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裏 あしながおじさまは元婚約者でした
叔父の陰謀 1
しおりを挟むーー俺の時代が来た!
未成年の雛子にかわり喪主の挨拶をしながら、白石大介は恍惚としていた。
皆が自分に注目をしている。ここにいる全員が次期トップである自分の言葉に聞き入り、感動の涙を流している。
白いハンカチで時々目元をぬぐって鎮痛な面持ちをしながら、大介はまるで選挙演説をする政治家になったかのように心躍っていた。
思えば長い日陰人生だった。
2つ年上の兄、宗介は幼い頃からしっかり者で頭も運動神経も良かったものだから、自分は家でも学校でも比較され、常にプレッシャーに晒されていた。
兄は優しかったと思う。
泣き虫であまり要領がいいとは言えない大介を助け庇い、可愛がってくれた。
勉強を教えてくれたし、転べば家まで背負ってもくれた。
嫌いではない。特に苛められた覚えもないし、むしろいい兄だったと思う。
だけどそうされるたびに自分が見下されているように感じて惨めだった。悔しかった。
父親が白石工業の跡継ぎに選んだのも当然長男のほうだ。
宗介もそれを喜んで受け入れ、早くから後継としての自覚を持ち、何かと工場に顔を出し、部品の仕分けなど子供でもできる仕事を手伝っていた。
賢くて物覚えがいいのに加え愛想も良かったから、工場の熟練技師にも可愛がられ、機械の使い方もどんどん覚えていく。
その成果か、宗介は大学在学中に心臓血管用の新型カテーテルの開発に成功し、特許取得まで成し遂げた。
それが起爆剤となって会社は一気に業績を伸ばし、会社名を『白石メディカ』に変更、一大企業となる。
一方の大介は大学卒業後に家を離れ、自動車販売会社の営業として働いていた。
しかしノルマの厳しさと競争に耐えきれず退職。実家に戻り、父と兄の会社を手伝いはじめる。
そのときに事務員として入ってきたのが恭子で、長男の大地を妊娠したのを機に入籍、その後、長女の麗良も生まれ、それなりにしあわせな家庭を築くことができた。
父の死後は子会社化していた『白石工業』を任されるようになり、棚ぼたではあるものの、一応は『社長』と呼ばれる立場となった。
難しい機械のことは生え抜きのベテラン社員に任せておけばどうにかなるし、難しい判断は宗介に指示を仰げばいい。
兄への反骨精神で家を出たはずなのに、結局は兄に頼っている矛盾にも気づかず、恥ずかしいとも思っていない大介なのだった。
その時点では、自分の人生はなかなか捨てたものではないと思っていたし、白石工業の社長としての立場にも、家族4人での暮らしにも満足していた。
そう、大介自身は満足していたし、野心もなかったのだ。
ただ、家族がその現状に満足しなかっただけで。
『あなた、私だって東京に住みたいわ。宗介さん達が世田谷の豪邸に住んでいるのに、どうして私たちだけ田舎にいなくちゃいけないの?』
『パパ、私だって白椿学園に行きたかった! 私はお嬢様じゃないの!?』
大介の妻子は、自分たちが『白石工業』のある埼玉県に住んでいることを不満に思い、常日頃から文句ばかり言っている。
妻の恭子は、宗介の妻、鞠子が存命中から、何かと彼女に対抗意識を燃やしていた。
生粋のお嬢様で才色兼備、おまけに控えめな鞠子と、一般家庭の出でどちらかというと下品な恭子では比べるまでもないのだけれど、恭子本人はそのことがわかっていなくて、張りあうようにブランド品を買い漁い、身につけていた。
自分よりも鞠子のほうが舅に可愛がられていたというのも根に持っていて、今もたまに思い出してはグチグチ言っている。
母の影響を色濃く受けた娘の麗良もまた、従妹の雛子に強い対抗意識を持っている。
雛子が中高一貫のお嬢様学校に通っているのが妬ましいし、都内の豪邸に住んでいるのも羨ましい。
何より綺麗で周囲に可愛がられているのも気に入らない。
だからここ数年は母娘して親族の集まりにも出ていない。
自分がチヤホヤされないと嫌なのだ。
唯一大人しい息子の大地はオタクと言うやつなのか、時間さえあれば部屋に篭ってパソコンを見たりゲームをしたりしている。
いずれは白石工業を継がせたいのだが、今のままでは宗介が許さないかもしれない……。
そんなふうに思っていた。
大介にとって、実力以上の役職を与えられ、欲深い妻子を持ったことが不幸であったとしたら、世話になった兄をリスペクトせず、家族の言うがままになっている無能な弟を持ってしまった宗介のほうがもっと不幸であった。
『ごめん兄さん、ここ5年くらいずっと粉飾決算してたんだ。架空の売掛金がかなりの額になってる。クインパスに調べられたら提携ができなくなるかもしれない……』
婚約発表後に本格的に提携話が動きだすと聞き、もう隠し通せないと覚悟して電話で告白した。
宗介が心筋梗塞になったのはその直後だ。
その時すぐに救急車を呼べば宗介は助かっていたかもしれない。
だけど大介は、宗介が助かった後の自分の処遇を想像して身震いした。告発されて犯罪者にされるか、そうでなくても社長解任は確実だ。
何が怖いかって、妻子に罵られ責められることだ。
贅沢ができなくなれば多額の慰謝料を取られた挙句捨てられるに決まっている。
すでに妻に愛情はないけれど、家族を失って1人で生きていく勇気もないのだ。
しばらく躊躇したのち、それでも雛子に電話をかけたのは、『俺は見殺しにしていない』という自分への言い訳のために他ならない。
結果、宗介は命を失った。
だけど死人に口なし。『白石メディカ』を思い通りにできるようになった今、大介が出した損失なんていくらでも誤魔化すことができるだろう。
ーー本当に俺はツイている……。
宗介の遺影を胸に涙している雛子をチラリと見ながら、まずは弁護士を味方につけないとな……と大介は策略をめぐらせていた。
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