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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
明かされた真実 side雛子
しおりを挟む書籍部分を省いたのでいきなり飛びます。
雛子が朝哉の秘書として働きはじめた初日に会長に誘われてしゃぶしゃぶを食べに行ったくだりです。
こちらでは書籍版と違って朝哉と雛子が学生時代に結ばれていた設定のまま会話が進んでいます。
また、料亭のあとで白石工業に向かう点も書籍とは違っています。
*・゜゚・*:.。..。.:*・**・・*:.。..。*・'*:.。. .。.:*・゜゚・*
『山水亭』は駅近くのビル2階にある割烹料理の店で、一歩中に入ると上品な和の世界が広がっていた。
案内された個室は掘りごたつになっていて、天井まである1枚ガラスからは美しい坪庭を眺めることができる。
雛子が緊張しながら畏まっていると、ドタドタと足音がして朝哉が駆けこんで来た。
「このたぬきジジイ! どうして待っててくれなかったんだよ!」
「朝哉、店内で走るでない。おまえは時宗の車があっただろう」
「そういうことじゃなくて……ヒナ、大丈夫だったか? ……おい祖父さん、余計なことを言ってないだろうな」
朝哉が定治を睨みつけたまま雛子の隣に座る。
「うむ……そうだな、余計なことは言ってないが、おまえが何も言ってないということはわかったぞ」
「なっ!……祖父さん、もしかして」
「だから余計なことは言っておらん。ただ、雛子さんがお世話になっている方が海外に行っていると教えてもらっただけのことだ」
今度は定治がギロリと睨みつけ、かわりに朝哉が怯んで口籠った。
――なんだか険悪な雰囲気……。
やはり自分が来るべきではなかったと後悔していると、引き戸の外から声がする。
「お連れ様がいらっしゃいました」
今度は女将に案内されて時宗が入って来た……が、彼は席にはつかず、その横の畳に正座する。
そして膝に両手を置いて、武士の如く頭を下げた。
「雛子さん、本当に申し訳なかった」
「えっ」
隣で朝哉が「ちょっ!」と小さく叫んだが、時宗は顔を上げると真っ直ぐに雛子を見つめ、慌てふためく朝哉を尻目に話を続ける。
「あのとき私が朝哉に命じたことは、まだ十代の女子高生だったあなたにとって……いや、女性にとって、本当に酷なことだったと思います」
「父さん!」
「いくら謝っても謝り足りない……ですがあなたはこうして朝哉を許して下さった。本当にありがたいと……」
「父さん、待って、違う!」
「……時宗、どうやら私たちの勘違いだったようだよ」
「えっ、勘違い? 会長、それはどういう……」
そんな家族のやり取りに雛子が割って入った。
「社長、私も知りたいです。それはどういう意味なんでしょうか」
低く震える声で問いただすと、その場がシンと静まり返り、空気が凍りつく。
しばらくの後、『は~っ」と朝哉の深い深い溜息が漏れた。
「……だからこんな食事会、嫌だったんだよ」
朝哉が片手で額の汗を拭ったのを合図に、定治が時宗に向き直る。
「時宗、雛子さんは朝哉を……いや、私たちを許したわけではないようだ。それどころか何も知らん」
「知らないって……朝哉、おまえ……。ですが雛子さんはこうしてここに……」
朝哉と雛子の顔を交互に見ながら時宗が意味がわからないという顔をしているが、雛子だって事情を飲み込めず混乱中だ。
――えっ、何? 許すって……勘違いって、どういうこと?
雛子は掘りごたつから足を出すと、時宗の前で膝を揃え、硬い表情で口を開いた。
「社長、今おっしゃったことはどういう意味なのでしょうか。6年前に朝哉さんと私に起こったことに、社長と会長が関係しているのですか?」
「ヒナ、父さんたちは関係ない、俺が決めたことだ」
「朝哉、それでは雛子さんが納得できんだろう」
「父さん!」
時宗は改めて雛子と向き合うと、6年前に自分が朝哉に命じたことを語って聞かせた。
宗介の死後に白石工業の経営状況の報告に疑わしい点が多数発覚したこと。
叔父一家の散財と無謀な投資、ベテラン職員の解雇により白石メディカまでが破綻寸前だったこと。
白石メディカと白石工業、そして雛子の窮状を救うために朝哉が父親に助けを求めたこと。
そしてその条件として、時宗が朝哉にクインパスの後継者となることと雛子との別れを突き付けたこと……
「――すべて私の一存です。朝哉が絶対に断れないと見こんだ上で命じました。卑怯な行為です」
本当に申し訳なかった……と時宗が再び頭を下げたとき、朝哉が口を開いた。
「父さんのせいじゃない、俺が選んで俺が決めたんだ」
「いや朝哉、私が」
「父さん……ヒナも聞いてくれ。そりゃあ確かにあのときは父さんを恨んだし、あんな決断したくもなかったよ。だけど父さんの立場を考えたら仕方なかったし、俺にとっても必要なことだったって今は思えるんだ……」
自分は恵まれた環境に甘えていた。先祖が築いて来た恩恵に預かりながら、自分がそれを引き継ぎ報いるという覚悟がなかった。
雛子が境地に陥ったとき、初めて自分には何の力もないのだと思い知った。
あのまま親の反対を押し切って勢いで雛子と一緒になっていたら、雛子に苦労をかけるだけで、結果的には上手くいかなかったかもしれない……。
「6年間、自分をとことん追いこんで、学んだことが沢山あった。会社を経営していくうえでは綺麗ごとだけで済まないこともある、力を使うしたたかさも必要だというのを知った。覚悟もできた。ぜんぶ俺に必要なことだった」
だから……と時宗を見つめる。
「父さんは社員を抱える会社の経営者として一番賢いやり方をしただけのことだ。選んだのは俺だ」
次に雛子を見つめ、切なげに微笑む。
「ヒナ、ごめんな。力がなかったのも、おまえを守りきれなかったのも、自分の感情のままにおまえを傷つけたのも……俺が全部悪い。それでも俺はヒナを諦めたくなくて……」
「どうやら2人にはまだ話し足りないことが沢山あるようだな」
「祖父さん……」
「赤城、女将を呼んでくれ」
「はい、只今」
定治がドアの外に声をかけると、しばらくして女将が顔を出す。
「急で悪いんだが、個室をもう1つ用意してもらえんだろうか。若者だけそちらで食事をさせたい」
「はい、畏まりました。すぐにご用意させていただきます」
「会長……」
「雛子さん、昔みたいに定治さんと呼んでくれないかい。もしも私を許してくれるなら……だが」
「定治、さん……」
定治は「うんうん」と相好を崩すと、ドアの外に視線をやり、もう一度雛子に微笑みかける。
「どうやら部屋の準備が整ったようだよ。さあ立って……朝哉、さっさとエスコートしないか」
あとは若いお二人で……だな。と呟く定治と、こちらを見上げてお辞儀をする時宗に見送られ、若い2人は席を立ったのだった。
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