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裏 あしながおじさまは元婚約者でした

もっと夢中になって

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「専務、広報部から昨日のインタビュー記事と写真の確認をお願いしたいと言ってきています」

 雛子が社内報用の記事見本を両手で差し出すと、朝哉はパソコンから顔を上げてそれを受け取りながら、「ヒナは?」と記事ではなく雛子の顔を見上げてきた。


「えっ?」
「ヒナはその記事を読んでどう思った?」
「えっと……あの…素晴らしかったです」

 給湯室にいるヨーコの視線を気にしながら小声で言うと、「どこが?  どんなふうに?」と朝哉が食い下がる。

「はい。まず、『不易流行ふえきりゅうこう』という言葉が印象的でした。私は知らなかったので」


 インタビューの中で、『これからのクインパスに求められるもの、または自分が目標とする企業の在り方とは』と問われた朝哉は、「不易流行の精神ですね」と答えている。

 記事の脚注きゃくちゅうでは、『不易流行とは松尾芭蕉の言葉で、永遠に変わらない事(物)を忘れず、新しさや変化も同様に取り入れて行くこと』と説明されていた。


『「不易」と「流行」、この2つは一見すると相反するもののように見えますが、芭蕉も「その本は一つなり」と語っているように、両者の根本は一つなんです』

 朝哉はその言葉を1本の大木に例え、地にしっかりと根を張り太い幹をどっしりと構えていることの大切さ、その葉や花や実が季節と共に色や形を変え新陳代謝していくことの意味を説いた。

『このように変わらないものと変わるものが一本の木に共存しているように、企業にも『不易流行』の精神が求められていると思うんです』

 変化の激しい現代社会で、ユーザーの求めるものはめまぐるしく変化している。
 流行に敏感に対応することは大事だが、それに振り回されて目先の綺麗さや華やかさばかりを追えばすぐにしおれて枯れてしまう。

 百年、千年、天に向かって育ち続ける大樹になるには、社会の変化に応じた変化を遂げながらも揺るぎないものをしっかり守っていくことが大事なのだ。

『そのバランスをしっかりと見極め、会社を長く繁栄させるのが経営者である私たちの使命であると考えています』

 と朝哉は締めくくっている。


「素晴らしい考え方だと思いました。社員の皆さんもこの記事を読めば、この人について行こうって思うに違いありません」

「ヒナは?」
「えっ、そりゃあ、私だって……」
「他の質問についてはどう思った? 俺の写真は?」

――うわっ、やけにグイグイ来る!

 朝哉が聞きたい部分はなんとなくわかっているのだけど……恥ずかしいからあえて避けていたのに。

「いいんですか? 恋人がいるとか言っちゃうと、女性社員の人気が下がっちゃいますよ」


 今回の社内報は『噂のイケメン専務に直撃! みんなが気になるあの質問に答えてもらいました!』という見出しで朝哉の写真とインタビューに丸々2ページ割いて特集を組んでいる。
 見出しの下には『女性社員の皆さんは必見です!』とまで書いてあった。

 当然、朝哉への質問は真面目なものだけでなく、スリーサイズや趣味、愛車の種類、恋人の有無にまで及んでいるのだが……。

 朝哉はサラリと『恋人? いるよ、もちろん。昔も今もこれからも、彼女一筋』と答えていた。
 おまけに『めちゃくちゃ可愛くていい子』とまで。

 自惚れているわけではないけれど、婚約破棄の理由とその後の彼の行動を知った今となっては、この『恋人』が雛子を指しているというのに疑いの余地がない。
 
――ちょっと褒めすぎだと思うけど。

 戸惑い気味の雛子に比べて当の朝哉は堂々としたものだ。

「いいだろう? 本当のことなんだから。恋人はいるかって聞かれたから『いる』って答えた。今まで付き合った人数を聞かれたから『今も昔もこれからも彼女一筋』って答えた。ヒナが自分との関係はしばらく内緒にしてくれって言ってたから名前は出さなかったけど、本当はヒナが婚約者だって言いたかった」

 恥ずかしげもなくぬけぬけと言われて顔が赤くなる。

 臨時とはいえ、恋人が個人秘書をしてますなんて言ったら公私混同だと朝哉の評判が悪くなるに決まっている。
 だから自分がここを去るまでは付き合っていることを内緒にしたいと、彼には伝えてあった。

 だから朝哉としてはこれが精一杯の譲歩だと言いたいようだけど……言いたいもなにも、雛子はまだ婚約者ではない。


「……恥ずかしいです。名前が出ていないとはいえ、こんなに堂々と……可愛いとか」

「ハハッ、ときめいた? 俺の写真はどう?」

「……トキメキましたよ。笑顔の写真も爽やかで素敵で……って、仕事中に何言わせてるんですか!」

「ハハッ、やった、ヒナが俺にトキめいた!」
「もうっ、馬鹿じゃないの!」
「ハハハッ」

 一通り笑ってから、朝哉が真顔になって雛子を見つめる。

「なっ……なんですか!?」
「俺、今本当に必死だから」
「えっ……」

「ヒナに振り向いてもらうためならなんでもするよ。社内報の写真1枚にも見惚みとれてほしいって思うからカッコつけてキメ顔したし、インタビューだって、どう答えたらヒナが意識するかな……ってめちゃくちゃ考えた」

「だ……大事な社内報に何してるんですか!」
「だから言っただろ、俺は今、必死なんだって」

 ヒナ……もっと俺に夢中になって……。
 そう言われて、仕事中なのも忘れて胸がキュンとなる。

「そんなの……もうとっくに大好きなのに……バカ」

 うつむきながら小さく呟いたら、給湯室からヨーコがひょっこり顔を出し、「せめてドアは閉めて下さいヨ。こちらは気にせずごゆっくりドーゾ」と含み笑いでドアを閉められた。

――まっ、丸聞こえだった!


「もっ……もう、恥ずかしい! とにかく記事にはご自分で目を通しておいてくださいね!」

 慌てて自分のデスクに戻ろうとしたら、朝哉がツカツカと歩いてきて雛子の手首を掴む。

「ちょ!……あっ……ん…」

 後頭部と腰に手を回されて、いきなり喰らいつくような激しい口づけ。

「あっ……ふ……っ」

 ピチャッと音をさせながら執拗に唇を貪られ、身体の力が抜けていく。
 隣にはヨーコがいるのに……仕事中なのに……。

 なのにいつの間にか朝哉の背中に手を回し、みずから舌を絡ませていた。
 朝哉の手のひらがゆっくりと背中をさすり、そしてタイトスカートの上からお尻の丸みを撫でる。
 下半身が疼いて思考が朦朧としていく。


「……残念だな。ここではこれが限界」

 不意に唇が離れ、耳元でこっそりと囁かれた。
 名残惜しむように髪をサラリと撫で、頬にチュッとキスを落とすと、朝哉は何事もなかったようにデスクに戻っていく。

 それを物足りないと思ってしまう自分は……もうすっかり朝哉のペースにはまってしまっているのだろう。

 火照った熱を持て余しながら、雛子は化粧を直しにロッカールームに向かうのだった。

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