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裏 あしながおじさまは元婚約者でした

あの女、ふたたび side麗良

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書籍版では全カットだった白石兄妹(通称:毒兄妹)サイドです。
幸せでラブラブな雛子朝哉カップルとの対比や、徐々に危機が迫ってくる流れがゾクゾクして自分では気に入っていたので、こちらで全放出です。

*・゜゚・*:.。..。.:* .。.:・**・゜゚・*:..。.:*・゜゚・*



「ちょっと白石さん、ウォーターボトルとお茶は分けて並べてくれなきゃ困るよ」

――ちっ! このハゲオヤジ、うるさいんだよ!

「は~い、わかりましたぁ~」

「わかりましたってね、あんた、このまえもお握りを適当に並べてたでしょ。どの時間帯でも入れるって言うから雇ったけど、いい加減な仕事をするようなら辞めてもらうよ」

「……すみません、気をつけます」

――くそっ! どうして私が謝らなきゃいけないんだ! くそっ、くそっ、クソッ!


 白石麗良うららはレジに戻っていく店長の背中に悪態をつきながら、冷蔵ショーケースの裏で、たった今てきとうに並べたドリンクボトルを並べ直す作業に取りかかった。

 新宿のクインパス本社からほど近いこのコンビニで麗良がバイトを始めたのは、ほんの1週間前。

 温泉街をブラついていた時に、店先のテレビから『クインパスの子会社である白石工業で、画期的な新型カテーテルが開発された』……というニュースが流れていて、そこに映っていた商品説明会の場に黒瀬朝哉がいるのを発見したのだ。

――朝哉様が、日本に帰って来ていらっしゃる!



 6年前の夏から、麗良の生活は激変していた。

 その数ヶ月前にライバルであった雛子を家から追い出し、白石メディカCEOの娘として憧れの都会でお嬢様生活を手に入れたときが人生のピークだったと思う。

 贅沢し放題で、欲しいものはなんでも手に入るようになった。
 そう、理想的で最高の婚約者、朝哉でさえも、手中に収める直前だったのだ。

――なのに……

『朝哉は見識を深めるため海外留学をさせることになった。しばらくは誰とも結婚する予定はない』

――そう黒瀬家から丁重な婚約延期・・・・の申し出があり、私たちの婚約はうやむや・・・・になってしまった。

 それにガッカリする間もなく、あれよあれよと状況が悪化し、父親は会社から追放され、銀行に財産を差し押さえられ、家には借金取りが連日押しかけるようになり……

 挙げ句の果てに、最低限の身の回りの物だけを持って夜中に家を出ることになってしまった。
 いわゆる夜逃げというやつだ。

 借金取りの追跡を恐れて東京から離れた。母方の実家も危険だ。
 結果向かったのは東京から電車を乗り継いで3時間ほどの温泉街で、温泉旅館で両親2人して働ける仕事を見つけて家族寮のアパートに住みこんだ。

 硫黄の臭いと温泉饅頭だけの面白くないところ。けれど借金取りの怒声を思い出すと東京に戻る勇気もなく、麗良も地元の土産屋でバイトを始めた。
 笑顔が足りないとか接客態度がなってないとかうるさいから3日でとっとと辞めてやったが。

 2DKの狭いアパートは最悪の空気だった。
 大介と恭子は毎日のように喧嘩が絶えず、慣れない仕事で疲れたからと家事もしないから部屋が荒れていく。

 最悪なのは兄の大地で、東京から逃げる前には愚かにも雛子の寮に忍びこんで逮捕された。
 保釈後はますます引き篭もりが激しくなり、今はただでさえ狭い寮のアパートの1部屋を占領している。

 おまえも働けという父親を大地が殴りつけてからは、親ももう何も言わなくなった。
 東京から逃げる前にバッグや宝石なんかを売り払って作ったなけなしの生活費は大地のパソコンやゲーム代になり、内側から鍵のかかったアイツの部屋からは、ピコピコという電子音や銃撃戦の大音響が聞こえてくる。

 デブの引き籠りのうえに、時々顔を出せば『ゲームを買ってこい』だの『お菓子を買ってこい』だの好き勝手なことを言い、無理だと言えば癇癪を起こして暴れだす。最低だ。死ねばいいのに。

 もとはと言えば、父親の大介が能無しだったせいでこんなことになったんだ。母親が愚痴るのも当然だと思う。
 麗良も恭子と一緒になって連日大介を責め立てた。
『能無し!』、『クズ野郎!』、『役立たず!』

 最初は反論していた大介が徐々に無口になり、しまいには一言も話さなくなった。
 今思えば鬱状態というやつだったのかもしれない。

 ある日大介がフラリとアパートを出て、そのまま帰ってこなかった。どこに行ったのかは知らない。どこかで野垂れ死んだのかもしれないけど、もうそんなのどうでもいい。

 ただでさえ少ない収入が減ってしまった。今日も大地が暴れている。

――クソッ、こんなところ、出て行ってやる!


 そんな麗良に天啓てんけいがもたらされた。

 大地のいるアパートにはいたくないし、かといって特にすることもない。
 仕方なく温泉街をぶらついていたら、街角のテレビのニュースで朝哉を見つけた。

――私の王子様!

 懐かしいあの日のパーティーで出会ったのが運命ならば、今日ここでその姿を見かけたのも運命。

 不運に見舞われた可哀想なお姫様を救うのは、白馬に乗った王子様だと相場が決まっているのだ。

――行こう、東京へ。

 その日のうちに母親の財布からお金を盗んで電車に飛び乗ったのだった。




 そしてクインパス本社にほど近いコンビニで働き始めて1週間。
 運命の王子様にはまだ会えていない。

 会社のそばをうろついてみたものの、セキュリティーが厳しく建物の中には入れてもらえなかった。
『アポが無いなら身分を証明する物を提示しろ』って、あの警備員、馬鹿じゃないだろうか。クインパス御子息の婚約者に対して失礼すぎる。
 朝哉様に無事再会できた時にはアイツを真っ先にクビにしてもらおう。



「――ちょっと白石さん、作業に時間かかりすぎ! 早くそっちを済ませてレジに入って」
「はいはい」

――うるさいクソジジイ! クインパスの近くじゃなければ誰がこんな店で働くかっ!

 爪をガジガジ噛みながら雑に作業を終えてレジに向かう。
 すると、どこかのOLらしい制服姿の2人組がコピー機のところで話しているのが聞こえてきた。


『ちょっと、わざわざ社内報を持ってきたの?』
『うん、専務の写真だけ拡大コピーしようと思って』

『どんだけ好きなのよ! まあ、私も好きだけどさ』
『美しいよね~』

 なんとなく気になって、レジで作業をしつつ2人の会話に耳をすませる。


『だけど専務、彼女がいるって書いてあるよ』
『いいのいいの、専務は高嶺の花、鑑賞用よ。どうせお相手はどこぞの御令嬢でしょ』


――ふん、あんた達はそうでしょうね。私は王子様が待ってるけど。

 2人が去ったあとで店長に言われてコピー用紙の補充に行くと、原稿ガラスに社内報が忘れてあるのを見つけた。

「あっ、お客さん……!」

 店を出て追いかけようとした時、何気なく目にしたそれを見て、麗良は驚愕した。

「朝哉様!」

 そこには麗しい笑顔でこちらを見つめる朝哉がいた。

『専務』、『アメリカから帰国』の文字が目に入る。

――そうか、朝哉様はアメリカから帰国したばかりなんだ。しかも今は専務だなんて!

 そして続く言葉に更に目を見開く。

『恋人? いるよ、もちろん。昔も今もこれからも、彼女一筋』
『めちゃくちゃ可愛くていい子』

――朝哉様は今も私を想っていてくださる!

 麗良は社内報を胸に抱きしめ、通りの向こうに高くそびえるクインパスビルを見上げた。

「朝哉様、待っていてくださいね。必ず……必ず会いに行きますから」

「ちょっと白石さん、何やってるの!」
「はい、戻りますっ!」

 麗良は店から顔を出して怒鳴っている店長を睨みつけ、爪をガジガジと噛みはじめる。
 そして何度もクインパスビルを振り返りつつ、渋々店内に戻るのだった。

 あの高層階で自分を待っているであろう、王子様の笑顔を思い浮かべながら。

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