上 下
38 / 83
裏 あしながおじさまは元婚約者でした

初恋 side朝哉

しおりを挟む

「今日も雛子さんと会ってきたのか?」

 土曜日の夜。
 朝哉が何度目かの雛子とのデートから帰ると、珍しくリビングのソファーで父の時宗ときむねが新聞を読んでいた。

 仕事人間の時宗は家にいる時間が極端に少ない。夜は帰宅が遅いし、休日も付き合いのゴルフだの会食だので朝から晩まで出掛けているのはザラだ。

 以前から親子間で会話が多いほうではなかったが、朝哉が大学に入ってからは日吉キャンパスのある横浜のアパートで一人暮らしをはじめたため、より一層顔を合わせる機会が少なくなっていた。

 今夜、朝哉が横浜のアパートではなく松濤の実家に帰ってきたのは、明日も朝から雛子とのデートがあるからだ。

 彼女が住む世田谷にはこちらからのほうが15分ほど近い。
 雛子の門限が午後十時なので、少しでも長く会おうと思ったらデートの開始時間を早めるしかないのだ。

 明日は朝7時半に迎えに行き、カフェで一緒に朝食を食べて、そのまま街をぶらつく予定だ。
 できれば夜中まで一緒にいたいけれど、朝哉と付き合うまで雛子の門限は9時だったのだから、1時間延長されただけでもありがたいと思わなくてはいけないだろう。
 なにせ雛子はまだ高校1年生なのだ。


 朝哉はミネラルウォーターをグラスに注ぎ一気に飲み干すと、L字型に置かれたイタリアンレザーのソファーに腰掛けた。

「父さん、俺、ヒナと結婚したい」

 時宗は顔のまえに広げていた新聞をバサリと下ろし、「まだ早いだろう」とあきれ顔になる。

「もちろん今すぐは無理だってわかってるよ。だけど俺がそういうつもりでいるってことを伝えておこうと思って。彼女が来年16歳になったら婚約だけでもしておきたい」

「ふむ、婚約か……」

 少し考えて、時宗はソファーに深く背中をあずけ、腕を組む。

「そうだな……来年にはおまえも21歳だ。白石との業務提携と同時に婚約発表をするというのもいいかもしれん。次期後継者としてのアピールにもなる」

「父さん、後継者は俺じゃなくて兄さんだ」
「いや、アイツは器じゃない」

 朝哉は思わず身を乗り出して抗議した。

「父さん! 俺の将来は俺が決めるよ。ヒナとのことだって会社と関係ない」

「関係ないはずあるか。そのために雛子さんをおまえにてがったんだ。誰のおかげで彼女と知り合えたと思ってるんだ。彼女をとおるの見合い相手にすることだって出来たんだぞ!」

「彼女をモノみたいに言うなよ!」

「結婚は家と家の繋がりだ。おまえの意志だけで決められるものではない」

 朝哉はソファーから立ち上がり、険しい顔で父親を見下ろす。身体の横で握りしめた拳がふるえていた。

「そりゃあ出会わせてくれたことには感謝してるけど…………俺は俺の意志で彼女を好きになったんだ。たとえ彼女が白石メディカと関係ないただの高校生だったとしても、気持ちは変わらない」

 今日はアパートに帰る……と言い捨てて、朝哉は家をあとにした。

 車のドアを乱暴に閉めてアクセルを踏み込むと、そのまま世田谷に向かう。
 雛子の家の前で車を停め、スマホを手にとり電話をかけようとして……指を止めた。
 今は午後11時すぎ。高校生はもう寝る時間かもしれない。

 門の奥にある家を見上げると、2階の部屋に電気が灯っているのが見えた。あそこがヒナの部屋なのかな……と思った。
 スマホでメッセージを送る。

『もう寝てる?』
『起きてるわ。朝哉さんはもう家?』
『うん、そう』

『今日はありがとうございました。水族館、楽しかった』
『楽しかったな』

『ヒナ、電話してもいい?』
『いいけど、どうしたの?』
『ただ声を聞きたいだけ』

 すぐに電話をかける。ワンコールで雛子の可愛らしい声が聞こえてきた。

『ふふっ、今日はラッキーだ。ついさっきバイバイしたばかりなのに、また朝哉さんの声が聞けた』
「ついさっきじゃないよ。もう1時間以上も前だ」
『ふふっ』

 雛子の声を聞いたとたん、苛立っていた心が癒される。思わず目尻を下げた。

「あ~、めっちゃ会いてぇ~!」
『うん……私も』

「ヒナ、大好き」
『うん、私も』

「キスしたい」
『……うん』

「ヒナも俺とキスしたい?」
『何言ってるのよ、バカ』

「なあ、ヒナは俺とキスしたくないの? そう思ってるのは俺だけ?」
『………したいよ』

「ちゃんと言って」
『……私も朝哉さんとキスしたい。明日、会えるの楽しみにしてるよ……もうっ! こういうの恥ずかしいから!』

 電話の向こうで顔を赤くしているであろう雛子を思い浮かべる。
 それだけで好きが溢れてどうしようもなくて、今すぐ駆け出したい気持ちになる。
 今すぐ抱きしめたい衝動をグッと抑えて言葉を続けた。

「ハハッ、めっちゃ可愛いな……。ヒナ、俺を朝哉って呼んでみて。あと、チュッってリップ音させてから電話切って」

『はぁ? もう、バッカじゃないの!? ……チュッ! ……それじゃあね! 朝哉、大好き! おやすみなさい!』

 プツッと電話が切れて、車内がシンと静かになる。

「はぁ~っ、ほんっとマジで好きだぁ~」

 恋愛脳はこうも人を馬鹿にしてしまうものなのか。会った直後にもう会いたくなるし、キスを何度重ねても足りないと感じる。

 両手で顔をぬぐい、もう一度窓を見上げる。
 しばらくそのままでいると、部屋の明かりがフッと消えた。

ーー誰がなんと言おうと、俺とヒナが出会うのは運命だったんだ。会社も後継も関係ない。

「……さっ、急いで帰ろ」

 アパートからだと35分はかかるから、明日はまた早起きしなくてはならない。
 けれどそんなのはまったく苦じゃない。たとえ1時間以上かかるとしたって、自分は喜んで会いにくるだろう。

 彼女の柔らかい声音と耳元で聞こえたリップ音を心の中で反芻はんすうしながら、朝哉は頬をゆるめ、車を走らせるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。