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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
大地、動く side大地
しおりを挟む十月の大安吉日、午後2時前。
大地を乗せた高速バスは、予定よりも5分ほど早く新宿駅新南口に到着した。
――人が多い、音がうるさい、排気ガスが臭い、日差しが強い……!
すべてが不快だ。
だけどこれも、雛子のためだと思えば耐えられる。
彼女は今頃きっと心細い思いをしているだろう。
意に沿わない結婚話に1人で涙しているに違いない。
いや、洗脳されているとすれば、抗う気力もないままで、好き勝手に恥辱の限りを尽くされているんじゃないだろうか……。
――僕の雛子ちゃんが、犯されている!
大地は幼い頃からずっと雛子が好きだった。憧れと言ってもいい。
5歳年下の、華奢で白くて可愛らしい、人形みたいな女の子。
妹と同じ歳なのに、どうしてこんなにも違うのか。月とスッポン、雪と墨、まさしく雲泥の差だ。
2人を入れ替えてほしいと何度思ったかわからない。
昔から人付き合いが苦手で引っ込み思案だった大地は、いじめられっ子だった。そして短気でもあった。
学校で太っていて汗かきなのを揶揄われると、突然キレて相手に殴りかかったり教科書を投げつけたりする。
最初のうちはその反応を面白がって、クラスの猛者たちがわざとちょっかいをかけてきていた。
けれど彼らが大地の暴れっぷりに恐れをなすと、そのうちに揶揄われることさえなくなった。
ようはクラスにいない者として扱われたのだ。
大学に行けば少しは変わるかと思ったけど、何も変わらなかった。
いや、違っていたか。
彼らは最初からデブでダサい男には近寄ろうともしなかったから。
ある日、人気のある教授の講義で教室が満員になったとき、後ろのほうから女子のヒソヒソ話が聞こえてきた。
『えっ、あそこしか席が空いてないの?』
『脇汗デブの隣じゃん』
『嫌だ、キモい~! 今日の講義、欠席してもいい?』
結局彼女は隣の席に座ってきたけれど、常に頬杖をついて顔を背け、半身を向こう側に向けたままだった。明らかに拒絶の姿勢だ。
――こっちだっておまえの顔なんか見たくないんだよ! このブス!
翌日から大学に行くのをやめた。
雛子の父親が亡くなってすぐ、なぜか家族で東京に引っ越しすることになった。
母親も妹も大乗り気でキャッキャとはしゃいでいる。
向こうですべて新品に買い換えるから、お気に入りの荷物だけ纏めろと言われてうんざりした。
――メンドクサイな。
自分にはゲームをする空間さえあれば事足りるから渋っていたら、『お兄ちゃん、引っ越し先は雛子の家だよ』と麗良に言われた。
麗良に自分の気持ちを気づかれていたのは恥ずかしかったが、それよりも、雛子の名前に心が躍る。
――そうか、一緒に住めるのか。雛子の父親が死んでくれて良かったな。孤独で可哀想な雛子に優しい言葉をかけてやれば、デブで汗っかきでも好きになってくれるかもしれない。
そう考えたらウキウキしてきて、速攻で全部のゲームを段ボール箱に詰め込んだ。
雛子との同居は最高だった。
何の努力をしなくても、視界の端々に彼女の姿が映りこんでくる。
すれ違えば彼女の甘い香りがする。
同じ空間で同じ空気を吸っていると思うと、興奮して仕方ない。
彼女の姿を思い出しては何度もオナニーした。
気持ち良すぎて手が止まらなかった。
母親の恭子が雛子に家族との同席を許さなかったため、いつも彼女は皆が食事を終えた後で1人食卓につく。
そのときに大地が向かい側の席に座っても彼女は嫌がることなく、ふわりと微笑みかけてくれる。
『大地さん、私のことは気にせず、ご家族と一緒に食べてくださいね』
『ううん、僕は雛子ちゃんと食べたいから』
『……そうですか』
『雛子ちゃん、僕の部屋で一緒にゲームする?』
『いいえ、私はゲームが得意じゃないし、学校の宿題もあるので……』
『そうか、わからないところがあったら教えてあげるよ』
『ありがとうございます。その時にはお願いしますね』
交わした会話はそれほど多くなかったけれど、2人の間に徐々に愛情が育っていくのを感じていた。
――なのに、なのになのに……!
天使との幸せな時間は、あっけなく終わりを迎えることとなる。
雛子が家を出た。
あっという間のことだった。雛子は普通に登校したその足で、学校の寮に入ってしまったのだ。
『父さん、どうして雛子ちゃんが寮に入るんだよ!』
父親に怒鳴り散らしていたら、うしろから麗良の声がした。
『お兄ちゃん、なに言ってるの。これは雛子が望んだことなのよ。アイツは男と自由に会いたくて家を出たの。私の朝哉様を誑かして、クインパスCEOの妻の座を狙ってるんだわ』
『うるさい! 黙れ!』
――雛子ちゃんはそんな子じゃない! 雛子ちゃんを誑かしているのは相手の男だ! そうに違いない!
おまけに馬鹿な父親が会社を追い出されたうえに、借金で首が回らなくなったという。
闇金業者が連日やってきた。
家のチャイムが連打され、電話が鳴り続ける。
家族で雛子に会いに行った。高校生の雛子に救いを求めてどうするって言うんだ? 愚かな親に腹が立つ。
案の定、どうにもなりはしなかった。
『もう駄目だ。このままじゃ俺と大地はマグロ漁船に乗せられて、女はソープに売り渡される。何処かに逃げよう。すぐに金になりそうな物を掻き集めるんだ』
雛子は置いて行くって? 冗談じゃない。彼女は唯一無二の天使なのに、未来の嫁なのに。
雛子奪還のために家の工具を掻き集めて準備を始めた大地を両親が止めた。
『邪魔するな!』
気づけば2人をペンチで殴りつけていた。工具が肉にめりこむ感覚が妙に心地よかったのを覚えている。
そしてあっという間に逮捕され、雛子とも引き離され……東京から離れた温泉街で、大地は永遠に引き篭もることにした。
――だが、今の俺は違う!
俺は雛子の救世主で、白馬の王子様で、未来の夫で……。
大地は腕時計を見て、麗良との待ち合わせまで時間があることを確認すると、近くのハンバーガーショップで時間を潰した。
それからスマホで地図を調べてゆっくりと歩きだし、人気の少ない公園のベンチで缶コーヒーを飲んで息をつく。
もう一度時計を見て、木立ちの奥にある寂れた公衆トイレに向かった。
3つある公衆トイレの一番手前に入りドアを閉める。
鍵はかけない。すぐに出られるようにドアに手をかけ待機する。
5分……10分……。足音が近づいて来る。
――来たっ!
足音が目の前を通過するのを待って勢いよくドアを開けると、後ろから目の前の男の首に腕を巻きつけた。
「うわっ! ゔっ……ガハッ」
「おまえ、あのクインパス御曹司の仲間か。一緒にバスを降りてから、ずっと僕を尾けてきてただろ」
大地の腕を掴んで必死に逃れようとするから、ギリッと腕の力を強めてやる。
「うっ……ぐっ……」
「僕の邪魔をする奴は許さない……」
調査員は場数を踏んできたプロだ。調査対象者を警戒していなかったわけではないだろう。
しかし警戒はしていたが、油断があった。太った引き籠りなんて大したことないとタカを括り、大地の身体能力を舐めていたのだ。
大地はいじめられっ子であったが故に、周囲の視線や気配に敏感だ。
怪しい男が同じ高速バスに乗って時折チラチラと観察していたことも、ハンバーガーショップに追って行ったことにも、そんなのとっくに気づかれていたのに……。
トイレに入ってしばらくしても出て来ないから、まさか奥に逃げ道でもあったのかと中に入ってきたところを、個室から飛び出してきた大地にスリーパーホールドをキメられたのだ。
調査員は、大地の予想外の素早い動きと馬鹿力になす術もなくあっけなく拘束された。そして大地が首を絞めつける力を強くすると、白目を剥いてガクッと意識を失ったのだった。
大地は背負っていたリュックからネクタイを取り出すと調査員の男に猿ぐつわを噛ませ、ロープで手足を縛り、身体をトイレの個室に押しこむ。
「クソッ! おまえのせいで時間を無駄にした」
ガッ! と太腿に蹴りを入れてからトイレを出て、もう一度時間を確認する。
時計の針は午後4時過ぎを指していた。
――麗良との待ち合わせまで、もう時間がない。
急がなくちゃ……あんな男を雇う卑劣な奴に、彼女を渡すわけにはいかないのだ。
カッと全身の血が滾り、怒りが力となって大地を動かす。
「雛子ちゃん、待ってて」
大地は小さく呟くと、麗良との待ち合わせ場所へと駆け出すのだった。
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