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裏 あしながおじさまは元婚約者でした

6年ぶりのキス side雛子

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「朝哉と結ばれたことは、ただの一度も後悔したことなかった……」

 雛子が真っ直ぐに見つめると、湯気の向こう側でアーモンド型の瞳が驚きに見開かれた。

「朝哉は言ったわよね。全部覚えていて、結ばれたことを後悔しないで……って」

「言った。我ながら身勝手でひどい言葉だよな……だけど俺は……」

「私は後悔していないわ」
「ヒナ……」

「寮にいたときにね、処女が重いから早く経験しちゃいたいって子が結構いたのよ」

 突然変わった話題に、朝哉が「えっ」という表情を浮かべる。

 けれど雛子は構わず話を続けた。
 高校や大学で、早く処女を捨てたいからとたいして好きでもない人と付き合ったり、二十歳前に駆けこみで彼氏を作って経験してすぐに別れて……という子達を見てきたのだと。


「よかった、私は違う……って思ったの」

 自分はちゃんと好きな人と結ばれた。
 焦ったわけでも流されたわけでもない。
 心から愛して、そうなりたいと思える人と結ばれた。

「あの瞬間の私は、確かにしあわせだったんだわ。だって一生でただ一度のはじめてを、大好きな人に捧げることが出来たんですもの。たとえそのあとで悲しい別れが待っていたとしても……誰がなんと言おうと、私は世界一……しあわせだったの……」

 神妙にうつむいて聞き入っていた朝哉は、雛子の声の震えに気づいて顔を上げた。

「ヒナ……」

「悔しいけれど、あなたに言われた通りになっちゃったわ……憎んでも恨んでも、それでもやっぱり好きだなんて……」

「ごめん、ヒナ……本当にごめんな。それでも俺は……ヒナの言葉が嬉しくて仕方ない……」

 朝哉がスッと立ち上がり、雛子に向かって正座した。
 雛子も朝哉にならい、掘りごたつから足を出して正座する。膝を突き合わせると視線が重なった。

「抱きしめても……いいかな」
「今朝は勝手に抱き締めたくせに」
「もう嫌われたくないんだ」

――ズルい……どんなにされてもあなたを嫌いになれないって知ってるくせに。

 雛子が泣き笑いの顔でうなずくと、朝哉が膝立ちで畳を進み、目の前で止まる。そっと腕を背中にまわしてきた。
 嫌われたくないと言ってたくせに、抱きしめる力は痛いほど強く、遠慮がない。

「ヒナ……ヒナ……っ!」

 耳元でうわ言のように名前を囁かれ、身体の力が抜けていく。
 髪に差し込まれた長い指が地肌に触れるたびに、身体の奥から甘い疼きが迫り上がる。

――ああ、私はずっと、こうされたかったんだわ。


「ヒナ……今、俺、めちゃくちゃキスしたいんだけど……駄目かな」

 耳朶に唇を押し付けながら、吐息と共に余裕のない声で問いかけられる。

――ほら、やっぱりズルい。

「……駄目って言ったらめるの?」

 朝哉は顔を離して雛子の瞳をのぞきこむと、参ったというようにクシャッと表情を崩した。

「ふっ……いや、止められないな」

 見つめあい、同時にクスッと笑う。雛子の額に、目蓋に、そして頬に啄むように口づけて……

「ヒナ……愛してる」

 最初はそっと触れるだけ。そして一旦離れてもう一度重なったそれは、6年分の想いを注ぎ込むように、深くて熱くて情熱的だった。

「は……ヒナ……っ…」

 口づけの合間に名前を呼ばれ、また口づけられる。
 徐々に強くなる腕の力と唇の圧力。
 水っぽい音と共に舌を絡め取られ、逃げることを許されない。

――もう逃げるつもりも無いけれど……

 あんなに憎んでいたはずなのに、その裏側にある本音を言葉にしてしまうと、もう自分の気持ちを誤魔化すことなど出来なかった。

 好き……。ずっと彼のことが好きだった。

 忘れたことなんてなかった。忘れたくても忘れられなかった。
 苦しくても憎くても、それでも記憶から消したくなんてなかった。
 

 そして朝哉も雛子を忘れてなんかいなかったのだ。
 それどころか雛子のために自分の将来を捧げ、6年間を費やしていた。
 今また目の前に現れた彼は、従者のように雛子に許しを乞い、王子様のように愛の言葉を囁いている。

 忘れなくて良かった……。

 切なさと喜びと感動と……様々な感情が入り乱れる中で、胸を突き上げてくる強い想い。

「朝哉……好き……」

 消え入りそうなほど小さな呟きは、涙の粒と共にポロリとこぼれ出た。

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