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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
明かされた真実 side朝哉
しおりを挟む雛子と2人でさっきの部屋から少し離れた個室に通されると、朝哉は掘りごたつを回りこみ、彼女の向かい側に座った。
ガラス窓から見える坪庭の景色は先ほどの部屋と微妙に違っていて、こちらも趣がある。
自分にとって幼い頃から通い慣れた店、見慣れた景色だ。
――けれど今、俺の目の前には雛子がいる。
まさか今日こんなことになるなんて、まったく予想していなかった。
定治がランチとか言いだした時点で雲行きが怪しいとは思っていた。
父親と挨拶回りしている間も気が気じゃなくて、終了と同時に専務室に駆けこんだ。
そこではヨーコが竹千代と2人で優雅にお茶を飲んでいて、肝心の雛子の姿が見えない。
『ヒナコはカイチョーと先に行っちゃいましたヨ』
『はぁ!? なんで引き止めないんだよ!』
『ワタシはただのしがないシャチクですのでエライ人には逆らえないのデス』
『くそっ! アメリカ人のくせに社畜とか変な言葉ばっか覚えてんじゃねえよ!』
『ワオ! 人種差別デスネ! ヘタレストーカーの腐れ外道のくせに生意気デス!』
――コイツ日本に来てから急速に毒舌が進化してるな。
しかし今はそれどころじゃない。
まだ役員と話していた時宗を待てずに、竹千代に車を出させて慌てて駆けつけたのだが……それがマズかった。
父親と一緒に出て、車内で口止めしておくべきだったのだ。
雛子が朝哉の秘書になったという報告を受けて、定治と時宗は朝哉がすべてを打ち明けたのだと思ったのだろう。
そしてその結果2人のヨリが戻り、めでたく雛子を秘書として迎え入れることとなった……と盛大な勘違いをしたのに違いない。
ようは定治と時宗からしてみれば、今日のランチはお祝いの席だったというわけだ。
――そして今、この有り様なわけだが。
徐々に間合いを詰めるつもりが、いきなりコーナーに追い詰められた。もう逃げるわけにはいかない。
向かい側の雛子は厳しい表情で黙りこんでいる。絶対に怒っているよな、そりゃそうだ。
覚悟を決めて、ゴクリと唾を飲みこんだ。
「あのさ……」
口を開こうとしたときに、タイミング悪くしゃぶしゃぶ鍋と具材が運ばれてきた。
慌てて口をつぐむが、この沈黙の時間がひたすら気まずい。
従業員が説明を終えて菜箸で肉を取り出そうとしたところで、雛子が「あとは自分でやりますので」と声をかけた。
従業員も心得ていて、「ご用がお有りでしたらお呼びください」と言い残してすぐに出ていく。
――緊張する……だが行くしかない!
「悪かった!」
ドアが閉まるのを待って、速攻で畳に膝を揃えて土下座した。
「抱くべきじゃないって思ってた。あんなやり方、絶対にヒナを傷つけるってわかってた。だけど、離れてもヒナを感じていたくて、ヒナにも俺を覚えててほしくて……俺は……卑怯者だ……」
畳に額を擦りつけたまま、雛子の反応を待つ。彼女は今、どんな表情をしているのだろう……。
「お肉、早く食べて」
「えっ!?」
ガバッと顔を上げると雛子がダシ汁に肉をサッと通して朝哉の器に入れていた。
「ヒナ……」
朝哉がすごすごと席に戻ると、雛子が菜箸で肉と野菜を操りながらチラリと上目遣いになる。
「……本当に卑怯よね」
仰る通りなのでうつむくしかない。
「会社は継がないって言ってたくせに」
「うん……言ってたな」
「海外で自由を謳歌するんじゃなかったの?」
「……。」
「どうして……何も話してくれなかったの?」
私のためだったんでしょ?……と言われ、どう答えるべきかと考える。
――だから言いたくなかったんだ。
雛子のためにクインパスを継ぐことにした。
そう言えば彼女は必死になって止めただろう。
朝哉が強行すれば、今度は止められなかった自分を責め続け、いずれ自分から離れることを選ぶに違いない。
彼女はそういう子だ。
人を不幸にしてその上に平気で胡座をかいていられるような子ではない。
だから、彼女に罪の意識を持たせるくらいなら、自分が罪を被ったほうがマシだと思った。
酷い男だと憎んでくれればいい。恨み続けてくれればいい。
だけどいつか絶対に会いに行く。
張りぼての役員などではなく、実力を伴った、仕事のできる男になってから……。
『騙しててごめん。俺がヒナのあしながおじさんだったんだ』
そう言って迎えに行くつもりだった。
『ほら見てよ、俺は立派に仕事ができてるだろ? ヒナのお陰で俺はここまで頑張れたんだよ』
全部おまえのお陰だ、だからこれからは隣で応援してよ……そうプロポーズして、その細い身体を抱きしめて……。
そんないつかを夢に見て、この6年間を乗り越えてきたんだ。
なのにあしながおじさんの正体を告げるタイミングは失うし、あの日の別れの理由を父親にあっさりバラされるしで、カッコ悪いにもほどがある。
――そして目の前のヒナには自分の口から何も言えないまま……
「俺……ダサダサだ。もっとカッコいい再会を予想してたのに」
「ふふっ、カッコよく再会するつもりだったんだ」
「うん……いい男ぶりを見せつけて、もう一度惚れ直してもらう予定だった」
「馬鹿じゃないの、あんな裏切りのあとで簡単に惚れ直すはずないでしょ」
雛子のストレートなツッコミ、久々に聞いたな。嬉しいけれど切ないぞ。そうか、惚れ直さないか……。
鼻の奥がツンとする。
「そうだよな……うん、ごめん」
ショボンと肩を落として特上のA5肉を頬張ったら、口の中でトロリと溶けて無くなった。
「美味しい……こんなときなのに美味いな。うん、やっぱり日本食が一番だな。ヒナも食べてみろよ、めちゃくちゃ柔らかいから」
「うん……ふふっ、あのね、嘘よ、カッコよかった」
「えっ……」
箸から牛肉がスルリと落ちて、ごまだれがボチャンと跳ねた。
時宗が見たら「だらしない!」と叱られそうだ。
「役員会の挨拶、堂々としていて凄いな……って思った。ああ、私は一時的にせよ、この人に愛されてたんだな……って思うと誇らしかった」
「違う! 一時的じゃない、俺はずっと……6年間ずっと好きだった。今も好きだ、忘れたことなんてなかった!」
鍋で火傷しそうなくらいギリギリまで身を乗り出して必死に訴える。
雛子が鍋に浮かんだ灰汁を掬いながら目を伏せた。
「うん……今日の会長と社長のお話を聞いてわかったわ。私は遊ばれてなんかいなかったって」
「遊びじゃない! 酷いことを言ったのは……ああでもして突き放さなきゃ、ヒナは学校を辞めてでも俺について来るって言いだしかねないと思ったから」
そして完全に決別してギリギリまで自分を追いこまないと、きっと自分は雛子に会いに行ってしまう。父親との約束を果たせない……そう思ったから。
「あの日のことだって……ヒナは酷いと思うだろうけど、俺はヒナを抱いたことを後悔していないよ。あの瞬間があったから俺は頑張れた。生きていられた。何度も何度も思い出しては、また絶対にヒナをこの手に抱くんだって……そう自分を奮い立たせて……」
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――えっ。
「本当に辛かった。あの日のことを思い出すと今も胸が苦して、泣きだしたくなる。でもね……」
朝哉と結ばれたことは、ただの一度も後悔したことなかった……。
そう言って箸を持つ手を止めると、雛子は濡れた瞳で真っ直ぐに見つめてきた。
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