に持たせてあった。
 パーティーで主役の朝哉が怪しいグローブをつけているわけにはいかないので、せめて竹千代にフル装備させ、朝哉に何かあった場合は代わりに雛子を守ってもらうつもりだったのだ。

 おかげで雛子には傷一つ負わせることなく守りきることができた。
 運が味方してくれたのもあるだろうが、一番の勝因はやはり4人が一丸となって闘った成果だと思っている。


「ヨーコさんのハイキック、カッコ良かったわ」
「それを言うならヒナコの正拳せいけん中段突きも、ビシッとミゾオチにキマってましたヨ!」

 女子2人が見つめ合ってふふふっと笑う。

 じつは雛子がNYUに通っていた頃、ヨーコと一緒にニューヨークの空手道場に通っていたのだ。

 これももちろん朝哉の指示だった。

 ヨーコは日本人である母親に勧められ、7歳の頃からニューヨークの道場で極真空手を習っていた。
 大人になるにつれ以前ほどは稽古に通えなくなっていたが、10代の頃には大会で入賞したこともある実力者だ。

 そしてそれが、朝哉がヨーコを側近に選んだ理由の一つでもある。

 大企業の役員ともなれば、気づかないところで恨みを買っていると思って間違いない。
 ライバル企業とのいざこざや総会屋など、ヤクザ絡みのトラブルに巻きこまれることだってあるだろう。

 側近にするならば、何があっても動じることなく、危険から自分で身を守れる力と度胸がある者が好ましい。
 その点ヨーコは申し分なかった。

 雛子がニューヨークで予想以上にヨーコと親しい間柄になったと知ったとき、朝哉はヨーコに雛子も極真空手の道場に連れて行ってくれないかと頼んだ。

『だってさ、屈強なアメリカ人男子に寮の部屋に連れこまれたら、華奢なヒナなんてひとたまりもないだろ? 俺が側にいてやれないぶん、自分で身を守る術を身につけてほしいんだ』

 そして今回、新たな危機を察知した朝哉は、再び雛子を空手の稽古に連れて行くようヨーコに依頼していた。

 アメリカ人男子のナンパから逃げるためにと身につけさせた技が、まさかの本当の危機の場面で役立ったわけだ。


 今回のパーティーではヨーコにシンプルな黒のパンツスーツにフラットシューズで参加してもらっていた。
 髪も後ろでキッチリ纏め、華やかさよりも機能性重視だ。

 彼女にもスタンガン対策として朝哉や竹千代と同じ防護ベストを着せ、黒い防護グローブを持たせてあった。

 大地の持つスタンガンにばかり気を取られていて、まさか麗良がカッターナイフを持っていたとは思わず痛い目に遭ったが……。



「ヨーコさんが久し振りにお稽古に誘ってくれて良かったわ。少しだけど勘が取り戻せたから。あっ、朝哉、知ってた? ヨーコさんは空手の茶帯を持ってるのよ。凄いでしょ!」

「そうか、それは凄いな」

 驚いたかとばかりに目をキラキラさせている雛子にニコッと微笑みかけてから、朝哉はヨーコと目配せする。

「そうだよ、知ってたよ」……と言っても構わないのだが、ヨーコの目が『オラオラ、余計なことを言うんじゃないゾ』と語っていたので、口を噤んでおくことにした。

 朝哉だって、雛子のナンパ&連れこまれ防止のためにそんなことを頼む嫉妬深い男だなんて、雛子本人に知られたくないのだ。


「警察は何時に来るって?」
「午後2時デス。その前に院長回診がアリマスヨ」

 警察には事件翌日にも事情聴取をされたけれど、大地たちの供述と照らし合わせるために、もう一度話を聞きにくるらしい。


 大地が動きだした時に朝哉たちが疑問に思っていたのは、『情報源がどこなのか』だった。

 麗良がどこかでなんらかの形で雛子と朝哉の帰国を知り、兄の大地に知らせる。そして大地は雛子会いたさで、何年かぶりに外に出る決意をした……という仮説を立てたとき、だとすれば、麗良はどうやってこちらの情報を得ているのか、というのが大きな疑問となった。

『どこか』、『なんらか』、『どうやって』。
 大事なピースが足りなすぎだ。
 最後までその部分が判明しないまま、とにかく大地の攻撃に備えることだけに集中したけれど……じつは最も気をつけるべきは、麗良のほうだった。

 大地と麗良が逮捕され、事件の全容が明らかになった。

 なんと麗良はクインパス本社とは目と鼻の先のコンビニでアルバイトをしていた。
 草津の温泉街のテレビでたまたま朝哉の映った映像を見て、東京まで会いにきたのだ。

 運命のいたずらか、コンビニに通っていた社員が持っていた社内報で彼と雛子が婚約したことを知り、一方的に嫉妬を募らせ、妨害を企てたのだという。


 驚くべきはここからで、なんと麗良は常連の社員を通じて広報部の女性と親しくなり、婚約パーティーの日時や場所、当日のスケジュールまで聞き出していた。

 パーティー当日、つまり土曜日の午後。
 大地と合流した麗良は広報部の記者とカメラマンが待ち合わせをしていたコインパーキングに向かい、2人をスタンガンで襲ってロープで拘束したうえ記者の車に閉じこめた。

 彼らの社員証と腕章、そしてカメラを奪ってクインパス社員になりすましてホテルに入り、

「クインパス広報部、岩倉です! 専務の婚約パーティーの取材に来ました! 鳳凰の間に行くエレベーターはこっちでしたよね!?」

 遠目に社員証とカメラをかざして見せながらフロント前を堂々と通過。
 会場のある階まで上がると、控え室に取材に行くフリをして、そのまま近くのリネン室で息を潜めて待機した。

 パーティーがはじまり音楽が流れたところで大地が控え室の鍵を壊し、2人で中に侵入。
 そこからステージに続く裏口に出て、明るい会場に飛びだした……ということだった。


『雛子だけが幸せになるのが許せなかった』
『朝哉様は私のものなのに』
『パーティーでバッグを拾ってもらったときにお互い一目惚れをした』
『私にだって幸せになる権利がある』

 警察の取り調べで、麗良は真顔でそう語っていたそうだ。

 大地のほうは、雛子が自分に気があると麗良に騙され、雛子を救うために動いたようなので、ある意味、麗良の計画に巻きこまれた被害者でもある。

 だからといって彼がしたことが許されるわけではないが……麗良の妄言を信じたりしなければ、彼は今でも草津の社員寮の一室で引き籠ったまま、ある意味幸せに暮らせていたのだろうな……とは思う。

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